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「鎌倉殿」へ導いてくれたファンタジー連作を語る2 ~少年頼朝は生きる~


1で取り上げた「風神秘抄」のネタバレを含む、その続編「あまねく竜神住まう国」について書いた偏愛記事です。

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歴史上の人物は、物語の中で様々な描かれ方をする。それは、物語の作者によっても違うし、描かれる人物の年齢によっても違うだろう。

現在「鎌倉殿の13人」で、全国の子供たちを敵に回しつつある源頼朝、いや大泉洋。(当社、Twitter調べ)

頼朝のせいで紅白の視聴率が落ちそうです。

上記のツイート群はこのTKGさん ↓ のTwitterのリツイートからお借りしました。TKGさんのプロフィール画面に飛んで、4月5月あたりのリツイートを見るととても面白いのです。同じようなのがまだまだあるw ナイスチョイス! そんなに長いTLではないのですぐご覧になれます。


ちょっとリンクを貼りすぎた。
本筋に戻ろう。
「鎌倉殿」の頼朝と大泉の評判はさておき、今回ご紹介する「あまねく竜神しんりゅう住まう国」の主人公少年源頼朝は、素直で思慮深く、そしてやはり悲劇の陰をまとった心惹かれる少年だ。

前回、私が興味も知識もなかった平安末期から鎌倉時代草創期の大河ドラマを好きになれたのは、荻原規子の優れたファンタジー「風神秘抄」のお陰だと書いた。

「風塵秘抄」で、平治の乱の後捕らえられ本来死罪になるはずの少年頼朝は、糸世・草十郎の舞と笛によりその運命を逃れ、伊豆の地に流刑になる。
数えで十四歳。本来そのまま坂東の片隅で平凡に一生を終わるはずだった。しかし糸世と草十郎が延命の舞を後白河に献上したことにより、頼朝の運命は再び大きく、過酷なものへと舵を切る。

その少年頼朝が伊豆の地で、どのように運命と向き合っていくのか。
それが「あまねく竜神住まう国」という物語だ。

さて、この物語の舞台となるのは伊豆。
この特殊な土地が、物語の肝であり大事な基盤となっている。
私は作中の、伊豆の扱い方に目を見開く思いがした。そして改めて「そうだそうだ」と納得し、伊豆を認識し直したりするのだ。

伊豆半島…これは、2000万年前には南の海にプカリプカリと浮いていた…わけではないが、南の海にあったのだという。それがフィリピンプレートに乗っかり北上して、途中太平洋プレートにぶつかってぐいと西に進路を切り、ユーラシアプレートの端っこにある日本列島にずん!と衝突したのだそうな。

私の住む盆地の西にある山系(我が家の窓からも良く見える)は、伊豆半島が日本列島にぶつかってできた最も古いしわの一つだという。我が家から南の方角にある伊豆は行きやすく、温泉と言えば伊豆、温泉ついでにあちこち見て回ると、必ず「ジオパーク」という言葉にぶつかり、結構興味深く岩や断層(本当にきれいにものすごく地面がずれている)などを見てしまう。
私にはとても親しみやすい土地だ。


そんな伊豆を本書では、西の都とは全く違う「力」に支配された、つまり西の神々とは異なる神がいます土地として描いている。
その最たるものが「走湯権現そうとうごんげん」。今は伊豆山神社として知られている。

なんでもその起源は伝説では紀元前4~5世紀までさかのぼる、由緒ある神社だそうな。

伊豆山の地下に赤白二龍交和して臥す。その尾を箱根の芦ノ湖に付け、その頭は伊豆山の地底にあり、温泉の湧く所はこの龍の両眼二耳鼻穴口中なり。

https://izusanjinjya.jp/free/dragon

走湯山縁起に上のようなことが書かれている。
竜の尾は芦ノ湖、頭は伊豆山の地底、両眼からは湯が湧いて出る…何と雄大なイメージ。
かなたにはきっと、青い空をバックにでっかい富士山がそびえている。

竜が横たわるという箱根から伊豆半島は、まさに大地の力がダイレクトに感じられる土地だ。かつては多分今より富士山の活動がずっと活発だっただろうし(煙も吹いていただろう)、古の人々がそんな地球のダイナミックな営みをどうとらえていたのか、この作品を読んで改めて知った。
そしてもう一度書くが、古代の人々は、なんと雄大なイメージを大地の息吹に重ねたのだろう。その思いに想いを馳せる。

それをまた、源頼朝という稀代の英雄の少年時代に絡めてしまう本書。
こういうところが荻原規子の好きなところなのよねー。

さて少年頼朝だが、平治の乱で父親も兄も失い本来自分も死ぬはずだった彼は、「自分をとうの昔に死ぬべき身」だと、「生き延びてよかったと思ったことは一つもない」と感じている。亡き父義朝から失望され好かれていなかったのだと思っている。

頼朝を預かった(実は清盛から密かに始末を命じられていた)伊東の一族は、彼が来てすぐに頭領が亡くなったこともあり、彼を西から来た禍々しい者だとみなす。そして不吉な都の者を、大地を鳴動させる伊豆の土地神、地下の竜や大蛇の力にゆだねて浄化する、つまり亡き者にしようとする。

その筆頭が、新たに伊東をまとめることになった祐親すけちか、大河でいう「じさま」である。

伊豆の武士たちの誰からも、頼朝は伊豆の土地神に受け入れられず死ぬべき運命と見なされている。
伊豆という土地は、阿多美(熱海)の走湯権現以外にもあちらの洞窟こちらの川に大蛇が潜み、人々が目にすることのできる荒神となって全土に息づく場所であったらしい。
その一つが北条時政の領地、暴れ川狩野川の下流域の大蛇が出るという淵だ。その暴れ川の中にポツンとある蛭が小島、そこが頼朝の伊豆での住居と決まり、本書では時政が頼朝を預かることになった理由だ。

蛭が小島は今と違って、滔々と流れる狩野川の中にある本当に小さな島だった。
そしてその狩野川自体が大きな蛇とみなされ、雨の時期には川、つまり大蛇に呑まれることが期待され、さらにはそれによって川を鎮める人柱の役割も背負わされたらしい頼朝。

そこへ、頼朝を助けるべくさっそうと登場したのが、我らが草十郎。
実は頼朝、伊藤の館で一度祐親に殺されかかっている。絶体絶命の大ピンチでの草十郎登場。さすがヒーロー草十郎!

そしてそのまま、時政の領地への護送の一隊に加わり頼朝の従者となるのだ。


草十郎、なんと今回「所帯持ち」として登場する。
相手はもちろん、運命の人糸世。

「風塵秘抄」終盤で、無事糸世を取り戻したのだ。

が、己のために人智を超える力を使ってしまった草十郎は、そのツケを背負ってしまう。
さらには自分たちのせいで再び頼朝に過酷な運命をもたらしてしまったことに、責任を感じている。


その「ツケを払う」ことと頼朝を助けることは、分かちがたいのだった。

それはそうだろう、草十郎。
自分たちの望みのままに頼朝の命を助け、さらにその後、自分たちの幸せのため後白河に舞った舞で頼朝の運命を捻じ曲げてしまったのだから。

糸世と草十郎には、天の門を開き人の運命を変える力がある。
しかし、異界は天にあるだけではない。
そう、「地下」にも異界は潜む。

地とて悪いばかりではないが、そこには「死」に通ずる暗い力がある。天には「生」に通ずる力があるように。

で、「風塵秘抄」では、草十郎、異界の糸世を助けるために天の門を開いたついでに地とも通じてしまい、地下には、糸世の影ともいえる死んだ姫がいたのだ。
その姫は頼朝の腹違いの姉でもあった。

実は日の本一の権力者後白河さえ袖にもできる「天下の遊君」糸世。その糸世だけでなく、姉妹ともいうべき万寿姫にまで執着される草十郎、モテモテである。
地下の万寿姫は、自分が自害したことも死者であることも自覚せぬまま草十郎の笛に魅かれ彼をわがものにしようとする。コワい。

草十郎、当時とても寂しい笛を吹いていて、それが地下の万寿姫と共鳴してしまったのだ。

糸世を取り戻した草十郎はもうその寂しい笛を吹けない。けれど糸世を取り戻すために使った人智を超える力によってつながってしまった地下の姫。
その、死に通ずるものを断ち切りたいのが糸世と草十郎なのだ。

一方源氏でたった一人生き残った頼朝には生きる希望がない。自分を「生きていても仕方がない者」と感じ、その手足には人には見えぬ小さな白い蛇が巻き付いている。地の力、死の力として。(頼朝がそんな思いを持つに至ったこと自体に、草十郎は責任を感じている)

それは草十郎たちの地の力と重なり、さらには伊豆の神々とも通じ合う。頼朝はその死の力、伊豆の地の力を克服せねばならない。

やがて物語の中で二つの地の力はリンクし、豪雨の夜、暴れる狩野川となって三人に襲いかかる。蛭が小島にとり残された糸世・草十郎・頼朝はその力と対峙し・・・

命を懸けた一夜で、生きる望みのない、自分を生きていても仕方がないと思っていた頼朝の気持ちがどう変化するのか。

地の大蛇と化した万寿姫を、魅入られた草十郎、血でつながった頼朝はどう鎮めるのか。

伊豆の土地神である地の神々と、頼朝はどう折り合うのか。

色々複雑なので詳しくは本書を読んでいただくほかないのだけれど、頼朝はその一夜を越えて、伊豆の地で源氏の頭領として坂東武者を率いる人になっていくのは史実であり、大河でもやっている。


さて、色々複雑だと書いた。
お前にまとめる力がない、と言われれば全くその通り、返す言葉もないのだけれど。

もう一つ的を絞り切れないのは、本書が頼朝が主人公でありつつ実は糸世と草十郎の後日譚であり、どっちかと言うと作者はそっちを書きたかったのでは?と私は感じているからだ。
私自身も糸世と草十郎を中心に据えて読んでしまう。

「ファンタジー連作を語る」という通り、この物語まで緩やかにつながる『勾玉三部作』と「風神秘抄」が本書の前にあるのだけれど、それらの物語はそれぞれ一組の少年少女だけが主人公であり、神話などをベースにしながらも焦点は主人公のボーイとガールにきっちり絞られている。

が、本書は史実と、実在の人物頼朝、そして前作の濃密な長いファンタジーとその主人公である創作されたカップルが絡み合い、ちょっと焦点が合わせずらいのだ。
その分、何度も読み返せるし、特に今回のように新しいTVドラマなどが絡んでくるとそのたびに新しい視点で読めるのだけれど。

私は、濃密で長い物語に深く潜るのが好きなのだ。
その分焦点が散ると、こう、ちょっとつかみきれないというか・・・
2冊の厚さを比べてもほら、

「風神秘抄」は本作の倍ぐらい厚い。
作者もあくまで「後日譚」として扱っているのか。頼朝が主人公なのは便宜上のような気もする・・・???

これはあくまで私の感想だ。
やはり私に読む力、まとめる力が足りない、のだよなぁ。

という感想はありながら、やはり土地神とストーリーとの絡め方、また頼朝も結局糸世に翻弄され、お祭りの場で少女の格好で鼓を打たされたりw、読んで楽しいことは間違いないし、がっつり読みごたえもある。
「風神秘抄」とセットで、大好きなファンタジーだ。
「鎌倉殿の13人」がお好きな方にぜひおススメしたい。

こんな雑なまとめでもう四千字。
お読みくださりありがとうございました。


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と言いつつ…

本題中にはどうしても入れられなかった、糸世の「天下の遊君」の称号wについてちょっと書いておきたい。

偏愛記事なので許してください。

遊君と言ってもピンキリ、ただ体を売るしかないだけの者も歌舞音曲の者も、様々いるだろうけれど、糸世はどんな権力者にも媚びる必要のない、それこそ日の本一の大天狗・大権力者後白河法皇のお召しだって、気分次第で断れるような「天下の遊君」という設定。

後白河もまた、そんな遊君の粋を理解する人だったから糸世も奔放にふるまえたということはあるかもしれない。

とは言え後白河の御所に留め置かれた糸世。その糸世を救出した後、救出に奔走した糸世の従者と言うか信奉者?日満にちまんと糸世の会話。

「 ―前略― 手前の殿舎におられないので、奥の寝殿まで忍んでいったもので…」
「それ、上皇さまの寝所にまで近づいたってこと?そんなのはやりすぎよ、日満」
御前ごぜんのためなら、この身の危険はかえりみず―――」
「わたしがそこにいると考えるのが、やりすぎだと言っているのよ。いったいわたしをなんだと思っているの」

荻原規子「風神秘抄」より

…日満はこたえるすべをなくすのでしたw

まだ十代後半の少女にしてこの矜持。
(けれどまた、糸世だって年相応の乙女としての揺れる心もあるのですよ)

引用した会話は、私の好きなくだりだ。
荻原規子という人は、こういう少女のセリフが本当に上手!
思わずうなる・・・とは、前回の記事でも書いた。

この糸世を養女として、天下一の遊君に育て上げたのが美濃みの青墓あおはかの長者。全国の技芸に生きる人々の元締めとなる女性だ。
遊君だけでなく、男性も含めた遊芸の人々の頂点に立つ。

糸世に翻弄される日満をして、「あのおかたの前では、糸世どのがいたいけで、無邪気で、遠慮深く見えるほどだ」と言わしめた女性。同じく糸世にふりまわされる草十郎は想像するだけでげんなり・・・w
日満曰く「女人というものは恐ろしいものだ」そうです。
草十郎、後の長者との対面シーンでは危うくクラっとなっていた。

そういった遊芸人たちは様々な権力者の懐に入り込み、情報に通じ、影の影響力をも持つ存在であり、その分時の権力の流れには逆らわず長いものに巻かれて身を処す。隠然たる力を持ちながら「まっとうな社会」の枠組みの外にいて、まっとうな社会に生きる一般の人々の目には「ないもの」として映る人たちだ。

その頂点にいる青墓の長者が、頼朝の父義朝と情を交わしてできた姫が万寿姫。養女である糸世とは義理の姉妹の間柄だし、頼朝にとっては腹違いの姉となる。

青墓の、遊君見習い二人組、こましゃくれて可愛らしいあとりとまひわによると、「遊びのきみは、お代に関係なく尽くす殿方を一人だけ見つけていい」のだそうだ。
そのあとりとまひわの特別なぬしさま(仮)に想定されておままごとよろしく世話を焼かれる草十郎だけれど、青墓の長者にとっては、義朝が「特別な主さま」だったのだ。
全国の技芸者の頂点、どんな殿方も意のままにする青墓の長者が子まで生すのだから。

・・・「特別な主さま以外のお客からはどんなにせびってもいい」そうですよ((((;゚Д゚))))

もちろん、この青墓の長者も二つの物語には大きくかかわってくるけれど、それは読んでのお楽しみ。

「美濃の青墓」という地名、「鎌倉殿の13人」でも静御前の落ち延びていった先としてちょっと出てきた。
歴史に名を遺す遊君静御前にはふさわしい地名だなあと思った次第だ。


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おまけも長々と‥‥

ここまで読んで下さった方、本当にありがとうございます。

まだ『勾玉三部作』についても語る気満々です。










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