友情か恋か、決めたがるのは何故だろう─大島渚『戦場のメリークリスマス』
クリスマス、NHK-BSでお昼の映画の時間帯に大島渚『戦場のメリークリスマス』放送してましたね。
追悼で放送しないのかな、と思っていたけどまさか、クリスマス当日にやるとは。
ハラ、ヨノイ、セリアズ、ローレンスのそれぞれから漏れてくる「想い」は、濃厚な友情なのか恋なのか。
その疑問を解決しようと、頭から離れずに最後まで見てしまうのだけど、
今日見ていて、おや?と自分で思った。
友情なのか恋情なのか。
どちらなのかを決定しなければならない理由は何だろう。
ローレンスが「神」について口にする2つのシークエンスで、カメラが唐突気味に上から映すのだけど、
これは神の目線ということかな、と思いながらも、
その目線が映画を見る自分の目線になることで、
このクリスマスシーズンからイメージする西洋の神さまの持つ安心や慰めや慈しみ、のような柔らかな目線ではなく、
ただただ、悶える彼らの有り様を凝視しているような、生々しく不気味な気さえして、
彼らの異様な接近と緊密さが何と形容されるものであれ、
この「神の生々しい眼差し」から見れば、それらは同じ地平で緊密に引かれ合うエネルギーの戯れ、ということなのではないか。
その眼差しは冷酷かもしれないが、
心底、平等なのではないか。
ちょっと調べてみたら、キャスティングが誰も彼も断られて、仕方なしにと言ったら言い過ぎだけど、そんなことで決まったのがこの4人だそうで、不思議なものですね。
あと、今回あらためて思ったのだけど、ジョニー大倉が凄くよかった!
YouTubeに、淀川長治解説の動画をアップしている人型ロボットいましたのでリンク載せときます。
淀川長治解説『戦場のメリークリスマス』(日曜洋画劇場)