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【創作大賞2024-恋愛小説部門-応募作品】『吸血姫 - きゅうけつき -』第十夜
わたしの回りに光る粒が集まる。冷気を纏い仄暗い星灯りが輝きを与えた。五ミリに満たない氷の粒は天の川のように漂う。
「母は雪女だったな……」
エミールの顔に笑みが浮かぶ、覇者としての誇りと絶対的な勝利を疑わない自信。
わたしはトンボを切り、墓石を踏み台にして一際大きい十字架の上に降り立った。
三メートルの高みから闇の結晶を睥睨し力を解放する。
わたしはこの場所に来るまで数十人から少しづつ吸血し闘いに備えた。
血の力は氷の粒を生み闘気と絡み蒸発する。
もうもうと上がる水蒸気が急激に冷やされダイヤモンドダストのように輝く。局所的超低温を作り出し踏み出した足先に霜が降りた。
「ただでくれてやる命は、持ちあわせていないの」
手の一振りで三十センチほどの細い氷柱がエミールに向け殺到する。儚い音を立て砕け散る氷柱を見る前に飛翔していた。
霊廟を思わせる屋根の上に立ち気配を伺う。
後ろの気配に飛び退いたが朽ちた木のベンチに叩きつけられベンチは衝撃で砕け散った。
派手な破砕音が響き砕けた破片が左肩に刺さり激痛と一緒に血が溢れる。
「顔だけは美しいままにしてやろう」
声は、耳元から頭上から背後から、嘲笑うように夜空を掛け巡る。
破片を抜き去り肩を抑え立ち上がった目の前にエミールが現れる。
気の一閃で空気中の水蒸気をエミールの回りに集め氷像のように閉じ込めた。
心臓の位置には破壊されたベンチの一部が突き刺さっている。
心臓を木でい抜かれれば例外なく塵となり滅びる。
この瞬間の為にベンチに叩きつけられた時木片の一部を氷に閉じ込め空中に留めていたのだ。
「塵となり、黒い魂は闇へ還れ!」
叫び声と呼応するように氷像は幾千の光となって弾けた――筈だった。
絶望に塗られたわたしの目にエミールが微笑みかけている。
木片は確かに貫いているのに。
「おまえは他者の命を奪った事などないのだろう。確かに心臓に刺さっているが急所は外れている。深層にある殺戮への禁忌が手元を狂わせたのだ」
エミールは木片を引き抜き、わたしを押し倒した。
引き抜いた木片を心臓の位置に合わせ徐々に下げていく。
肩の流血で力の大半を失い、勝機を逸したわたしにはエミールを跳ね除ける余力は無かった。
徐々に食い込む痛みに叫び声は死者たちの園に迎えのファンファーレのように響いた。
嫌な音がして皮膚を抜けた。
ゆっくりと死に向かう永劫の苦しみだった。
木片の蹂躙が止まった。微かに聞こえる咆哮――。
応じるように犬達の遠吠えが重なりどんどん大きくなる。
エミールの重さが消失し誰かに抱き起されたのか視線の高さが変わっている。
霞む視線の先に阿人がいた。
「もう大丈夫だ……」
わたしを墓石に寄りかからせ、エミールと向き合う――上半身は裂かれたTシャツが血で張り付き、かなりの怪我を負っていて左腕は消失していた。
風が抜け潮の香りを運んだ。
「貴様は不死か? あの時心臓は止まり死者の躯であったはず」
阿人の身体がぶれた。
エミールは通路に叩きつけられ、少し先の墓石の上でしゃがんだ阿人の右手に、ちぎり取られた左腕が握られている。
阿人の瞳は金色に輝き燃えていた。
躊躇なく腕を肩に当てると癒着し結合してしまった。
二、三回拳を握り、未だ起き上らないエミールを射る。
その眼から迸る殺気から逃れるには死しかない。
「おれは捕食者の頂点に立つ者だ。闇だの光だの不死だの関係ない――荒らす奴は殺す」
大音響とともに阿人の放った鉄拳の一撃は五メートル圏内にある墓石を吹き飛ばし大穴を穿った。
エミールは空中に逃げ肩で息をしている。
「世界の理から逸脱した化け物め、呪われろ!」
エミールの身体は霧となり阿人に纏わりつく、血しぶきが上がり阿人はふら付いた。
エミールは阿人から吸血し自身の力に換え反撃を開始する。片手で阿人を放り投げ当った霊廟は崩壊した。
瓦礫の中から這いだした阿人にちぎれた鉄筋を突き立てる。
唸り声を上げ見返す阿人の首筋に噛み付き血を貪る様は、誇りなど微塵も感じさせない悪鬼の所業だった。
「おおぉおおおおお!」
阿人の雄たけびはエミールを弾き飛ばし鉄筋を吹き飛ばした。
血だらけで幽鬼のように立ち、瞳だけは闘気の炎が噴き出している。
姿が消えた。
「ぎゃ!」
初めて聞くエミールの悲鳴はわたしの背後から聞こえた。
動く力のないわたしに背後の攻防を見る事は出来ない。
重い打撃音と何かがかみ砕かれ、引きちぎられる音が夜の墓苑に轟く。
ぼとりぼとりとわたしの眼前に投げ込まれるのは足だった。
そして少し先に右手首、右足を失ったエミールが落ちて来た。
遅れて阿人がエミールの頭を踏みつけ徐々に力を加えている。
地面にめり込む様は何かの冗談かと思った。
「この程度で我は死なんぞ。遊ぶのも飽きたわ」
「これで終わりだ。消えちまえ」
阿人が右手に握りしめていた木の破片を振り下ろすより、飛んできたエミールのちぎれた手が阿人の心臓を貫く方が速かった。
「無理は禁物だ。完全な不死に戻るまで、新月が終わるまでまだ時間はある。おまえは遊び過ぎた。その驕りが永久の悔恨となろう」
エミールの腕は、血を吐き身もだえる阿人を仕留めようと手首を捩じった。
阿人の絶叫が響く――。
エミールは起き上り、倒れ込み動かなくなった体から手を引き抜き面白くもなさそうに呟いた。
右足は半透明で復活していた。
「二度目の死の味はどうかな? 起き上れる頃には姫はわたしの妻だ」
-つづく-
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