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この上ない理想の夫   斎藤緋七

「男の人のトレンチコート姿が好き。私、ケンジント○のロングトレンチコートが好きなのよねー。あれ、着てる人がいい」
と、四十歳オーバーの姉は言う。
「バー○リーじゃないとダメなの?! 」
「出来たらバー○リーがいいなあ」
「二十五万はすると思うよ! 」
と言うと、
「もう! 現実的なことを言わないでよ!! 」
と、怒られた。
「はよ、現実的に考え始めないと、今年四十三歳でしょうが」
 
姉は年が離れている私に言われると嫌みたいで少し黙ってまたしゃべり始めた。
 
「寒い時期に痩せてて、背の高い四十歳前後のサラリーマンがコートの襟を立てて、ちょっと猫背
でクリスマスケーキの箱なんか持ってる姿に胸が、きゅんきゅんするのー。どっかに、そんな人いないかしら、私の理想の人! 」
「いないと思うよ! 」
ストレートに答えると「夢がない」と頭をはたかれた。
「でも、その年頃だと大概結婚してるよ? おねーちゃん、余りモノは嫌なんでしょ?! 」
「あまっているのなんて嫌よ! 年々理想が高くなって行くのは何でだと思う?! 」
「『あの年まで一人でいたら妥協は嫌なんじゃないか』ってお兄ちゃんが前に言ってた」
「さすが我が弟。私を知り尽くしてるわね」
「お姉ちゃん!! 」
「なによ?! 」
「出会いを求めているなら外に出ないと!こんな時間までパジャマのままで妹と炬燵に入ってお菓子食べてたら出会いはないわよ!! 」
時計は十五時半を指している。姉は厳かにスマホを取り出して、
「募集は掛けてるわよ。どうだ!! 」
「どうだ!じゃない!! 」
「マッチングアプリばっかりじゃない。こんなの、男も女もサクラじゃないの! サクラ!! 」
「結婚相談所はお金も掛かるし… 」
「おねえちゃん、山ほど貯金持ってるじゃないの! 」
「車買いかえるのよ、そうかな」
とかなんとか現実的な事を言っていたわりには「○anda」をポンと即金で買っていたし。
「お姉ちゃん、結婚相談所はいつ行くの?! 」
と聞くと、
「うん、いつ結婚しようかな」
と言うようになった!
「結婚って、出会いがあったの!! 」
思わずうろたえてしまう。
「○andaを買った時の担当さんなの」
「ほら、やっぱりね、だから外には出ないとダメなのよ、おねえちゃん! 」
「そうね、よく分かったわ」
「幾つ?! 」
「今年、二十三歳」
「にーじゅーさーん」
腰を抜かす私とお兄ちゃん。私とお兄ちゃんが腰を抜かしてる間に、お姉ちゃんは「まさかの妊娠」妊娠四ヶ月の時にさっさと籍を入れてしまった。挨拶に来た、彼が余りにも素敵で、
「嘘でしょー!! 」
お兄ちゃんのほっぺたをつねったら、痛いって言ってたから夢ではないと実感した。
姉と二まわり違う旦那さんは、それくらい素敵だった。
「俺も車買おうかなあ! 」
二十年彼女がいない兄は真顔でつぶやいていたから、思わず笑ってしまった。
「お前も三十一だろ。厄の間に何とかしろよ! 」
お兄ちゃんが分からないことを言ってきたから、
「お兄ちゃんこそ。男の本厄じゃない! お兄ちゃんに貯金なんかあったっけ? 」
お兄ちゃんは、もう、何も言わなくなった。
 
 
彼の献身ぶりはものすごいものだった。
「とにかく、家事や子供の世話を全部やってくれるの。きみは大切な人だから何もしなくていいって。昼間は彼のお母さんとお姉さんが来てくれるし。彼の優しさが怖いの」
それから兄と私は狂ったように婚活に明け暮れた。が、実ることなくあっという間に私も四十路に手が届く年齢になったしまった。
姉夫婦は旦那の稼ぎが良く、
「君が勧めてくれたバー○リーのコートを買ってきたよ! 」
「君が欲しがっていたア○デイを買おうよ、うちの姉さんとスーパーに行くときに姉さんに運転させるよ」
みたいな生活を送っていて、ただただ羨ましかった。
「僕は三男だから、君の両親と二世帯で暮らそう。面倒を見るよ」
喜ぶ両親。そしてそれに乗っかる兄と私。
「お義兄さん、よろしくお願いします! 」
兄と私は年下の義兄に深々と頭を下げた。
 
 

 


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