見出し画像

リレーストーリー「どすこいスパイ大作戦#9」

第9話「業平橋」

初めての任務を翌日に控え、蒙古龍は虚空を見つめながら自らの髷を触っていた。
これは蒙古龍がスパイのイメトレをするときのクセなのだ。

力士の髷には女性は触れてはいけない。
どうやら勝負運が落ちるかららしい。
しかし、自他共に認める女性好きの蒙古龍は、コンパでしばしば女性に内緒で髷を触らせる。

「ホントは触らせちゃいけないんだけど、君だけだよ」

そう囁いて相手に特別感を植え付ける手口だ。
蒙古龍がイメトレ中に髷を触るのは、女性に触られた感覚を思い起こすことで、ある種のリラックス効果を生み出し、トレーニングが捗るかららしい。そんなとき、蒙古龍のスマホが鳴った。
LINEだ。

「え?」

相手は黒豹丸。
鶴竜部屋のエチオピア人力士、いや、それは仮の姿、国際テロ組織を追うスパイだ。
あの日、ぶつかり稽古を終えると、半ば強引にLINEを交換させられたっけ。そんなことを思い出しながら、蒙古龍がメッセージに目をやる。
すると、そこには“手”の絵文字。

「なんだこれ?」

文字と呼べるものは一切なく、絵文字だけがズラッと不規則に並んでいた。

「なるほど。まさか絵文字の並びで暗号を表現するとは……」

そう、それは黒豹丸とぶつかり稽古の時に交わした張り手の暗号を表していた。
しかし、LINEのメッセージにまでわざわざ“張り手”で暗号を送ることはないのだが……。

 “たすけてくれないか なりひらばしえきまできてほしい”

 暗号でありながら、そこにはただならぬ切迫感が漂っていた。

「黒豹丸に何があったんだ?」

だが、明日は自分の初任務もある。
助けに行くべきか悩んだのは、ほんの一瞬。
気づけばタクシーに飛び乗っていた。

普段なら錦糸町で乗り換えて20分ちょいというところだが、タクシーならば10分で行ける。

 「でも、なんで業平橋駅なんだ?駅名変わってだいぶ経つのに……」

向かう“業平橋駅”は、東京スカイツリーの開業に合わせ名称が変更されている。
その名も“とうきょうスカイツリー駅”。
日本語、特に漢字の格好良さに愛着のある蒙古龍は、この名称があまり好みではない。

「そうか!“とうきょうすかいつりーえき”だと13文字、“なりひらばしえき”なら8文字。暗号を短く出来るからか!」

そんな発見に喜んでいるうち、タクシーは駅前に着いた。

 “えきについた どうすればいい?”

 同じく“張り手”の暗号で黒豹丸に返信する。
ところが、タクシーに乗った直後に送った“すぐにむかう”の暗号が既読になっていない。
無論、今の暗号も既読にならない。

「スマホを開ける状況じゃないのか?それほどピンチなのか?」

不安がよぎる蒙古龍がふと見上げると、そこには東京スカイツリーの勇姿が。

「これを爆破するというのか……。こんなものを爆破するにはどれだけの爆薬が必要なんだ?もう爆弾は仕掛けられているのか?万が一、倒れでもしたら、ここから634メートルはダッシュしないと下敷きになっちゃうな……」

自分の中で不安が増幅しているのだろうか、余計な想像が頭をもたげる。

「あれ?カーンちゃんじゃん」

聞き馴染みのある声の方向に目をやると、そこには花砂部屋の先輩力士、土佐嵐関の姿が。
しこ名からも分かるように、高知県出身の幕下力士だ。
“嵐”という名前の由来は意外にも、あのアイドルグループの大ファンだからということらしい。

「嵐関(あらしぜき)!」
「カーンちゃんもスカイツリーに?」
「いえ、ちょっと知り合いの力士と待ち合わせを」
「あ、そうなんだ。オレさあ、大好きなんだよね、スカイツリー。なんか、雄大でさあ、勇壮でさあ。こんな風になりたいなって思うんだよね。あれ?ガラにもないこと言っちゃった?」
「とんでもないッス!ロマンチストの嵐関らしいッス」
「高知にゃ、こんな高いもんなかったからなあ」

眩しそうな顔とも寂しそうな顔ともつかない表情で見上げる土佐嵐に、蒙古龍は思わず口走ってしまった。

「じゃあ、スカイツリーがなくなっちゃったら、困っちゃいますね」
「え、なくなる?……そりゃそうだよー。もう自分の好きなもんがなくなるのは懲り懲りだよー」

その言葉は、活動休止してしまったアイドルグループのことを言っているのか、それとも他のものなのかは、蒙古龍には判断がつかなかった。

その時、スマホが震えた。

(つづく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?