恩田重直

調査研究に明け暮れて、はや四半世紀。現地調査で培った「もの」の見方と、文献調査で養った…

恩田重直

調査研究に明け暮れて、はや四半世紀。現地調査で培った「もの」の見方と、文献調査で養った「こと」の読み方、そして論文執筆で育んだ論理的思考を源泉に、空間と社会のなぜをひもとく。

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論文に限りなく近い体裁の文章は、どこまで読まれるのか(noteをはじめるにあたって)

 はじめて一編の記事を投稿してから、3日が経った。閲覧数を見ると、じっくりと読まれているのかどうかは抜きにして、それなりに人々の目にさらされるようだ。著者の情報もきわめて限られている中で、この記事を開いてくれた方々には、感謝したい。  最初に、自己紹介しておく必要があるだろう。ニックネームに使っている「恩田重直」は本名である。紹介文にも書いた通り、これまで調査研究に勤しんできた。専門分野を硬い書き方で書くと、「工学」の中の「建築学」、その中の「建築史学」、その中の「アジア建

    • 色褪せない企業小説(書評:獅子文六『箱根山』新潮社1962.1[文庫版:講談社1996.2、筑摩書房2017.9])

       本書は、企業小説の「嚆矢的傑作」(講談社文庫版、表表紙あらすじ)だという。舞台は、戦後の箱根。高度成長を背景に、新興企業が観光開発にしのぎを削る中、翻弄される老舗旅館という構図である。  企業小説というからには、実在する原形がある。作中では、架空の名称を使っているが、企業はもちろんのこと、ホテル、地名なども具体的な存在をもとにしている。本書は、それらを知ってから読むと、一段と楽しみが広がるだろう。登場する企業のほとんどは、現在でも存続しているし、今日の箱根観光でも訪れるで

      • 潜入調査の方法(書評:ナンシー関『信仰の現場:すっとこどっこいにヨロシク』角川書店1994.7[文庫版:角川書店1997.6])

         捧腹絶倒の一冊である。  そんなわけだから、何を書いても本書の魅力を半減、いな、それ以下にさせてしまいそうで、書評なんて書く気が失せる。できることなら筆を執りたくない。が、本書には、現地調査のいろはが詰まりに詰まっているだけに、筆ならぬ、鍵盤を叩かずにはいられなかった。  著者であるナンシー関との出会いは、『週刊文春』だったように思う。彼女の経歴を振り返ってみれば、『ホットドッグ・プレス』などで、目にしていたのかもしれない。が、印象に残っていない。『週刊文春』での連載は

        • デザインの効能(書評:山口由美『帝国ホテル・ライト館の謎:天才建築家と日本人たち』集英社、2000.9)

           世界に名だたる建築家、フランク・ロイド・ライトが設計した帝国ホテルの旧新館、通称ライト館をめぐる書物は多い。本書もその一つである。ライトは「近代建築の三大巨匠」だけに、その多くが建築に造詣の深い作者によるものが占める中で、本書は異色を放つ。著者である山口由美は、日本のホテルの草分け的存在である箱根富士屋ホテルの創業者一族であり、そこには、著者にとって幼いころから慣れ親しんできたであろうホテル業界からの眼差しがあるからだ。  本書のタイトルにある「謎」を集約すれば、「どうし

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        論文に限りなく近い体裁の文章は、どこまで読まれるのか(noteをはじめるにあたって)

        • 色褪せない企業小説(書評:獅子文六『箱根山』新潮社1962.1[文庫版:講談社1996.2、筑摩書房2017.9])

        • 潜入調査の方法(書評:ナンシー関『信仰の現場:すっとこどっこいにヨロシク』角川書店1994.7[文庫版:角川書店1997.6])

        • デザインの効能(書評:山口由美『帝国ホテル・ライト館の謎:天才建築家と日本人たち』集英社、2000.9)

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        • 書評
          5本
        • 情報化社会への転換の狭間
          6本

        記事

          小説と現実の間(書評:植松三十里『帝国ホテル建築物語』PHP研究所2019.4)

           建築の夢、本書を一言で表すならば、そうなるであろうか。本書は、アメリカ人建築家、フランク・ロイド・ライトの設計により1923年に竣工し、その後、1967年に取り壊され、現在ではその一部が、愛知県犬山市にある博物館明治村に移築保存されている帝国ホテル新館、通称ライト館の建設をめぐる小説である。  ライト館の建設が主題なだけに、本書では、ホテル支配人であり工事の総責任者であった林愛作、設計者であり監理者であるライト、その助手を務めた建築家の卵であった遠藤新、黄みを帯びた煉瓦や

          小説と現実の間(書評:植松三十里『帝国ホテル建築物語』PHP研究所2019.4)

          シンガポールから見たコロナ禍の日本の政策 :華字新聞『聯合早報』社説「日本の脱中国化政策―過度な中国依存からの脱却」を読む

           シンガポールは、去る8月9日に建国55周年を迎えた。その余韻冷めやらぬ8月11日に、華字新聞『聯合早報』では「社論:日本啓動避免過度依頼中国行動」と題する社説が掲載された。日本語に訳せば「日本の脱中国化政策―過度な中国依存からの脱却」とでもなろうか。以下では、この社説を手掛かりに、コロナ禍の日本が、シンガポールにどのように映っているのか、また何に注目しているのか、考えてみたい。  なお、「日本企業の脱中国化」に関しては、2020年5月22日の『聯合早報』でも「在華日企“想

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          転売規制、その先にあるもの:6 情報化社会における価値観

          本稿は、「転売規制、その先にあるもの:5 当然の帰結としてのアベノマスク」からの続きです。  ところで、どうやら経済学のお偉い先生方は、この転売問題に対して、だんまりを決め込んだようである※55。唯一の例外は、冒頭で紹介した塚崎公義ぐらいであろうか※56。  そりゃそうだ、視聴者に嫌われないために、うっかり転売は罪悪などと口を滑らせば、大学での講義ができなくなる。需要と供給のバランスによる価格決定は、中・高校生でも知っている、資本主義経済学の基本中の基本なのだから。万が一

          転売規制、その先にあるもの:6 情報化社会における価値観

          転売規制、その先にあるもの:5 当然の帰結としてのアベノマスク

          本稿は、「転売規制、その先にあるもの:4 転売ヤーは誰で、購入者は誰なのか」からの続きです。  転売を禁ずる法律の施行を受けて、まず危惧したのは、価格を度外視してでも入手しなければならない人たちの、最終手段たる入手経路を絶ってしまったのではないか、ということである。おそらく、切に必要とする人たちが、一切の入手経路を絶たれた時の恐怖は、想像を絶する。したがって、法律を公布した以上、一刻も早く、切に必要とする人たちに供給する環境を整備する必要がある。しかも、数量が限られている場

          転売規制、その先にあるもの:5 当然の帰結としてのアベノマスク

          転売規制、その先にあるもの:4 転売ヤーは誰で、購入者は誰なのか

          本稿は、「転売規制、その先にあるもの:3 身近な問題としての書籍の絶版」からの続きです。  最初、この報道を耳にした時、「メルカリで」と聞いて、「どうせ個人がお小遣いの範囲内でやっている副業だろ」って、勘繰っていた。ところが、野次馬根性で、メルカリを開いて驚いた。個人で購入するとは思えない、その取引量に。  確かに、転売問題に注目するきっかけの一つとなった、文春オンラインの記事を読み返してみると、タイトルは「100万円超……荒稼ぎ」となっており、取引規模が大きいことがわか

          転売規制、その先にあるもの:4 転売ヤーは誰で、購入者は誰なのか

          転売規制、その先にあるもの:3 身近な問題としての書籍の絶版

          本稿は、「転売規制、その先にあるもの:2 転売は悪いことなのか」からの続きです。  では、誰が購入したのか、という本題に移る前に、調査研究という自分にとって身近な事例で需要と供給のバランスを考えてみたい。その上で、必要とする側の、転売にしてみれば購入する側の、理由に迫ってみたい。  調査研究に着手するときにやるべきこととして、文献調査がある。それは、これからやろうとしている調査研究の鍵となる語句をいくつか絞り出し、それを手掛かりに、論文や報告書、書籍、雑誌記事などなどを洗

          転売規制、その先にあるもの:3 身近な問題としての書籍の絶版

          転売規制、その先にあるもの:2 転売は悪いことなのか

          本稿は、「転売規制、その先にあるもの:1 はじめに」からの続きです。  はじめに、立ち位置を明確にしておこう。転売のどこがいけないことなのか、という立場をとる。それは、決して「転売ヤー」と呼ばれる転売する人や転売屋を擁護するわけではなく※4、転売規制の先で誰が困るのかが、最大の関心事としてあるからである。  「価格は需要と供給のバランスで決まる」。中学で習ったのか、それとも高校で習ったのか、もはや覚えてないが、退屈な授業の中で、未だに印象に残っているものの一つである。そし

          転売規制、その先にあるもの:2 転売は悪いことなのか

          聞き取り調査から紡ぎ出される物語の迫力(書評:山崎朋子『サンダカン八番娼館:底辺女性史序章』筑摩書房1972.5[文庫版:文春文庫1975.6])

           本書は、「からゆきさん(唐行きさん)」の生涯を、聞き取り調査からあぶりだしたものである。「からゆきさん」とは、九州西部の天草、島原で使われはじめた言葉のようで、戦前、海外に出稼ぎに出た女性のことを指す。そして、その多くは、妻妾や売春婦を生業としていた。本書の副題が、「底辺女性史」たる所以である。  「女性史」などというと、硬い研究書のようであるが、本書はいわゆる研究書ではない。まだ著者を知る人も少なかったであろう1972年に上梓され、その3年後に文庫化されていることからも

          聞き取り調査から紡ぎ出される物語の迫力(書評:山崎朋子『サンダカン八番娼館:底辺女性史序章』筑摩書房1972.5[文庫版:文春文庫1975.6])

          転売規制、その先にあるもの:1 はじめに

          怖いのはコロナ・ウィルスか、それとも転売ヤーか(筆者撮影)  本稿を書くには、遅きに失した感がある。とはいえ、インターネット空間の整備がますます進展し、様々な側面で情報化社会への転換が試されていく中で、その技術や仕組は、時に既存の制度を崩壊させ、時に既得権益層からの反発を受けることが予想されるが※1、転売問題は、その試金石となる可能性を多分に秘めていると思う。なので、現時点での考えをまとめておくことにした。  なお、転売と情報化社会に関しては、すでに弁護士の福井健策が

          転売規制、その先にあるもの:1 はじめに