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『推し活 -False angel-』 4話-卯月【創作大賞2024-応募作品】

 -注意書き-
 この話はフィクションです。
 登場する人物名、地名、事件等は全て架空の物です。

 以下から、本文が始まります。


 ハジメと別れたぼくは、家に帰る気にならずなんとなく歩いていた。
 日陰はまだ寒いから日向を選んで歩いた。

 暖かさが心の緊張を幾分解してくれるみたいだ。
 ちょっと覗いたら空いていたから、早めのランチにすることにした。店内はシンプルな作りで海外のチェーン店のようだ。メニュー表記は英語が主でパスタがおすすめになっていた。トマトパスタのランチセットを腹に収め、思っていた行動を開始する。

 例のアプリを使おうと思っていた。
 自分でも状況を把握したい。夜姫胡よきこがなぜあんなことをしているのか、VIPの真実とは何なのか。最悪の事態に備えていざという時夜姫胡を救うことが出来るのか、不安で仕方がなかった。

 アプリストアからダウンロードしようとして、手が止まった。

 画面上には、〈アンインストール〉と表示されている。つまり、インストール済ということだ。

「うっそだろ」
 アプリ一覧を見ようとする指先が少し震えているのが分かった。
 あった。一番下から二番目に〈推し活しようよ〉のアイコンがある。恐る恐るタップすると、ユーザー画面には――

 ユーザー名称:My_angel アイコンは公式提供の羽の画像
 性別、居住地、生年月日は非公開設定だった。

「マジか、なんで?」
 推し活中の相手は〈ミハル〉、リアルに好きな歌い手だった。
〈今月の推し活目標〉には、〈ひとから(ひとりカラオケ)でミハルの曲を十曲歌って、九十点以上を目指す〉なんともほほえましい目標だった。

 この目標に〈いいね〉が二百以上、〈応援〉が百四十以上ついていて、コメントも結構あった。みんな肯定的で励ますものばかりだった。これ以外に推し履歴は無く、アプリの使用開始時期は去年の夏頃だった。

 混乱した。

 この履歴は何なのか、そもそもぼくはいつインストールしたのか。全く記憶に無いし気持ち悪かった。
 退会申請して、アプリを削除した。

 家に帰りつく頃、片頭痛がひどくなってきて薬を飲んでリビングのソファーにひっくり返った。

 ***

「おにい、お兄? 風邪ひくよ」
 夜姫胡が覗き込んでいた。

「あー悪い、飯まだだろう?」
「いいよ、具合悪いんでしょ? ストック温めて食べたからいいよ。お兄さ、お風呂入る? あたしやっとくよ」

 夜姫胡に気を使わせてしまったようだ。
「悪いな、頼むよ。ぼくもストックから何か食べようかな」
「言って、あたし温めるから」

 夜姫胡に希望の冷凍ストックを伝えて、ぼくはリビングを見渡した。最近家事を少しだけおざなりにしていたから掃除が必要だった。

 温まった料理と飲み物をトレーにのせ、夜姫胡はぼくの向かい側に座った。トレーを置いて、「お兄は色々抱えすぎなんだよ。嫌なことは嫌って言って欲しいし、あたしも出来ることはするよ」
 夜姫胡は心配そうにぼくを見ている。

「そっか、心配かけているみたいだな」
「違うよ、そういうところだよ。お兄はもっとわがままでもいいんだよ」

「浪人生に自由は無いよ」
「もー、それ言ったら話終わるじゃん」
 夜姫胡は風呂の湯を張りに行ってしまった。

 妹に説教されるとは兄としてどうなのだろうか? 今は考えても仕方がない。ぼくは浪人生で来年大学に合格することが目標であるからだ。そのための不自由は甘受しなければならない。

 高校二年生になった夜姫胡よきこは、大学進学を見据えて選択した科目が意外と手強いのか、最近はSNSダイブをセーブしているようだった。勉強に集中するために電源を切り、その日のノルマが終わるまで電源を入れない。今までから想像できない豹変ぶりに、妹の本気を見た気がした。

 薬が効いて腹も膨れたからか、幾分気持ちに余裕が出来ていた。テーブルには夜姫胡のスマホが置いてあった。
 体に緊張が走る。二台目のスマホだった。何かを受信したのか画面が明るくなった。ロックはかかっておらず、推し活しようよアプリの画面だった。

 視線が吸い込まれる――推しの表示に、〈you兄〉とある。

 ぼくの事が表示されていた。
 気が遠くなって、夜姫胡に呼ばれているような気がした。

 ***

 ベッドで目を覚ました時、横には瑞樹たまきがいた。
 どうして知らないベッドにいるのか分からず、吐き気がした。

「たまにい、ぼくどうしたんだっけ?」
「夜姫胡が風呂場から戻ったらお前が倒れていて、あいつ半狂乱になっておれに電話してきて、救急車が混み合っていてすぐに来れないって言われたって泣き叫ぶんだよ。そりゃ飛んでくるさ」

 ――救急車? どういうこと?

「おまえを救急搬送して、病院の見立ては急性ストレス性なんとかって言ってた」
「そのなんとかが重要なのでは?」
「悪いな、医療は専門外だ。とにかく、急激にストレスがかかり脳がオーバーフローして、体が一時的にスリープ状態に入った感じだ」
「わかったような、わからんような、つまり?」
「一日入院して休んでから、気晴らしでもすればいい」

 時間は朝六時になろうとしていた。
 夜姫胡は朝方家に戻ったそうだ。

「疲れているんじゃないか? 部屋、荒れてるぞ」
「そんなこと……」そう言いながら体を起こして、自室の状況を思い出し言葉もない。洗濯物はクローゼットに入れずにベッドの隅に積まれていた。部屋は幾分ほこりくさいと思った。
 荒れていたなんて全く気が付かなかった。〈見えていなかった〉と言っても過言ではない。

「おまえは抱えすぎて溢れそうになるとセルフネグレストに向かうから分かりやすいんだよ。夜姫胡がサポートしてくれるからそこは助けてもらえ。おれもちょくちょく顔を出すから、相談があればしてこい」

 ――相談、出来るわけない。

「そうだね、頭の中整理するよ。今日は寝てるよ、まだ頭が痛いようだ」
「無理すんなと言っても無駄だから、キテるなと思ったら電話しろ、話付き合うから」
 肩を軽くたたいて、瑞樹は病室を出た。

「言えるわけがない。ぼくが〈推されて〉いるなんて。認めるのが怖くて失神したとか、どんだけダメージくらったんだって感じ」
 自問自答して、少しだけ思考がクリアになった。

 退院したら部屋の掃除をして家事をしよう、きっと気分が晴れるはずだ。そうしたら、起きていることについて分析を開始しよう。

 ――うん、そうしよう。

 ぼくは無理やり寝ることにした。
 次の一手を考えるために。

 -つづく-


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