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【創作大賞2024-応募作品】『アブソリュート サンクチュアリー』〈Sleeping Beauty -眠り姫- 編〉Ep11 見守る者_前編

 弦月宮げんげつきゅうでは、九郎とシェリルが慌ただしく動き回っていた。

 翔琉かけるが先の戦いで負った傷は、左肩と腕を黒く変色させていた。容態が安定せず、気絶と悶絶を繰り返す様がまるで何かの祟りにあっているかのようだった。
 変色範囲は緩やかに広がっていてあらゆる薬が効かず、眷属の二人は憔悴しきっていた。

 勿論、祟りの反応が無い事は確認済みである。
 青白い神気が薄くなり、透明で視認出来ない人の気が割合を増しバランスを大きく崩している。
 翔琉の体調は二つの気のバランスの上に成り立っていて、人の気が多くなるのは特に体に負荷がかかり、良い状態とは言えない。

 竹のお山の事後処理を終え、ルーエが弦月宮を訪ねて来ていた。眷属は翡翠門の外で待たせている。 

 神がおのれみや、或は結界の外に出て他の神の宮を訪ねるのは極めて稀である。

 翡翠門の近くにある来客用の東屋あずまやは、柱のないドラゴンの鱗で出来た屋根が浮き、ラピスラズリの大きな一枚のテーブルに、座面の高い漆の光沢が美しい椅子が八脚並んでいる。
 そこで、ルーエはシェリルから説明を受けていた。

「翔琉の容態はどうした次第だ?」
「どうにもこうにも、全く治る素振りが無くって、色々試したけどむしろ悪くなっているわね。嫌な毒が回っている感じがするのよ」
 ここにはルーエしかいない。伴がいない時はタメ口なのである。

「先程見た所、人の気に悪さをされているようであるな。われの薬でも気休めであろう」
 チラリと寝所のある方へ視線を向けた。

 浅黄色のシンプルなワンピースで眷属も一人しか連れてきていないルーエは、何処から出したのか手に真珠位の丸薬を一粒持っていた。それを、豪奢なテーブルの上に置き神気を込め、金色の液体になったものを小瓶に移した。

「これを翔琉に飲ませれば、とこ常世とこよの月)の眷属が着くまでの間、少しは安定するであろう」
 シェリルは小瓶を握りしめ何度も頭を下げると、寝所へ飛んで行った。

 薬を眷属へ持たせなかったのは、秘薬であることと、自身が弦月宮を訪れることで、他の神へのけん制にもなることだ。
 いくら普段から懇意なことをアピールしていても、実際に足を運ばなければ、友好性はフェイクに過ぎない。

 ルーエの権力範囲は神界で三番目位の大きさである。あくまでも、人世界の信仰の対象としての権力の序列で、神気の序列は一級神内で五本の指に入る実力者である。
 翔琉や常世の月は特級神であっても三界の覇権は望んでいないので、勢力図から除かれている。

 当然ルーエの権力内部にも、翔琉にいい顔をしない者もいる。
 翔琉は気にしていないし、ルーエも普段は不問にしているが、翔琉に対して何か不利益を犯せば、容赦なく滅してきていた。

 入れ替わりに九郎がルーエの元へやって来た。
「肩の毒は解析中ですが、まだ時間がかかりそうです。ルーエ様や月様(常世の月)のお力で治りますでしょうか」
「そうじゃな、そなたの危惧している事は三百年前の事であろう?」
 九郎は明らかに動揺している。

 三百年前――ある神人のAS内(神域=アブソリュート サンクチュアリー)で起こった事をきっかけに翔琉の神気が暴走し、自身を消滅させようとした事件。全てAS内で完結しているため、事の真実を知るものは極々少数である。
 ルーエと常夜の月の協力で食い止めはしたが、自分の神気で焼き切れたようになった翔琉は、強制回生という自己修復のための封印期間が必要になり
、強制回生を施した常夜の月は多大な神気と髪の色を失う事となった。以前は眩いばかりの金髪だったのだ。

「翔琉は強制回生に至った事件の事を覚えていません――忘れていて良かったと俺は思っています。よく精神が完全に破壊されなかったと今でも夢に見ますし、あんな思いをしたから、人に転生してしまおうかと思ってしまっても仕方が無いのかと……」

「九朗よ、お前も分かっているのであろう? 死すれば神に戻ってしまうと理解しているうえで、無理な人転生をしてまで人世界で過ごし世界を理解しようとした。回生後の復帰に介入できるのは驚いたがな。翔琉はこの世界を愛することに決めたのじゃ、これ以上の慶事はないえ」
 ルーエは口元に手をあて、嬉しそうに微笑んでいた。

「そうですね。まったく見向きもしなかった人世界に飛び込んだんですから、当時は本当にあり得ないことだと驚きました。ただ、コンタクト出来ずに見守りながら、人世界の方が楽しいのだと思うようになってしまいました」
「さびしそうな顔をするでない、軸足はここにあると理解のうえであろう」
 九朗は照れたように首の後ろを掻いていた。和やかな会話は次の一言で一変した。

「これまでもそうですが、ルーエ様が翔琉にそこまで肩入れするのは、何か理由があるのですか?」
 九朗の周りの気が、急速に冷えたように感じた。

「ふん、ASを解除した常の白銀の髪を見た神族どもの顔を覚えておるか? 声高こわだかに常に翔琉討伐を懇願しておったな、ふふ、そんなに怖いなら、世界の果てにでも隠れて震えておればよい」

 九朗はルーエの瞳の中に、溢れる慈愛の光が消え去るのを見た。

「我は翔琉が可愛いのじゃ、神の理由なんぞ、それだけで十分であろう。そろそろ別の客人も着く頃――我も帰るとしようか」

 唖然とする九朗をそのままに、ルーエは友達の家から帰るような気軽さで、翡翠の正門から出て行った。

-つづく-


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