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「つながらない権利」法案 アメリカ・カリフォルニア州議会

「つながらない権利」(Right to Disconnect)法案がアメリカ・カリフォルニア州議会で審議されています。


「つながらない権利」とは

「つながらない権利」(Right to Disconnect)とは、「労働者が勤務時間外には仕事のメールや電話などへの対応を拒否できる権利」(ウィキペディア)のことだが、フランスなどのヨーロッパでは法制化されています。

また、ヨーロッパ以外では最近、オーストラリアでも「つながらない権利」が法制化されたと報道されましたが、アメリカ(米国)では「つながらない権利」は法制化されていません。

今回のカリフォルニア州議会に提出されて審議中の「つながらない権利」法案が可決させて成立するとすれば、アメリカ(米国)で最初の「つながらない権利」の法制化がカリフォルニア州で実現することになります。

なお、日本ではまだ「つながらない権利」は法制化されていませんが、2020年12月25日、厚生労働省が公表した「これからのテレワークでの働き方に関する検討会(厚生労働省の有識者会議)報告書」に次のように記載されています。

フランスでは、労使交渉において、いわゆる「つながらない権利」を労働者が行使する方法を交渉することとする立法が2016年になされ、「つながらない権利」を定める協定の締結が進んでいる。

テレワークは働く時間や場所を有効に活用でき、育児等がしやすい利点がある反面、生活と仕事の時間の区別が難しいという特性がある。このため、労働者が「この時間はつながらない」と希望し、企業もそのような希望を尊重しつつ、時間外・休日・深夜の業務連絡の在り方について労使で話し合い、使用者はメールを送付する時間等について一定のルールを設けることも有効である。

例えば、始業と終業の時間を明示することで、連絡しない時間を作ることや、時間外の業務連絡に対する返信は次の日でよいとする等の手法をとることがありうる。

労使で話し合い、使用者は過度な長時間労働にならないよう仕事と生活の調和を図りながら、仕事の場と私生活の場が混在していることを前提とした仕組みを構築することが必要である。

これからのテレワークでの働き方に関する検討会 報告書

アメリカ・カリフォルニア州議会「つながらない権利」法案

アメリカ(米国)で最初の「つながらない権利」(Right to Disconnect)法制化になるかもしれない『カリフォルニア州議会「つながらない権利」法案』については、ジェトロ(日本貿易振興機構)がビジネス短信(『米カリフォルニア州、労働者の「つながらない権利」法案の議会審議が進む』2024年4月10日付)で紹介しています。

まず、そのジェテロの記事には「米国(アメリカ)カリフォルニア州議会では、マット・ヘイニー下院議員(民主党、サンフランシスコ選出)により2024年2月に提出された、労働者の『つながらない権利』(注:雇用主からの就業時間外の電話、電子メール、メールなどの対応を拒否する権利)を保証する法案の審議が進んでいる」と記載されています。

また、そのジェトロの記事には「ヘイニー議員は『スマートフォンやパンデミックにより、仕事は10年前と比べて劇的に変化した。あいまいになっている仕事と生活の境界線を設定し、24時間365日働かないことを理由に罰せられないようにすることがこの法案の狙い』と複数のメディアに述べた」と書かれています。

さらに、ジェトロの記事には「審議中の草案では、雇用者が雇用契約書などの書面に非就業時間を記載し、被雇用者との間で合意することを義務付けており、違反した場合には1件につき100ドル以上の罰金が科される内容となっている」「同様の法律は、2017年にフランスで初めて制定され、メキシコ、アルゼンチン、オーストラリアなどで制定されている。今回、カリフォルニア州で成立すれば、米国の州では初めてとなる」とも記載されています。

米カリフォルニア州、労働者の「つながらない権利」法案の議会審議が進む(ジェトロ)

カリフォルニア・ロウ・ニュース(California Law News)

カリフォルニア・ロウ・ニュース(California Law News)は2024年3(?)月下旬、マット・ヘイニー下院議員が「つながらない権利」(Right to Disconnect)法案をカリフォルニア州議会に提出し、その原案は「緊急事態やスケジューリングの目的を除き、従業員が勤務時間外に雇い主からの通信への「つながらない権利」を認める職場ポリシーを確立することを雇い主に義務づけている」と報じています。

California Legislature Considers Employee’s “Right to Disconnect”(California Law News)

USA トゥデー(USA Today)

USA トゥデー(USA Today)も「仕事後に上司からのメールや電話に答えるのにうんざりしている人は、間もなくカリフォルニア州の法律によって保護されるようになるかもしれない」と、カリフォルニア州議会「つながらない権利」法案に関する記事を配信しています。

この記事の中で、USA トゥデー(USA Today)はマット・ヘイニー下院議員が提出した「つながらない権利」(Right to Disconnect)法案がカリフォルニア州議会で可決されれば、カリフォルニア州は従業員に「つながらない権利」を付与する(アメリカで)最初の州となると報じています。

また、その記事には「(カリフォルニア州議会で審議中の法案と)同様の法律はオーストラリア、アルゼンチン、ベルギー、フランス、イタリア、メキシコ、ポルトガル、スペインを含む13カ国ですでに制定されている」と記載されています。

California law would give employees the 'right to disconnect' during nonworking hours(USA TODAY)

「つながらない権利」日本でも法制化の動き

USA トゥデー(USA Today)によると、「つながらない権利」(Right to Disconnect)は「オーストラリア、アルゼンチン、ベルギー、フランス、イタリア、メキシコ、ポルトガル、スペインを含む13カ国ですでに制定されている」ことになり、カリフォルニア州議会で成立するとアメリカも加わることになります。さて、日本では「つながらない権利」法制化は可能でしょうか。

テレワーク長時間労働で精神疾患発症し労災認定

弁護士ドットコムニュース『テレワークで労災認定「極めて異例」(以下略)』(2024年4月3日配信)との記事によると、横浜市の外資系補聴器メーカーで働く50代の女性社員がテレワークで長時間の時間外労働を強いられて精神疾患を発症したと、女性社員の代理人が東京都内で記者会見しています。

その記事によると、女性は「主に自宅で働いていた」といことですが、「上司から、チャットやメールを通じて細かく指示」があり、その指示は「所定労働時間内だけでなく、残業時間の間にもかなりの数」だったそうです。

また、特に問題は「金曜の深夜に『月曜までに』というタスク指示があり、休日の業務を余儀なくされるようなこともあった」ということです。

このため「女性は会社に何度も自身の働き方を相談したが、改善されなかった」とも、その記事に書かれています。

厚生労働省のテレワークガイドラインには「役職者、上司、同僚、部下等から時間外等にメールを送付することの自粛を命ずること等が有効」と書かれていますが、結局、労働基準法などの法令に禁止規定として書かれていない限りは、テレワークでの長時間労働の防止とはならないことが横浜市の外資系補聴器メーカーの事例が明確にされました。

長時間労働による健康障害の発生防止のためには「つながらない権利」の法制化が、日本でも必要だということを横浜市の外資系補聴器メーカーの事例は示していると思います。

「つながらない権利」労働契約法上でデフォルトルールを定める

厚生労働省「労働基準関係法制研究会」の第5回研究会は先月(2024年3月)26日に開催されましたが、その資料「これまでの論点とご意見について」には「つながらない権利」(Right to Disconnect)は「労契法(労働契約法)上でデフォルトルールを定める方法もあり、労働基準法と労働契約法の接続の問題で議論されるべき」と、第2回研究会でのメンバー(構成員)意見として記載されています。

第5回「労働基準関係法制研究会」資料3「これまでの論点とご意見について」(PDF)

厚生労働省が作成した資料の中の「つながらない権利」に関する箇所は少し理解しにくい記述になっていますが、まず「デフォルトルール」は標準的なルールまたは原則的なルールということではないでしょうか。つまり「つながらない権利」については労働基準法ではなく労働契約法に標準ルール・原則ルールとして規定する方向で議論されるべきということではないでしょうか。

労働基準法と労働契約法の接続の問題で議論されるべき

また「労働基準法と労働契約法の接続の問題」ということはどういう意味か分かりにくいのですが、労働基準法は取締法規ということになりますが、労働契約法にはデフォルトルールといった側面が強いとも思います。つまり「労働基準法と労働契約法の接続の問題」とは取締法規としての労働基準法とデフォルトルールとしての労働契約法を(「つながらない権利」に関して)どう結びつけるかという問題ということだと推測しています。

「労働基準関係法制研究会」に先立って開催されていた厚生労働省(労働基準局)有識者会議に「新しい時代の働き方に関する研究会」がありますが、第14回「新しい時代の働き方に関する研究会」(2023年9月23日開催)で水町勇一郎教授(水町教授は「労働基準関係法制研究会」でも「新しい時代の働き方に関する研究会」で構成員として選ばれた唯一人の存在)が同様の発言をしています。

長くなりますが、水町勇一郎教授は「労働基準法制とその修正で対応できるところと、労働契約法制が基になって、そこで例えば就業規則の合理性とか、ガイドラインに書かれていることは、実は裁判に任せられているところを、政策として法制としてどうするかというときに、例えばデフォルトルール、原則的にはこうしなくてはいけないということを、例えば労働契約法制の中で定めて、ただし、労使コミュニケーションで具体的に議論して別のように決めたら、別のようにしていいですよということを、労働基準法制とまた別の法制の中でルールメイキングしていくと、それを基に労使コミュニケーションが実質化していったり、ちゃんと労使で話し合わないと原則どおりに硬直的なものになってしまうよという議論の中でどうするか」と語っています。

新しい時代の働き方に関する研究会 水町勇一郎構成員発言は重要だから議事録から抜粋(働き方改革関連法ノート)

企業に法令遵守のインセンティブを与える「新たな規制」

東大新聞オンラインは「社会変化に合わせた労働法制を 水町勇一郎教授退職記念インタビュー」(2024年3月19日)と題したインタビュー記事を掲載していますが、そこに水町勇一郎教授(厚生労働省「労働基準関係法制研究会」構成員=メンバー)が「政策提言に携わってきた経験から、日本の労働法制の在り方についてどのような点が課題だと考えていますか」という質問に答えるといった場面があります。

水町勇一郎教授は労働法制の改善のためには「インセンティブを与える政策手法の活用も進めるべきです」と述べていますが、インセンティブ(Incentive)とは、行動を促す「刺激・動機・励み・誘因」を意味する言葉だと一般的には理解されています。

何故インセンティブを与える政策手法の活用が必要なのか、水町教授は「これまでは、労働時間の上限規制や男女差別の禁止など、命令と罰則によって実効性を確保しようとしてきました。しかし、(労働基準監督署)監督官が全ての事業場を常に監督できるわけではない中、労働組合がない中小企業などでは、法令が守られない無法地帯に近い状況も生まれています」を現状を説明していますが、(私の経験からしても)そのとおりだと思います。

そのような無法地帯に近い状況の中では「法令を守らなかった企業に罰則を与えるという方法だけではなく、遵守している企業の情報を積極的に開示する」ことが必要だと、水町教授は語っています。

つまり、「求職者や消費者が、就職活動や消費行動に当たって法令をきちんと守っている企業を選択するように誘導する仕組みを作り、企業に法令遵守のインセンティブを与えることも、新たな規制の方向性だ」ということです。

社会変化に合わせた労働法制を 水町勇一郎教授退職記念インタビュー(東大新聞オンライン)

追記:つながらない権利法制化は期待できない

厚生労働省「労働基準関係法制研究会」の第5回研究会は先月(2024年3月)26日に開催されましたが、その資料「これまでの論点とご意見について」には「つながらない権利」(Right to Disconnect)は「労契法(労働契約法)上でデフォルトルールを定める方法もあり、労働基準法と労働契約法の接続の問題で議論されるべき」と、第2回研究会でのメンバー(構成員)意見として記載されています。

しかし、今日(2024年4月23日)開催の厚生労働省「労働基準関係法制研究会」第6回研究会の資料「労働基準関係法制研究会 これまでの議論の整理」には「つながらない権利」といった言葉は完全に消えていました。これは「つながらない権利」法制化を日本の厚生労働省に「もう期待してはいけない」ということなのでしょう。

労働基準関係法制研究会 これまでの議論の整理(PDF)

佐藤大輝氏は『マネー現代』(2024年4月23日)の記事の中で「制度改革が不要とは思わない上で、取り急ぎの対策としては老若男女問わず、働く人すべてが「自他のつながらない権利」を尊重していく。この意識改革を地道にやっていくのが現実解になるのではないか」と述べていますが、法制化されていないとしても、まさに自他の「つながらない権利」を尊重していくしかないでしょう。

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