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転売規制、その先にあるもの:5 当然の帰結としてのアベノマスク

本稿は、「転売規制、その先にあるもの:4 転売ヤーは誰で、購入者は誰なのか」からの続きです。


 転売を禁ずる法律の施行を受けて、まず危惧したのは、価格を度外視してでも入手しなければならない人たちの、最終手段たる入手経路を絶ってしまったのではないか、ということである。おそらく、切に必要とする人たちが、一切の入手経路を絶たれた時の恐怖は、想像を絶する。したがって、法律を公布した以上、一刻も早く、切に必要とする人たちに供給する環境を整備する必要がある。しかも、数量が限られている場合、そこには供給の優先順位が存在するはずで、その決定には細心の注意を払わなければならないだろう。

 この事態を、資本主義国の根底にある市場経済が否定されたと受け止めた。つまり、転売を禁じたものについては、社会主義国における計画経済のように、政府が策定した計画にもとづいて分配しなければならない、と。なので、その速度や顛末はさておき、アベノマスクが配布されるという報道があった時※33、当然の成り行きだと思った。

 社会主義の本場、中国でも、武漢で新型コロナウィルスの感染拡大が確認されて以来、マスクの価格は高騰した※34。この事態を受けて、淘宝(タオバオ)などの電子商取引の場を提供している事業者は、便乗値上げを禁止する措置を講ずるとともに、地方政府の関係監督部門も、売価の監督を開始している※35。また、中国の地方政府は、かなり早い段階で、公共の場所でのマスク着用を義務化しており※36、マスクは市民生活における必需品となった。このような状況下では、マスクがないと日常生活もままならない。

 そんな背景もあり、上海ではマスクの購入を登録制にし、指定された薬局で購入するようにした※37。ついでに、上海では、誰もが1日1枚のマスクを受け取ることができる自動販売機が登場している※38。この記事を書くにあたり、中国の地方政府が、マスク不足という事態に対したとった対応を、現地の文献なり、文書なりできちんと把握しておらず、あまりつっこんだ内容になっていないが、上記を時系列で整理すると次のようになろう。

・2020年1月9日―新型コロナウィルス検出との第一報
・2020年1月20日―淘宝(タオバオ)などの事業者が便乗値上げの禁止
・2020年1月23日―武漢封鎖
・2020年1月26日―広東省などで外出時のマスク着用義務化
・2020年2月2日―上海では、身分証にもとづくマスクの数量限定販売の開始

 つまり、本稿で問題としているマスクの転売と供給に絞れば、価格の高騰が問題になってから、2週間程度で、数は限られているとはいうものの、上海では最低限の供給を保障したといえる。しかも、電子商取引においては、販売や転売自体を禁じた訳ではなく、価格監視なので、在庫がある限り、取引が続いていたはずである。この速度感には、頭が下がる。このように、禁じたり、義務化したりする場合には、早急に、入手するための代替措置を講じなければならないのである。代替措置なき規制は、感情論だけで行動している人たちに充足感を与えても、切に必要とする人たちの不安を煽っているに過ぎない。

 その後に起きた、トイレット・ペーパーの買い占めは、あまりにも滑稽だったが、転売ヤーを目の敵にする過剰な報道が、人々を異常な買い占めに突き動かした側面があるのではないか、と睨んでいる。なぜなら、発端は「トイレット・ペーパー……が中国輸入に依存して」いるという流言であったとされているが、国産であり、「在庫は十分にある」と報道されたところで※39、一向に歯止めがかかる気配がなかったからだ。検証する方法が思いつかないが※40、そこには「道徳観」「倫理観」をもたない転売ヤーたちが転売目的に買い漁りはじめたら、いくら在庫が十分にあろうとも、底をつく可能性は否定できないという見立てがある。

 結局、転売は、コロコロと品を変え、今日に至る。報道で気づいたものでも、ゲーム機、小麦粉、消毒液、アベノマスク……。高額になる商品までは予測できないが、今後も、品を変えて高額転売が行われ続けることは想定の範囲内だ。このような事態に、「けしからん」と言われたって、全く心に響かない※41。いくら法律で規制しようとも、詐欺グループの中核をほとんど捕まえられないのと同様、有能な転売ヤーほど、捕まえられないのだ。

 アベノマスクに関しては、もう一つ看過できない重要な問題がある。配布の優先順位である。

 3月28日の首相による記者会見の内容として報道された「布マスク配布」※42、さらには4月1日の首相発言には※43、ついにこの日が来たかと受け止めた。上記したように、転売規制は、すなわち計画的な分配だと思っていたので、これらの一連の報道に対する周囲の反応のような、違和感を感じることはなかった。確かに、転売を規制する法律を公布したのが3月11日、そしてマスク配布の発表が3月28日ということで、実質2週間余りの時間があったわけで、これだけの時間を費やしながら、捻り出した方針がこれだけっていう、しょぼさは感じたが。

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【図】ようやく届いたアベノマスク(撮影:まぁ)

 このマスク配布は、「アベノマスク」を筆頭に、「エイプリル・フールの冗談」「B29に竹槍」などなどの揶揄にかき消され※44、ほとんどその真意が伝えられなかったように思う。しかし、マスクの配布には、明確な意図があった。『言論プラットフォーム:アゴラ』に掲載された千正康裕の「アベノマスク炎上の正体」によれば、それを伝えようとしたのは、現役の政策担当者たる官僚である※45。転売規制との関係には言及していないが、医療機関への配布と各世帯への配布の関係、布マスクであることやその数量の意味、などをフェイスブックで発信している。

 それにしても、政府の説明はお粗末だ※46。先の官僚も、個人のアカウントから発信しているのであり、政府の公式見解とは見なせないし、首相発言には、かつてアベノミクスを熱弁した時のような熱意は微塵も感じられない。加えて、首相発言を補足するような関係省庁からの説明もない※47。政府を挙げて取り組んでいるという姿勢が、全く感じられないのだ。

 また、説明の内容に関して、4月1日の首相発言もそうだし、厚生労働省ウェブサイトの問答集を見ても、殊更、洗って使えることばかりを強調しているように思う※48。もちろん、洗って使えるということは、要点ではある。が、第一に説明すべきは、マスクの供給が滞っている現況であり、限られた供給を如何に差配するかということだったのではないだろうか。ちなみに、個人以外の配布の説明も、非常に雑駁で、医療機関と高齢者施設、障碍者施設、小・中学校という二つに群に分けているに過ぎないし、不織布のマスクは医療機関に限られている※49。

 加えて、マスク配布の真意を伝えようとした報道機関が異様に少なかったことにも言及しておきたい。それは、もちろん政府の説明不足とも関係していよう。にしても、である。政府の舌足らずな説明に質問をぶつけるわけでもなく、記者という立場から施策を汲み取ろうと努力するわけでもなく※50、報道機関がこぞってやったことといえば、国民と一緒になって、風刺するだけであった。その態度は、村八分の制裁を科しているかのようだ。未知のウィルスという先行きが見えない不安の中で、誰かに不満をぶつけたいのはわからないでもない。しかし、そこには、国を挙げてウィルスと戦う、という気概が感じられない

 管見の限り、紙媒体に端を発している、老舗ともいうべき報道機関の中で、マスク配布の意図を正面から伝えようとしたところはない※51。そうした中で、上述した『アゴラ』の他に、『東洋経済オンライン』『生活(くらし)を変えるテクノロジー by ITmediaNEWS』『テラスプレス:報道では見えない事実に光を』などが、マスク配布の意図を記事にしている※52。全くなかったわけではないことが、唯一の救いだ。

 これらのウェブサイトには共通点がある。『週刊東洋経済』に端を発している『東洋経済オンライン』を除くと、いずれもが、インターネット空間の登場以降に設立された、インターネット専業の媒体であるという点である。また、『東洋経済オンライン』は、「老舗」であるとはいえ、出版不況の煽りを食う雑誌業界の中では、いち早く電子化を取り入れ、ウェブページの高い閲覧数を誇っている、時代の寵児である※53。

 こうした状況を鑑み、うがった見方をすれば、情報化社会の到来に、未だ対応できていない報道機関が、今以上に大衆が離れていくことを恐れ、大衆に迎合することでしか、活路を見いだせていないのではないか、と思ってしまう。「情けない」とは、アベノマスクに国民が発した言葉であり、大手新聞社の中には、記事の見出しにこの言葉を付したところもあった※54。しかし、真に情けないのは、報道機関ではなかろうか。


「転売規制、その先にあるもの:6 情報化社会における価値観」(2020年7月28日投稿予定)へつづく

※本稿は、合同会社Fieldworkerが運営するウェブサイト「Fieldworker's Eyes」に寄稿したものの転載です。そこでは、すでに全文が公開されています。長文なので、noteには、6回に分けて転載する予定です。なお、オリジナルでは、注釈も見ることができます。

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