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【創作大賞2024-恋愛小説部門-応募作品】『吸血姫 - きゅうけつき -』最終夜
わたしに向き直ったエミールから誇り高い吸血鬼の威厳は失われていた。
棺桶を失った吸血鬼がバランスを崩すと精神にも影響するのか、目は血走り呼吸は粗く、指先は得物を求め絶えず蠢いていた。
吐き気を伴う臭気は死者たる証が前面に出ている証拠だ。
ゆっくりと近づきながら身も凍る笑みを降り注ぐ。
「姫……光りの子がどうしても欲しいのだ。手を取れぬならその体だけで良い。心は天に返し、その身は我に子を授けるのだ」
エミールはわたしのシャツに手をかけた。
そのまま覆いかぶさり首筋に冷たい感触と喪失感――エミールはわたしから意識を保てない程度の血を抜き、自身の居室に閉じ込めて子供を産ませる気なのだろう。
意識を失えば老いるまで子供を産み続ける悪魔の妻となる。
二度と目覚める事はなく、穢され続けた身体と魂は真の闇に堕ちるだろう。
感覚が鈍くなった体にエミールは絡みつき、反撃しようとエミールから吸血を試みたが上手く行かない。
同族だから吸血してもわたしの力になる要素が低く、逆に取られる血液量の方が多かった。
「ぎやぁぁぁ」
エミールの絶叫は心臓に突き刺さった物を抜こうと握りしめ、手が炎を上げている。
心臓を貫く古い木の墓標の端には十字架のペンダントが揺れていた。
阿人が渾身の力で投げた物だった。
後方でゆっくり倒れ行く阿人の姿を目の当たりにし涙が溢れた。
潮が引くような音を出しエミールの輪郭が揺れ出した。
吸血鬼の不死属性が解除され身体の崩壊が始まったらしい。
「化け物どもめ!」
エミールは身体の輪郭を失いながら血を抜こうと身体を重ねる。
急速に遠ざかる意識の先に瞬く星々を見ていた。
ザァー!
突風が吹きエミールの首が飛び続いて身体は塵となって消し飛んだ。
わたしは軽くなった身体と夜の冷気を感じていた。
静寂が墓苑をあるべき姿に戻した。
コートをかけ抱き上げてくれたのは阿人だった。
霞んだ目が像を結ぶまで阿人はわたしの目を見つめていた。
傷だらけの顔を見て涙が止まらなかった
感謝の言葉を述べようとしたが上手く行かない。
呼吸を整えようとしてぞっとした。
夜目にも分かる赤い霧はわたしが阿人から吸血し取り込んでいる戦士の血だ。
無意識に血を補充しているあさましい本性に言葉も出ない。
自分で止める事も出来ないなんて……ある程度回復出来るまで吸血は終わらないだろう。
「晴夏に吸血されたくらいで死にはしないよ」
どう贔屓目に見ても顔面蒼白で満身創痍のはずなのに、笑う阿人は何処吹く風だ。
わたしを抱き上げたまま軽い跳躍で横浜港を見下ろす丘の上に降り立った。
わたしを芝生の上に座らせ自身も横に腰を下ろした。
吸血が終わりわたしは声が出せる程度の回復を果たしたが、動けるようになるには静養が必要だった。阿人にもたれ港の灯りが眩しく思えた。
「……ありがとう……」
感謝の言葉に阿人は前を向いたまま「……いいんだ」それだけ言った。
わたしの腕は阿人に触れようと試みるが、弱々しく震えた手は力尽き途中で芝生に落ちた。
ただ星が綺麗だった。
「送るよ…………」
再び腕の中に抱かれ風のように空を駆けながら、飛ぶと言う感覚に身体の芯まで感激していた。
オリジナルや父にあるスキルを駆使するとこんな景色が見られるなんて――流れる宝石の彩は激戦の疲れを癒した。
ふと、阿人が言った。
「闘いなら――どんな苦境でも必ずひっくり返して見せる。晴夏が勝てと言うなら負ける事は無い。おれはお前を守るにふさわしいところまで来た。受け入れてくれるか」
わたしは、即答できなかった。
自宅に着き二階の窓からわたしをベッドに下ろすと暫く見つめ合っていた。
何も言わず向けた背中にそっと手を伸ばす。
触れた背中は傷跡も生々しく治癒が進んでいたが時間がかかりそうだ。
「お互い怪我が治ったら……美味しいもの食べに行こう。その時は精一杯おしゃれしてね」
「ああ」
わたしの笑顔に阿人も振り返り笑顔で返した。
初めて見せた優しい笑顔に一気に疲労と貧血が押し寄せ意識が急速に遠のいた。
完全に緊張の糸が切れ身体が休息に入ろうとする。
もっと言わなきゃいけない事があるのに……。
小さな呟きは夜の闇に溶け、去ろうと立ち上がる背中に弾けて消えた。
狼さんは――額に暖かい口づけを残して風になった。
-おしまい-
ここまで読んで頂きありがとうございます。
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<あとがき>を別途ご用意しております。
お時間が許せば一読いただけますと幸いです。
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