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物語のタネ その九『吸血鬼尾神高志の場合#16』

僕の名前は勇利タケル。
血液商社「ブラキュラ商事」の新人吸血鬼社員である。

ボーイがもうすぐやってくる。

撮影所の正門の近くで僕は村田さんと電話をしている。
「村田さん、ボーイが来たら、僕はどうしたら?」
「勇利さん、尾行お願いします」
「尾行⁈あの、やったこと無いんですけど」
「当然です。一般人の方で尾行経験があったら、それはそれで問題です」
「それはその通りですね」
「尾行は基本的に複数で行うべきなのですが、誰かが正面入り口に向かう間にボーイが出て行ってしまう可能性が高いですから、ボーイが出て来たらまずは勇利さんお一人で」
「わかりました」
「あとで合流しましょう」
「了解です」

電話が切れた。
それと同時に控室の建物からゾンビが出て来た。
先ほど撮影所からゾロゾロと出て来たゾンビ達は、当たり前だがメイクを落として普通の人間の姿になってから出て来ているので、これであれば100%見間違わないで済む。
僕はスマホで誰かと話しているふりをしながら、ボーイが近づいて来るのを待つ。

やがてボーイは、若い女子3人に囲まれながら歩いてきた。
その中に見覚えがある顔が・・・あれは、アケミだ。
僕がブラキュラ商事に入って初めて吸血現場に居合わせた人。
尾神さんが異変に気付いた、この事件発覚のきっかけとなった人。
彼女は他の2人の女子と一緒に笑顔でボーイに向かって話しかけている。
あの様子だと、まだゾンビにはなっていないな。

4人が僕の後ろを通り過ぎる。
その姿を横目で追う。
4人は正面の門を出て右に曲がって、その姿が消えた。
村田さん達、まだ、誰も来ない・・・
仕方ない、一人で行くしかない。
僕はスマホをしまうと、ボーイを追うべく正門を出た。

30mほど前に4人の姿があった。
撮影所の周辺だからだろうか、普通の女子が3人一緒ということもあってかボーイとすれ違う人は一瞬ギョッとするが、すぐに納得の表情になって通り過ぎて行く。
そのまま4人は電車に乗った。
僕もついていく。
電車の中でもこれといって騒ぐ人もいない。
皆、一瞬驚くが、すぐに手元のスマホの画面に視線を落とす。
仮装したコスプレイヤーかなにかなのだと思っているのだろうか。
途中で一人女子が下車し、そしてしばらくしてもう一人。
残っているのはボーイとアケミ。
やがて二人も電車を降りた。
僕も気付かれないように、さりげなさを装って下車する。

二人は改札の手前で立ち止まるとアケミが切符を改札口に入れた。
ゲートが開くとボーイが改札の外に出た。
そのボーイに手を振るとアケミがこちらにやって来た。
マズイ!と思ったが、彼女は僕の存在には全く気付かず横を通り過ぎた。
そうだ、尾神さんが吸血した時点で、彼女の記憶の中から尾神さんも僕もその存在は消滅しているのだった。
僕は改札口に向かった。
ボーイを見失ってはならない。

―――

電車というのか、あの乗り物は。
便利なものだ。
1500年も経っていると流石に色々と進歩しているのだな。
しかし、あれを使うのには金が要る。
何かをするには金が要るのは1500年前も変わらなかったが、これまで俺はそれを一銭も持っていなかったからな。
今日の撮影の後、配られた袋の中に紙が何枚か入っていたのを見た時はなんだか分からなかった。
それが金だとはな。
俺の知っている限りでは、金は金属で出来ているものだから。

とにかく、今日は5人に血を仕込めた。
これでアケミを入れて計6人。
まずは、この映画の撮影というものを利用して着実に増やして行くことにしよう。
俺以外の100人の仲間を使って一気に増やすのはまだ早い。
南極で見たゾンビらしきものが映っている映像や、それを観て楽しんでいるようであったあの基地の男達の様子。
そして、この土地に着いた時に街中に溢れていたゾンビの姿をして騒いでいる人間達。
その姿を見た時は、眠っている間にゾンビの人気が高まって人間がゾンビになることを望みだしていたのかと思ったのだが、今日の撮影でゾンビに噛まれる事に対する恐怖の仕方を見るに、それはぬか喜びだったな。
まだ油断は出来ない。
それに、ヴァンパイアの存在がある。
ドラキュラ。
ヤツは今、どうしているのか・・・

―――

ボーイの跡をつけて行く。
海風を感じる。
どうやらここはウォーターフロントの倉庫街のようだ。
いくつかの倉庫の壁やシャッターには絵が描かれている。
そんな倉庫街をボーイは歩いて行く。
人はほとんどいない。
尾行がバレやしないか、ヒヤヒヤして緊張感が高まる。
やがて、ボーイは大きな倉庫の前まで来ると、そこのシャッターの脇のドアを開けて中に入って行った。
ドアを開けた時、中から光と音楽が漏れてきた。
ここがゾンビ達のアジトなのか⁈
さすがに一人で乗り込む勇気は無い。
それに乗り込んだところで何をしたらいいのか分からないし。
とにかく見張ろう。
僕はひとまず斜め前の倉庫の陰に移動した。

スマホを取り出して、今いる位置情報を村田さん達に送る。
すぐにLINEが返ってきた。
『今から行きます』
僕もすぐに返信。
『倉庫街で人がほとんどいません。気をつけないとすぐにバレそうです』
『わかりました。私一人で行きます』
『了解です』
スマホをしまって、僕は視線を倉庫に向ける。

これからどんなことが起こるのか、全く想像がつかない・・・。




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