11/11/2020:『Night Time』

「こんなシーン、あったっけ?」

と、思ってDVDケースを裏返してみたら、ディレクターズカット版と書かれていた。ケースの中には何も入っていない。プラスチック。ライナーノーツもなく、ただ表面のデザインが光で透けて見えた。

だけど、夜中に見る懐かしい映画は僕を十分に満足させてくれたし、存分に郷愁に浸ることもできた。ストーリーのほとんどを忘れていたけど、要所要所のシーンでは、

「あ、そうだそうだ。」

と、思い出しながら楽しめもした。

僕はソファにもたれかかって、ホーム画面が映るテレビを無心で見つめている。

「さて、」

と、呟いた。

                 ・・・

夕飯時を過ぎてからコンビニに出かけると、奥のコピー機の横にあった棚があって、

「世界の名作シリーズ。¥999!!!」

と、黄色地に赤い字で書かれていたのが目に止まった。

並べられた背中には、安っぽいペラ1の紙が表から裏へグルっと回すようにして差し込まれていて、中には少し斜めにズレているものもある。

缶ビールと乾き物が入ったカゴを片手に、どれどれ、と近づくとおもむろに手を伸ばし、人差し指で手前に引きながら表紙を横目に見た。

「えー、これ懐かしいじゃん。」

買い物カゴを見やる。

「うん、今日は少なめにしよう。」

そう頷くと、僕は一枚カゴに入れてレジへと向かった。

対応してくれたレジ係の女の子。名札にはカタカナが書かれている。顔を覗くと、少し褐色めいた肌にエキゾチックな鼻筋をしている。

「あ、これ、映画、いいデスネ。」

DVDを手に取ると、パッと笑顔になって僕の方を見た。

「日本語の名前、わかりマセンが、これ、わかりマス。」

そう言って、ピッ、っと赤外線を当てた。

「ありがとう。お疲れ様。」

ケータイで簡単に支払うと、

「僕も好きなんだ、これ。見終わったら貸そうか?」

と、聞いてみた。コンビニの店員とこんなにも人と話したことはなかったけど、なぜか口をついて出てきた。

でも、彼女の返事を待つ前に、後ろにいたお客さんがレジにカゴを置いたから、僕はそのまま列を離れなくてはならなかった。

メロディとともに開く自動ドア。

僕はガラス越しに彼女の横顔を眺めた。

                 ・・・

「さて、」

と、呟いた僕は立ち上がり、DVDプレイヤーからディスクを抜き取ると、ケースにしまい込んだ。そして、その足で掛けてあった上着を羽織ると、鍵を取りスニーカーを突っ掛ける。

ゆっくりと扉を閉めた。古いアパートの鉄扉はこの上なくうるさい音を立てるからだ。

アパートを飛び出すと、息が白い。

この季節、この時間。

スン、と真っ直ぐな空気に酔いが覚めて、むくんだ顔が引き締まった。

腕で自分を抱きしめるようにして、小走りでコンビニへ向かう。

DVDを胸に抱きながら。

彼女はまだレジにいるだろうか。それとももう上がってしまったか。

バカだ。また明日の同じ時間にでもすればよかった。

というか、なぜこんなことをしているんだろう。

近所のコンビニ、異国から来た店員、¥999円の映画。

僕らを結ぶものは孤独と利便性、匿名と排他的な社会。

コンビニの白い明かりが見えて来た。駐車場を照らす。

「寒い寒い。」

メロディとともに自動ドアが開く。

「いらっしゃいマセ。」

僕はレジへと向かった。

                 ・・・

今日も等しく夜が来ました。

The Fin.で『Night Time』。


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