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『推し活 -False angel-』 3話-弥生【創作大賞2024-応募作品】
-注意書き-
この話はフィクションです。
登場する人物名、地名、事件等は全て架空の物です。
以下から、本文が始まります。
電車は急停止した。
悲鳴や怒号が飛び交うわけではなく、スマホを構える者が大多数だった。声がかすれて取り乱す母を撮影している者もいる。一部は電車の先頭にスマホを向け、「うわーひでえ」そういう声は笑っていた。
全てが異常だった。
母の介助をする者がやっと数人現れて、「駅員呼んで! 早く!」救護の声が交錯し始めた。
ぼくは立っていた場所から動かなかった。
母の「幹恭! なんで!」この絶叫を聞いて足は動かなくなった。
母の血を分けた異父きょうだいは自分でドアガードを超えたのだ。
――ざまあ。
正直な心の声だった。
駅員が駆け込んできてひとりはぼくの肩に当たって行ったが、気にする事も無く改札へ向けて歩き出した。
――タクシーは、無理そうだからバスにでも並ぶか……。
考えながら改札階の階段まで数メートルというところで、事故現場方向を見ながらスマホ画面を見ている女性がいた。すれ違いざま、なんとなくスマホ画面を見ると――例のアプリ画面が表示されていた。
〈推し活報告・今月対応状況〉の欄に、今飛び込んだ〈佐々木幹康〉の名前があり、〈対応完了〉のアイコンを押すところだった。
普段のぼくなら間違いなく取り乱していた事だろう。
その時は、むしろ笑顔で階段を上がっていった。
***
人身事故を境に母は家から出て行った。
幹康の葬儀工程をひと通り終えて、四十九日前に自分の荷物を引っ越し業者のトラックに詰めて、ぼく達への言葉もなく母は出て行った。
――明日、ぼくが死んだとしても同じように悲しむことはないだろう。
そう確信する去り方だった。
父は家に帰宅することがぐっと少なくなった。母とは弁護士を通して話しているらしく、離婚へ向けて加速しているらしかった。
夜姫胡は素行が乱れる事も無く、いつもの調子で生活していた。多少部屋に籠ることが増えたが気にする事も無かった。瑞樹は頻繁に顔を出すようになっていた。ぼくはいつもと変わらず瑞樹と近況の話をして過ごした。
家は、元々子供たちだけの城のようだった。
***
ハジメから連絡が来たのは寒さが緩んできた頃だった。
夜姫胡は卒業する仲のいい先輩のため用意した花束を紙袋に入れ、笑顔で玄関を出た。ハジメと新宿で待ち合わせをしていたから、家事もそこそこに家を出た。
通勤時間帯の新宿南口は通勤する人たちでごった返している。もう九時近いのに目的地へ一直線の人形みたいだと思って眺めていた。
「よっ!」爽やかな寝起きでしたって顔のハジメが立っていた。
「おう、行くか」
午後から講義があるとかで、早い時間帯の指定だがぼく的に問題ない。
少し歩いてパーティションがしっかりあるカフェに入った。ここなら両隣をあまり気にせず話が出来るし、タブレットの画面をのぞき見される心配が少なくて済む。
「早速だが、いいか?」
ハジメから「メッセで詳細は語れないから、会って話そう」そう言われていたから否はない。
「もちろん」ぼくは報告を待っている。
「アプリはこれな」そう言ってタブレットの画面を見せたが、表示されているのは〈推し活しようよ〉と表記された少しかわいい感じのアプリの初期表示だった。
「本当にこれ?」
ぼくの疑問も承知だったのか説明が入る。
「侑喜から聞いたのは、アプリの見た目とユーザーIDだったからな、アプリ自体はこれで間違いないよ。普通にアプリストアからダウンロード可能だ」
「アイコンも可愛いけど、ぼくが見たのと違うよ」
抗議は受け流され「そう、違う。しかし違わない、これを見ろ」
アプリにログインし、ユーザー画面が表示された。
ユーザーID、ユーザー名、ユーザー画像、自分が推している推しの情報。自分の推しに対して〈いいね〉や〈応援〉の数が表示される仕組みだ。
〈推し活報告・今月対応状況〉
この表記に、ぼくの心臓は早くなった。
欄には対応目標があってToDo形式になっている。
「これだけなら、普通の推し共有アプリじゃないか」
「まあ、見てろって」
ハジメの指が画面の右隅をタップすると設定メニューが表示された。よくある設定メニューの中に〈VIP〉の文字があって、そこをタップすると注意書きが表示された。
「推し活しようよVIPへようこそ
推し活を通して一定のポイントを持ったあなた専用のページです。VIP資格は審査があり、通過者だけが称号を与えられます。
あなたも、素敵な推し活を通してVIP会員にチャレンジしましょう
VIP特典
・推し活しようよアプリ、ベータ版の最速提供
・会員推し活の達成サポート
・会員推し活の月間達成目標の代理完了機能
・VIP専用掲示板
・VIP専用DM機能解放」
「なにこれ、これで無料? 普通に広告は表示されているアプリだけど。うさん臭さが凄い」
「だろ? しかし中は活発に情報交換されていて、VIPの会員が幅をきかせているようでいて、普通会員のサポートに回って推し活ライフを楽しく過ごす手助けをしている。ちょっとパワーバランスがぶっ壊れている印象だな」
「VIPだけで群れてそうなのに、むしろVIPの方が積極的に普通会員に寄り添う感じって気持ち悪い」
ぼくは素直な感想を言った。ハジメは笑いながら「だろ? 宗教かなって調べたけど、繋がりを示すものはないし実際これ系の事件を追っていた記者に聞いたら、宗教は絡んでいないと回答されたよ。その記者も調べたことがあるんだってさ」
「すごい知り合いだな」
「なに、うちの大学のOBだったのさ」
ぼく達はすっかり冷めてしまったコーヒーを飲みながら、数組の客が店員に案内されていくのを眺めた。
「そうだ、過激なデザインのアイコンは見当たらないか」
「それな、これを見ろよ」
そう言って違う画像になった。スマホのスクリーンショットだった。
ぼくが見た夜姫胡のと同じスマホのロック画面に表示されていたのは、あの過激なアイコンだった。もう一枚にはアプリの画像でVIPと表記され、推し活支援の状況が表示されていた。
「×月 みもざ 月間目標対応完了
×月 erika 支援承認待ち」
このような表記が並んでいて、自分の推し活情報は無いようだった。
「なにこれ」ぼくは開いた口がふさがらなかった。「VIPってボランティアなのか」
「そうだね、これだけ見ると推し活を助けるボランティアだ。しかしだ、DMのやり取りまでは入手出来ていなが、内容がヤバイ」
もったいぶったハジメの物言いに多少イラっと来たが、辛抱強く次の展開を待った。
「それぞれの推し活サポートの内容はこれ」そう言って表示された次の画像に、ぼくは絶句していた。
「×月 みもざ 月間目標対応完了」この件のVIPの対応詳細画面には、普通の高校生の顔写真付き個人情報の詳細が記述され、推し活支援元の会員は、推し活内容に「字士に追い込む」と設定していた。
推し活理由は「推し(男子学生)を独占したいから」だった。いいねの数がエグイことになっていた。
「その、高校生は?」分かり切っている結末をハジメに問う。
「自殺したよ。その記者の先輩が調べてくれた。どういうからくりか知らないが、対応完了とは推し活をしている会員の欲望のTodo消化状況だったみたいだな」
正直吐きそうになったのと、夜姫胡はVIPで、――普通会員の誰かの推し活をサポートして、最悪の結果を出してしまったではないか?
顔色を失うぼくにハジメは裏の事情を知らないから「朝から話し合う内容にしては、ヘビー過ぎたな」そう言って注文用のタブレットを持ち上げた。
-つづく-
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