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富士山と絶景おじさん

富士山が見たいとふと思い立って、静岡県の朝霧高原にバイクを走らせた。夜明け前に出発し、愛知県から浜名湖沿いを通り富士を目指した。

天候は玉置浩二を熱唱するほど快晴で、目的地へ向かっている間に、均整の取れた、思ったよりなだらかで茶色がかった山がヘルメットのシールド越しにずっと見えていた。

朝10時頃、朝霧高原近くのコンビニは盛況で、多くの人が富士山を見に来ていることに驚きつつ、人混みで見るのもなんだかなぁと思っていた。

バイクにまたがり、グーグルマップで行き先を確認していたとき、白い軽自動車に乗って、たばこをふかしているおじさんが「兄ちゃん」と声をかけてきた。

絡まれてんのかな、そう思いつつも愛想よく振る舞ってしまう自分が何となく八方美人な気がして嫌だった。おじさんは、この後の予定を聞いてきた。

ノープランですと正直に話すと、着いてこい、絶景に誘惑してやる、とおじさんは言うのだった。

え、どうしようと思うまもなくおじさんはこっちを誘導するように駐車場の真ん中で待っている。

行かなきゃ迷惑かな、という思いと、知らない人に着いていくという若干の背徳感のあるシチュエーションに負けて、着いていくことにした。

大きな道路からすぐにそれて、林道のような道を通り、やがて車一台すれ違うのもやっとの山道をゆっくり走った。おじさんが殺人鬼だったら、変質者だったら、なんて妄想を働かせながらも、ゆったり走るおじさんの後に続いた。そしておじさんは小道に車を止めた。

バイクを降り、急な坂を歩きで上る。なんだか人の声が聞こえ来る。怪しい集団だったらどうしよう。リンチされて殺されるかもしれない。なんて成人男性が情けない妄想にとらわれながら進むと、急に坂の向こうに、遠くの景色が霞んで見えてきた。

そこはパラグライダーの離陸場だった。離陸しやすいよう、崖にシートが整備され、木もないので富士山どころかその本に広がる樹海、もっと向こうには海まで見える、まさに絶景だった。

「スマホで調べてもここにはこれないだろう。」

確かにツーリングをする時、大抵は大きな施設を目的地にするので、小道にわざわざ入ることは少ない。小道に入っても、人が集まって何かしている様子ならなおさら足が向かないだろう。おじさんに案内されて、一緒に歩いたから見えた景色だった。

「ただバイクで道路走ってるだけじゃ見れない景色だろう。」

よく見ると宮崎駿みたいな渋いおじさんだなと思った。声もそれっぽい。タバコ吸ってるし。

寄り道っていいな、人に親切にしてもらうっていいなと、言い表せない感情と絶景で、なんだか親に電話したくなった。

去り際におじさんは言った。「オブリガード!」

「…………オブリガードって何でしたっけ?」

おじさん、カッコいい去り際に水押さしてごめんなさい。こちらこそありがとう。

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