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『バスルートをつくろう』から『ゲット・オン・ボード』への物語

Saashi & Saashi(サアシ・アンド・サアシ)のSaashiです。
ゲット・オン・ボード ニューヨーク&ロンドン 日本語版』が2022年6月30日に発売されました。ニューヨークとロンドンのマップにバス路線を構築して、乗客を運んでいく楽しいファミリーゲームです。

『ゲット・オン・ボード ニューヨーク&ロンドン 日本語版』(Saashi & Saashi/2022)

この『ゲット・オン・ボード』は、2018年にSaashi & Saashiからリリースしたバス路線のゲーム『バスルートをつくろう』のリメイク版です。フランスの出版社IELLO(イエロ)社によってアート面やコンポーネントを一新したものとなっています。

ゲームマーケット2022で少量先行販売した後、上海でのロックダウンの影響で国際輸送が遅れにより日本語版の販売時期が遅れておりましたが、6月中にようやく入庫し、6月30日に無事に販売することができました。

実は『バスルートをつくろう』を作ってからIELLO版の『ゲット・オン・ボード』が世に出るまでは長い経緯がありました。この機会にそのあたりの顛末を書ける範囲で書き残しておこうと思います。

『バスルートをつくろう』の誕生

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『バスルートをつくろう』(Saashi & Saashi /2018)

2017年の秋のゲムマが終わって、さて来春に向けて次は何を作ろうかと、夜のカフェで宝井貴子さんと話していました。いつもSaashiが頭に着想する前後に貴子さんと話しているうちに浮かぶということが多いのです。

いくつかあるストックの中から作るか、それとも真新しいものをイチから作り始めるか、こんなメカニクスで作りたいかな、こんなテーマもあるな、といろんな角度から話す中でポツポツと案が出た中に、「バス路線のゲーム」がありました。

京都は市内を走る市バスを利用するのが便利なのですが、バスに揺られている時にわたしはよく路線図をボーッと眺めていました。おもしろい線の連なりだな、どうしてこの経路なんだろうな、こんなところまで延びてるのか、多くの路線が集中している通りがあるな、とそういったことを考えていたのでした。

そのあたりで作るべきゲームのイメージが浮かび上がっていました。各プレイヤーは個人ボードがあってそこで得点を記録し、中央にあるボード上の京都市内の地図にそれぞれの路線を書いていく。同じ道路に路線が重なると渋滞する、というイメージです。

ただ、最初の案はメカニクス的には洗練されておらず、トークンを袋から引いて縦軸と横軸で座標を指定した場所にお客が降りてくるというフェーズがあり、想定したより時間がかかっていたので、お客はすべて地図上に描くことにして、そのフェーズを全部なくしました。そしてカードを1枚めくるだけで各プレイヤーの路線の延ばし方が一斉に指定される方式に改めたのでした。

そして、路線を延ばすだけで「乗客を乗せること」と「目的地へ運ぶこと」を行えるように整理しました。これによってプレイヤーの選択は「どこへ路線を延ばすか」ということに集約することができるようになり、全体の利点として、プレイ時間を短くすることができたのでした。このゲームはプレイ時間30分ほどで遊べるスケールに収まり、完成の形が見えてきました。

開発は進んでプレイテストを繰り返す時期に入りました。最終段階ではimagine GAMES山田空太さんにプレイ確認していただきました。ファミリーゲームとして構想したこのバス路線のゲームを、その方面に知見の高い山田さんにとても高く評価いただいたのですが、作者としてはたしかな手応えを感じることができて嬉しかったです。山田さんからは「あとひとつ、プレイ中で小さな喜びがほしい」とご意見いただき、それを受けて考え、最後に加えたのが一歩追加して進める「青信号」のルールでした。

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『バスルートをつくろう』のマップボードと個人ボード

これで完成となりました。作者としては、「こういうゲームを作ろう」と見立てをしてデザインを開始して、想定した着地点できっちり着地(完成)させることのできたという感触をよく掴めたゲームになりました。見立て通りに作るというのは想像よりも難しいことで、そこで手応えを自身に得られたことは実感の伴う知見として身体に備わった感じがしたのを覚えています。

こうして完成し、『バスルートをつくろう』と名付けたこのゲームは2018年の春にゲームマーケットでリリースの日を迎えたのでした。

海外出版社との出版契約に関するあれこれ

初出となったゲームマーケット2018春のブースでは、売れ行きはそこそこといった感じで、いたっていつも通りな滑り出し。特別たくさん売れたということもなかったのですが、コロナ禍前の時期ということもあり海外からの来訪者も多くいた頃でしたので、印象としては海外の方がたくさん来てくださったなという記憶があります。

『バスルートをつくろう』はたとえばSDJの枠組みに入るようなイメージで、明確にファミリーゲームとしてデザインしたでしたので、ファミリーゲームのカテゴリーの層が薄い日本国内ではあまり反応は得られなくても、ファミリーゲームの下地のある海外では評判が良くなるのではないかなという予測がありましたが、そのリアクションを確認する最初の機会は予想よりはるかに早く訪れました。

土日開催の後、京都へ戻る新幹線の中で連絡を受けたのが最初の知らせでした。出版契約内容に関わる数字まで提示してきた海外出版社があったのです。

通常、大手の海外出版社は反応が遅く、サンプルを得てから編集チームでプレイして、作者へフィードバックがあるまでにしばらく時間を要することがほとんどです。『バスルートをつくろう』の場合は、初めて情報をリリースした時点で出版社からメールが届いていた数がいつもよりも多かったので、おそらく反応する社が多いだろうとの予測が立っていた中で、いくつも同時に打診がくると返答のタイミングがまちまちの場合にこちらが困るかもしれないという懸念がありました。そのため、ゲームマーケット会場で会ってお話しできた海外出版社の方には、プレイしてからのフィードバックを少なくとも2週間以内に連絡をくれるようお願いしたのでした。

ですが、契約の内容までを新幹線の中で確認できるくらいのスピード感だとは思っていませんでした。あとで聞いた話では、すぐに遊んでくれたらしいフランス人の有名デザイナーさんたちがとても高く評価をしてくれていて、最初に遊んでくださったそれらのみなさんを経由して薦められて手に取ったり遊んだりしてくださった方が多くいらっしゃったようです。(後日には他の著名なデザイナーの方々から購入希望のメールを直接いただいたりしました。)

ともかく、ゲームマーケット会場で直に入手した出版社の連絡があったのを手始めに、サンプルを送った出版社、あるいは他のデザイナーから薦められた出版社などからオファーが届くようになったのでした。

その後、The Dice TowerZee Garcia氏のレビュー動画で最高評価の「SEAL OF EXCELLENCE」をいただいたのを皮切りに、北米や欧州でのレビュワーによる紹介の機会が増え、それに伴ない飛躍的に各国出版社からのオファーや、各国ストアからの注文が重なっていきました。(当時の『バスルート』の日本語のレビューとしては The Game Gallery Channelさんの動画レビューがあります。)

遊んでくれた方々の感想を総合すると、高評価であったポイントは『バスルートをつくろう』はロールアンドライトの紙ペンゲームでありながら、プレイヤー間でインタラクションが発生しうる共通ボードの存在が大きかったようです。わたしは個人的に、インタラクションのない紙ペンゲームが苦手なので、自分がデザインする場合は共通ボードを存在させたかったことがまず一つあり、ファミリーゲームとしてはやはり緩やかでもインタクションはあったほうが良いのではないか、というのが作る際の念頭にありました。その点を海外では高く評価してもらえて、意が通じたような気がして嬉しかったのでした。

注文はどの国であれ、代金の支払いを確認してから商品を送れば良いのですが、出版契約となると同じエリアに関して複数の出版社と契約を結ぶことはできません。ここから、よくよく吟味して契約を結ぶ相手を選ばなくてはならないフェーズに入ります。

リリースしてから半年の間に『バスルートをつくろう』には20数社からのオファーがあり、その後数年の間に40社を超えました(40までは数えていました)。誰もが知る大きな出版社から、中小規模の出版社、紙ペン系に強い出版社、小さな新興出版社、クラウドファンディングを企画したい出版社、大小さまざまな規模の会社が、それぞれに希望するエリアやロイヤルティの条件などを含んだ契約内容を提示してくれました。

ですが、どんなにたくさんの出版社のオファーを受けても(各国の国別に個々の出版社と結ぶ場合なら別ですが)だいたいの希望エリアが重複しているため、契約相手となる主要な出版社はおおむね一社に絞られます。

注釈として、このゲームの場合はアジアの領域をSaashi & Saashiが管理する方針だったため、中国や韓国などの国では直接現地の出版社と契約を結びました。欧州と北米に関しては、一社に管理を任せて各国にはその社を通してサブライセンスで繋いでいただく、という方針でした。

オファーをいただいた出版社はどこもこのゲームを非常に高く評価してくださって、熱烈に申し入れてきてくれているものが多かったです。しかし、たとえ40社のオファーであっても、欧州と北米に関してはただ一社だけとしか契約はできず、39社は断らざるを得ないのが、心情的には苦しかったのを覚えています。感謝をしつつも残念ながらお断りをする文章を、本当にいくつも書いて送りました。

最終的にフランスの出版社IELLO(イエロ)と契約を結びました。数十社の中でも特に好条件を提示してくれたことと、このゲームをどのように扱っていきたいか、それらについても熱意を示してくれ、しかもものすごくすべてが早かったことが大きかったです。

フィードバックの期間を2週間以内でお願いしていた他の大手出版社は、残念ながら2ヶ月後の夏に熱烈なオファーをくださいましたが、その時にはすでにIELLOと契約を結んだ後であり、双方ともに「仕方ないね……」と思いつつ話は流れたのはとても残念でした。

出版契約の交渉に関しては、おおむねSaashiが自分で行なっているのですが、フランスの出版社IELLOとの交渉についてはすべてヤニックさんが代行してくださり大変に助けられました(つまりSaashi & Saashiでは案件によって、ヤニックさんを通じて行われる交渉と、Saashiが直接他社と行なう交渉とが併存しているということです)。IELLOとの交渉では契約内容に関する細かなお願いもすべて請け負ってくださって、ヤニックさんがいなければこれほどスムーズに進むことはなかったと言えます。

全体的に振り返ってみると、『バスルートをつくろう』に対する出版社の反応が顕著だったのは、各国の有名レビュワーの方が好意的なレビューを次々に出してくれたことに加え、海外でこのゲームを遊んでくださった方がたくさん評価してくださったことが小さなムーブメントを形成する上で大きかったと感じています。いま思っても本当にありがたいことでした。

海外出版社と出版契約を結ぶということは、つまりその契約がおよぶ国と地域に対して「Saashi & Saashiの『バスルートをつくろう』を自分たちで販売すること」が不可能になるということを同時に意味します。

『バスルートをつくろう』は購入希望者からのメールや、海外ストアからの再注文が相次いでいたにもかかわらず、契約を結んだ結果わたしたちはリリースから半年に満たずに、海外への出荷をすべてストップせざるを得なくなりました。その時点で北米と欧州を中心におよそ1300部ほどを販売していました。おそらくそのまま出版契約を結ぶことなく販売を続けていたとすれば、販売部数はそのまま伸びていただろうと思います。

ただ、あまり部数が出払ってしまった後では後日の出版契約は難しいものになりますし、あまり出版契約の時期が早いと、自分たちで海外へ販売する期間が短くなってしまいます。そこは経営判断の難しいところで、少しずつ工夫して良い方策を探っていくしかありません。

ともかくも、契約を結んだ後、一番良いのはすぐに海外出版社版のゲームが販売開始されることです。しかし、これも多くの場合、そして特に出版品数の多い大手出版社の場合、数年の期間が空くことがほとんどです。『バスルートをつくろう』の場合は、その時点では知る由もなかったことですが、途中のコロナ禍の発生なども経て、2022年初冬にフランス版の『Get on Board』がリリースされるまで4年の歳月が必要となったのでした。

京都市交通局90周年記念版の発売

話の経緯としては余談になりますが、京都市交通局版の話もしておこうと思います。

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『バスルートをつくろう 京都市交通局 市バス90周年記念版』(Saashi & Saashi /2018)

ゲームマーケット2018春の後、「京都市内に路線を作るゲームなのだし、どうせならこの機会に京都の市バス版の『バスルートをつくろう』を作りたいなぁ」とわたしたちはぼんやりと想像していました。

春のゲームマーケットが終わった後、やはりまずは動いてみなくてはということで、初夏に京都市交通局に問い合わせてみたのでした。後日、交通局まで出向き、担当部署の方々に『バスルート』を遊んでいただき、商品化についての話し合いを行ないました。その結果実現したのが『バスルートをつくろう 京都市交通局 市バス90周年記念版』でした。この年がちょうど京都市交通局の90周年の記念年というタイミングだったこともあって、奇跡的にも出版と販売に関する契約ごともスムーズに進み、実現することが叶いました。ただ、期間限定での契約でもあり販売時期が限られていたため、限定生産での販売となりました。契約上、この版は再版することができませんので、Saashi & Saashiの商品の中でも最もレアなアイテムとなりました。

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2018年秋の市バス車内

販売開始に際しては、京都市交通局のご協力によってバスの大型イベントに呼んでいただいてブースで販売したり、市内を走るすべての市バスの車内に何千枚ものチラシを置いていただいたり、全面的なバックアップをいただき、いま思い出しても感謝しかありません。わたしたちにとっても非常に光栄な出来事でした。

IELLO社編集チームとの共同作業

さて、出版からリリースまで、実に4年の歳月を経ることになるわけですが、その間IELLO社との話し合いはどのように進んでいったのでしょうか。

IELLO社はこのゲームを大変高く評価してくれていたのは事実です。彼らは素晴らしい作品であるこのゲームを、素晴らしい商品にするべく日々さまざまなアイデアを練ってくださっていました。その考えを元に彼ら編集チームは、どのようなグラフィックが相応しいのか、どのようなコンポーネントであるべきなのか、タイトルは? イラストは? といったあらゆる面から『バスルートをつくろう』を見直し、プロジェクトを練っていたのでした。

わたしはこの時点までに『コーヒーロースター』や『フィルムを巻いて!』を各国の出版社と契約してきた経験もあり、ローカライズ版となって新たな製品に成り変わっていく過程をつぶさに見てきてもいましたので、現地の出版社が自社の商品として大切に考えて準備しているのだということは理解していました。

そして、自分たちで行なっていた海外への販売が非常に順調だった中で、その道を断って早々に出版契約を結んだ経緯もありましたので、いつか日の目を見るであろうIELLO版の『バスルート』には「自分たちで販売するよりももっとずっとたくさんの国々で広がって、たくさんの人々に手に取って欲しい」と考えていました。そして、そのために必要ないかなる協力も惜しまないと決めてもいました。

ですから、発売までの開発期間、準備期間にあたる歳月は結果的には短くはなかったですが、それを経て生まれ変わった商品はきっと素晴らしいものになるだろうという考えが揺らぐことはなかったのでした。

もちろん4年の間、IELLO社の編集者たちはなにもしていなかったわけではありません。契約した以上は、『バスルート』のプロジェクトは彼らのプロジェクトですし、彼らはそれをより良いものに、強力なものに、魅力的なものにしようと真剣に考え、手と頭を動かしてくれていました。改善、改良に関する何らかの提案、変更、アイデアの発想があるたびに相談をしてくれて、作者としてのわたしに実に誠実に確認する機会と、意見を述べる機会を常に与えてくれました。

話が複雑で込み入った内容の場合には、直接話さなければ進まないようなこともあります。ヤニックさんを交えてSkypeやzoomでミーティングをしたのも二度や三度ではありません。数年の間にもう何度も何時間も話したことになります。

とくにわたしは契約についても、ルールなどの詳細の確認や変更内容についても、納得するまで話をするタイプで、要求も少なくないほうですので、海外出版社とのやりとりでは自分で行なう場合は本当に何度も何度も連絡を取り合って進めていくのが常です。海外の出版社からゲームを出すといっても、出版社と作者とは本来的にプロとして対等であるべきだとわたしは考えていますので、片方に主張があれば必ず双方で納得する形で話し合って解決する妥協点を探るべきだ、という前提がわたしの中に強くあるからです。なので疑問に思うところや不満な点があれば、わたしはすぐに言いますし、相手にも言って欲しいと考えています。契約を結ぶとなれば、その後数年間はその商品に関する利益も損益も一方では一心同体に近い関係になるわけですし、相互理解はとてもとても大切なことだと思っています。

わたしが一人で直接出版社と交渉する場合なら良いのですが、今回のIELLOとのやりとりではヤニックさんに間に入っていただいていたので彼の気苦労も多かったろうと想像します。時には双方の主張が噛み合わない瞬間があったり、考えが擦り合わない箇所があったりしたことも長い中では幾度かあり、そういった場合には、板挟みになったヤニックさんにご苦労をお掛けしたことも多かっただろうと思うのです。

ただ、双方の主張が噛み合わないといっても、IELLOなりに「プロジェクトを真剣に成功させようと考えてくれた結果」であることはこちらも重々理解しているので、わたしたちも彼らの熱意と誠意には常にリスペクトを払っていましたし、IELLO側も作者のわたしに対し失礼であったことは一度もなく、敬意を持って対応してくれ続けていると今も感じています。

それは措いても、このプロジェクトにおいてヤニックさんの貢献は計り知れません。終始作者の味方となって一緒に考え、やりとりがスムーズになるよう日々対処してくださったヤニックさんのご協力には本当に感謝しています。わたしたちはこのゲームが大きく広がって、ヤニックさんと一緒にその喜びを分かち合えることを強く願っています。

『ゲット・オン・ボード』の新要素

話は戻って開発の進行です。プロジェクトがスタートして数年の間に、担当編集者も変わったり、イラストレーターの候補が変わったり、ルールについての細かな調整が入りました。

イラスト/グラフィックの変更
グラフィック面は『バスルートをつくろう』の宝井貴子のイラストから変更することがかなり早い時期に決定していました。それについては驚きはなく、宝井貴子のイラストはどちらかというとアジア地域で人気で、たとえばお隣の韓国では宝井のイラストのバージョンで『バスルート』の韓国語版が出版されています。彼女のイラストは、欧州地域では「子供向けゲーム」のような印象を人々に与えてしまう傾向があるようです。『バスルート』はファミリーゲームであるものの、子供向けのゲームではないので誤解を与えないよう配慮する必要が欧州の出版社側にはあったのでした。

最終的に決定したイラストレーターはフランスで有名なMonsieur Z氏です。官庁のお仕事でフランス各地の都市のポスターなどを手掛けていたり多方面に活躍されている方ですが、ボードゲームのアートは初めてではないもののあまりなさっておられず、彼の粋なセンスは業界的にも新鮮なイラストに感じられます。少し懐かしいテイストが存分に含まれているので、レトロなバスの路線のゲームである『バスルート』の作風にもぴったり合いそうに思いました。彼にぜひとも描いて欲しいと選出したIELLO編集チームも、そういった『バスルート』の魅力の活かし方を大切に考えてくれた結果なのだと思います。

タイトルの変更
IELLO版のタイトルは『Get on Board(以下ゲット・オン・ボードと記載)』に決まりました。乗り物に「乗車する」という意味です。『バスルートをつくろう』はわたしたちのゲームタイトルの中でもとびきり直截的なタイトルなので、変更するのはありだと思っていましたが、『ゲット・オン・ボード』は良いアイデアだと感じました。(慣用句としてよく使われるようで、英語圏ではタイトル検索しづらいので、それだけが難点ですが)

その他の小さな変更点は下記詳細です。

  • マップを「ロンドン」と「ニューヨーク」に変更
    『バスルート』では京都市のマップのみだったものが、IELLO版では「ロンドン」と「ニューヨーク」の新マップになりました。マップは彼らからの依頼でもちろんSaashi自身が新たに作成したものです。すでに韓国版でソウル市の新マップを作っていたので、おそらくIELLO版も新たなマップを作ることになるだろうとは予測してました。むしろどの都市でマップを作ることになるのか楽しみにしていたほどです。

『ゲット・オン・ボード』のマップボード(ロンドンマップの面)
  • 2〜3人用マップの採用
    『バスルート』は2人〜5人用でしたが、マップが一種しかないため、2人で遊ぶ時も5人で遊ぶ場合も同じマップを使うので、渋滞の頻度などで人数による違いが出ていました。『ゲット・オン・ボード』も同じく2人〜5人用なのですが、IELLOの提案により少人数用のマップを作ることになり、2-3人用のマップとして「ニューヨーク」を作成しました(「ロンドン」マップは4-5人用)。ニューヨークマップは少し狭くなっており、またデフォルトで渋滞している道路を設定したことで、4-5人用と比べても大差のない絡みが発生できるようになっています。

2-3人用のニューヨークマップ
  • バス路線の表示に木駒を採用
    木駒を採用した点が『ゲット・オン・ボード』と『バスルート』を隔てる最も大きな違いです。『バスルート』では各プレイヤー異なる色のマジックペンを持ち、ボード上に直接書き込む形で自分の路線をのばしていっていました。ペンの色は鮮やかですし、中央のボードに書き込んでいく行為はとても楽しいものなのですが、IELLOが懸念したのは経年によるボード面の汚れでした。IELLOは本気で王道のファミリーゲームとしてこのゲームを完成させることを目指しており、たとえば数年後に写真にご家庭で写されたこのゲームが、マジックペンの薄い汚れが重なった小汚いボードであって欲しくないという強い思いがあったようでした。そのため、得点を記録する個人ボードはメモパッドに鉛筆で記入する方式にしつつ、共通のマップボードではペンを使用せずに木製の駒を道路に置くことで各自の路線を表す方式に変更されました(木駒は総計160個 / 各色32個ずつ)。それに伴い、ボードも四つ折りの大きなサイズに変更されていました。これらの変更によって、『ゲット・オン・ボード』はよりボードゲームらしい姿を得て、プレイ風景も鮮やかでありつつ、より見栄えのする盤面にグレードアップしたのでした。

ボード上に木駒を配置して路線を表現
  • 追加ルールの採用
    IELLOは旧版の『バスルート』と異なる面をどうしても入れておきたいという考えを持っていました。そのためディベロップの期間中に、彼らから提案された追加の小さなルールは何種かありました。それらすべてをSaashi自身がプレイテストし、また改案を伝え、彼らがそれをテストし、といったことを繰り返して、追加ルールが決定されました。「有名スポットの得点」がそれに当たります。ほんの小さなボーナスポイントといったテイストなのですが、そのポイントを取るにあたって、いつその場所へ路線をのばすか、ちょっとした判断が伴います。小さなポイントは、「プレイ中の小さな喜び」だと思って遊んでいただけると幸いです。

  • 渋滞ルールの変更
    他のプレイヤーと路線が重なると発生する渋滞ルールは失点の対象なのですが、『バスルート』ではゲーム終了時に「最も渋滞数が多かったプレイヤー」だけが失点し、「渋滞ゼロだったプレイヤー」に小さなごほうび得点が入っていました。これは当時、失点に怯えながらプレイしてもらいたくはなかったので失点の危険性を低めに設定したかった考えから成り立ったものでしたが、IELLO版では各プレイヤーごとに渋滞を記録し、渋滞数に応じて各自が失点するような仕組みに変えました。これはわたしが同時期に開発していたダイス版のバスルート(『バスルートをつくろう・ダイス』)で採用するつもりだった解決案でした。それを『ゲット・オン・ボード』にも採用してもらったのでした。

  • カードにはパンチ穴の加工
    これは小さな変更なのですが、IELLOのアイデアで、『ゲット・オン・ボード』のバスチケットカードには物理的に数カ所の穴が開いています。これは切符を切られた時の穴を表現しているのですが、このような加工をしているゲームカードは大変に珍しいのではないでしょうか。遊ぶ際の雰囲気づくりにこうした小さな工夫が寄与することをIELLOは真摯に考えているということに、とても感銘を受けました。

『ゲット・オン・ボード』のバスチケットカード

こうして、IELLO編集チームとの長いディベロップの段階を経て、ついに『ゲット・オン・ボード』は完成しました。

『ゲット・オン・ボード』の出版計画は、コロナ禍もあって二転三転し販売時期は少しずつ遅れたものの、IELLOのお膝元のフランス語版を先陣として2021年年末に販売開始されることが決まりました。2021年秋にドイツで開催されたエッセンシュピールではサンプル版が展示されていました。

画像はBGG News(2021/10/20)より

しかし、国際輸送の大幅な遅れで、本格的にフランスで販売開始されたのは年も明けた2022年の1月も半ばになってからのことでした。リリース後の反応も良く、好調だと聞いています。『ゲット・オン・ボード』は各国出版社によるローカライズの希望がことのほか多かったそうです。Saashi & Saashiで出版する日本語版を含めた各国のローカライズバージョンは2022年春販売の予定で生産されたものの、こちらも上海のロックダウンの影響などで大幅に遅れました。日本語版は6月下旬になって、ようやく入港し、なんとか6月30日に販売に漕ぎ着けることができたのでした。

日本語版の制作

さて、少し話は戻って、『ゲット・オン・ボード』日本語版の制作の話を書いておきます。Saashi & Saashiとして、自作の海外版の日本語化を行なって日本語版ローカライズを自分たちで出版するのは『コーヒーロースター』に続いて二度目です。

IELLOには契約当初から「日本語版はSaashi & Saashiから出版する」旨を伝えていました。エリア的に日本の領域はSaashi & Saashiが権利を管理しているので、日本語版を出すにおいての障害はなにもありませんでした。(海外出版社で出たリメイク版を作者が自分の国で「ローカライズ版」を自ら出版するというケースはあまり例がないようです。)

日本語版のルールブックの翻訳は、『コーヒーロースター 欧州エディション日本語版』に続いて、今回もTable Games in the World小野卓也さんに依頼しました。IELLOの作成した英語テキストからの翻訳でした。小野さんは事前に旧版の『バスルートをつくろう』も遊んでくださり万全の体制で翻訳に臨んでくださいました。

またわたしも作者としてのチェックを兼ねて、日本語ルールの校正という形で全面的にサポートしています。

※ルールブックには最終ページの得点例にIELLO版でエラッタが見つかったのですが、封入前に気づいたIELLOが急遽作成してくれたエラッタの用紙が製品に付属しています(日本語版はエラッタも日本語化したものを封入しています)。

『ゲット・オン・ボード』のタイトルロゴ

箱とルールブックに関するビジュアル面での日本語ローカライズデザインはこれも『コーヒーロースター』に引き続きTANSANさんにご担当いただいています。『ゲット・オン・ボード』のタイトルロゴもフランスの元版に忠実に寄せていただきながら、シンプル見やすく、それでいて目立ちすぎず、元版のポップさを活かした粋な仕上がりになっています。

また、国際輸送に関して上海ロックダウンの影響もあり、日本へ輸送できる時期が大幅に遅れていた中で、5月末になってようやく動き出せる体勢になりました。そんな中で上海からの輸送については、テンデイズゲームズ田中誠さんの多大なご協力によって日本へ送るタイミングを早めることができ、スムーズに入港することが叶いましたことにも感謝しております。

こうしてIELLOの『Get on Board: New York & London』は『ゲット・オン・ボード ニューヨーク&ロンドン 日本語版』となりました。

UK GAMES EXPO 2022 Awards 2022での受賞

画像はCoiledspringGamesのFBより

IELLO版はフランス語版とUK向けの英語版が先に2022年2月3月頃から市場に出始めました。そして6月にイギリス・バーミンガムで開催された UK GAMES EXPO 2022 というイベントで、『Get on Board: New York & London』は「BEST BOARDGAME (STRATEGIC)」部門で、投票による賞のPeople's Choice Awardを受賞しました。(2022年6月5日発表)

販売開始時期が当初の計画より遅れたものの、市場に出てからの反応は良いようで一安心というところです。今後、徐々にでも広がって多くの人がこのゲームを手に取ってくれることを願っています。

『ゲット・オン・ボード』日本語版の発売

長い話になりましたが、最後まで読んでくださいまして感謝です。こういう経緯を経て『ゲット・オン・ボード:ニューヨーク&ロンドン 日本語版』はSaashi & Saashiから発売されることとなりました。

ここに至るまでにいただいた多くの方々のご協力に心から感謝致します。ヤニックさんはもちろん、IELLOの編集チームを始め、営業や各部門のみなさん、『バスルート』の時代から遊んでくださって紹介してくれたみなさん、動画を作成してくださったレビュワーのみなさん、日本語版の制作では小野さんとTANSANさん、みなさんのご協力あって初めて実現したことだと思います。この場を借りて改めてお礼を申し上げます。

『ゲット・オン・ボード:ニューヨーク&ロンドン 日本語版』は2022年6月30日から国内で流通が始まりました。今後は全国のゲーム専門店や家電量販店、Saashi&Saashi 公式サイト等でお買い求めいただけます。

『ゲット・オン・ボード』はご家族とも友人とも一緒に遊べるゲームとして丁寧に設計したゲームです。ゲーム経験の長い人と浅い人も一緒に楽しく遊んでいただける内容になっています。Saashi & Saashiで真摯に作り上げたゲームを、IELLO社が全力で磨き直し、それを日本語版にするあたってわたしたちは再び丹精込めて仕上げました。楽しく遊んでいただけるゲームですので、この機会にぜひお手に取っていただければ幸いです。どうぞよろしくお願い致します。

Saashi
2022年7月1日

Saashi & Saashi
Twitter / 公式サイト


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