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【創作大賞2024-応募作品】『アブソリュート サンクチュアリー』〈Sleeping Beauty -眠り姫- 編〉Ep4 家
フワリと地上に着地した身体から、青白い燐光が消えていく。
神剣を頭上に掲げ、無造作に束帯野郎に向け振り下ろした。
剣に込められた青白い燐光が半円を描き、金属音を轟かせ、束帯野郎ごと結界を裂いた。
世界が左右にズレていく。
このまま結界ごと破壊すると、仮想空間が裂けて人世界に多大な影響が出るだろうが、そんな事はどーでも良かった。
前のめりになりながら最後の一撃を与えるべく跳躍する。
「近いうちにまた会おう――」
少し笑っているような声だけ残し、束帯野郎の気配が消えてしまった。
――あの状態で逃げられるとは。
上空で唖然としていたが、腹が立ってきた。
「おおーい、そろそろ結界が崩壊するから宮に帰るぞー」
地上から九郎の呑気な声がする。
「ああ、帰ろうか」
毒気を抜かれ、極度の精神緊張から解かれた身体が、地上へ向け降下し始めた。神剣はいつの間にか消えている。
飛んできた九郎は、治癒の力がある単衣でおれを包み込み優しく抱き上げた。
続いてシェリルがふわりと横に並び、愛おしそうに覗き込んでいる。
謎の急襲者が逃亡したことにより、主を失った結界は人世界に干渉する事無く大気に溶け込んでゆく。
結界は完全崩壊を免れたので、無残に崩れ去っていた建物は何事もなかったように存在し、入れ違いに消えていた喧騒が戻ってきていた。
その場に居た人々は何も感じていないだろう――結界と人世界が直接リンクしない限り影響が出にくいのだ。
ほんの数分前まで属していたもう一つの世界を眼下に眺めながら、破壊しても構わないと思っていた自分に嫌気がさしていた。
いつもの日常は、かりそめだった。
崩壊する束帯野郎の結界の代わりに、自らAS(神域=アブソリュート サンクチュアリー)を展開し、神気の拡散を人世界から隠した。
なぜなら、おれの神気はそのまま拡散させると、摩擦で人世界では災禍しか生まないからだった。
***
「こんな事もあろうかと、宮へのゲートをパッケージングしといて良かったよ。今まで搬送しながらの救急対応だったしな」
九郎が怪我と疲れでぐったりした翔琉を抱えたまま、右手の平を上空に向けると、円錐形の光るクリスタル状の物が出現した。
「九郎ちゃん、そんな物いつの間に作ったの?」
シェリルが感慨深げにクリスタルを見上げている。ハッと九郎を見やり「ゲートのパッケージングなんてよく出来たわね、翔琉ちゃんが作ったわけじゃないのに」
「ああーそれはだな、あれだ、何らかの事情で宮を展開出来ない時の為に、ルーエ様に教わって、ゲート機能をクリスタルに疑似展開したのさ、勿論本物と違うから一度しか使えない仕様だ」
あははと笑う九郎は、ウインク一つシェリルに飛ばし、展開キーワードを詠唱する。
「弦月宮よ、我は、翔琉の眷属にして九郎、宮を開き主を迎えよ!」
クリスタルは、九郎の手より更に三メートルも上昇し、光を渦に変え徐々に姿を拡散させてゆく、輝きでホワイトアウトした視界の前に懐かしい弦月宮が出現した。
宮と言っても、翡翠で出来た十メートル四方ある壮麗な両開きの扉がぽっかりと浮かんでいるだけだった。
九郎たちが進んで行くと扉は内側に音も無く開き、主を迎え入れると開いた時と同様に閉じて行った。門の姿が消えると同時にASの展開も解消した。
自分の宮――弦月宮という名のASで宮を創り、眷属の九郎とシェリルの三人で暮らしてきた。
宮を創ったのは二千六百年位前だ。
翔琉はこれまで人世界に全く興味を示してこなかったから、結果的に、東京都新宿区、都庁上空の高所辺りに居を構えていても、宮の設置場所についてこれまでどこからもクレームは来なかった。
基本的に、人世界は神界、魔界には〈パブリック空間〉と位置付けられている。
宮の広さは半径1キロ位、芝生と小川、林や遠くに山並みも伺える。
建物も幾つかあってそれぞれ趣向を凝らしている。
爽やかな風も流れる雲もある。翔琉の意志=神気によって、完全なる一つの世界を形成しているのだ。
宮の広さはよく変わっているようで、北側の奥にはおいそれと建物を創れない――主の性格を反映しているのがよく分かる。
ASで宮が維持可能な者は、ほんの一握りの高位神や一部の魔王に許された力だった。
展開者の許可なく侵入及び破壊不可能な完全プライベート仮想空間である。
入口たる門が並んでいたとしても中の空間は互いに干渉しないのだ。
翔琉の持つ神剣なら破壊も可能だが、完全破壊に至るにはかなりの神気を投入する事になるだろう。
翡翠の正門から一キロ、林を抜けたところにある寝所は、芝生の美しい若草色の床、オレンジ色の大きなベッド、大型クローゼットと胡桃の小テーブルと不思議な形の椅子がある。
外周は銀糸を贅沢に使った天蓋が覆い、入口には天女の羽衣の如き可憐な薄布を繻子のリボンで結んでいる。
外側から見るとクイーンサイズベッド位の容量にしか見えない。
九郎は翔琉をベッドに寝かせた。
シェリルは入口で九郎が出てくるのを待っている。
九郎は気を失っている翔琉に何か話しかけていたが、振り返ってシェリルと目が合うと力なく頭を振って見せた。
寝所を出て繻子のリボンを引く――羽衣はふわりと入口を塞ぎ寝所は空間閉鎖される。
見た目は入口に羽衣があるだけだが、〈音と灯りが漏れる〉事も、〈音と光が入る〉事もない。
翔琉自身が羽衣を捲り寝所から出るまで、眷属と言えど入る事は許されていないのだった。
-つづく-
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