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手紙

休日の今日、前々からやろうと思いながら放置していた、書類を溜め込んだ整理ダンスの一箇所を思い切って断捨離することにした。

まず、中に入っているものを全部出した。出しながら一つ一つ、必要かそうでないかを確かめながら。
何度も更新し続けているマンションの賃貸契約書類、とっくに期限の切れた保険証券、何台前かもわからないケータイの手続き書類、とっくに解約しているケーブルテレビの何か、知らぬ間に溜まった年金定期便はがき、面倒で結局手続きをしていないマイナンバーカードの封書、これまたとっくに払い終わった各種税金の封書、数年前にほとんど全てを断捨離して十数枚だけ残した自分の写真、ここ14年間に友人たちや家族から頂いたお手紙(離婚して引っ越しするときそれまでのものは思いきってほとんど処分した)、スケジュール帳が10冊ほど(途中からアプリに変えた)、14年間の給料明細(何故保管しているのか不可思議)、過去に使っていたケータイ電話5台(処分の仕方がわからない)。母子手帳に年金手帳、お薬手帳に普段は使わない病院のカード。などなどなど、重要だと思いながらも溜め込んで捨てられなかったものたちがてんこ盛りに詰め込まれていて何が何だかわからない魔窟状態になっていたのだ。

そのほとんどがいらないものだった。紙袋にポイポイと放り込んでゆく。
捨ててはいけないと思い込んでいたけれど、いざ確かめてみるとなぜ今まで後生大事に取っておいたのだろうと不思議に思うものばかり。
何のことはない、面倒臭いことは後回しにしていた私の悪き習性がこのゴミの山を作り出したのだ。まさに自業自得。

魔窟の中から出てきたものはゴミだけではなく、意外にも嬉しい過去の思い出たちもあった。
娘が小学校の低学年ごろにくれた母の日のメッセージカード。
「ママいつもおいしいごはんをありがとう。ずっとやさしいママでいてね」
私はやさしいママだったのか???
息子が幼稚園ぐらいに折り紙の裏に書いてくれたお祝いメッセージのお手紙。
「ママおめでとうこんどだね!」
“こんど“っていつだろう?何があるんだろう???
辿々しいひらがなが並ぶそれらの手紙を見つけて、こんな時代もあったなぁ、などと懐かしく思い出していた。


最初に就職したアパレルの職場の頃から持っている、ロゴの入ったレザーのダイアリーカバーを開くと、そこには自分の歴史が詰まっている。人生で初めての海外旅行は19歳のグアム旅行だった。その際に取得したパスポート。写真はセピアカラーに変色している。頬がふっくらとして、まだ幼い顔にその頃流行った太眉と赤い口紅、パーマをかけて大人びて見せようとしているけれど、目は腫れぼったく垢抜けない。少し上目遣いに睨むような田舎娘の童顔がなんだか愛しい。自分、こんな顔してたんだ。

転職するたびに履歴書に貼り付けた証明写真の数々。そして更新し続けた免許証。これらは本当の意味での「見える自分史」だ。その時々の生活や仕事、住んでいた場所、パートナーや子供の有無など、環境によって(もちろん経年的理由もあるが)人間の顔ってこんなにも変化し続けるのかと感慨深い。思わず自分の写真たちを若いもん順に並べて、その時々の暮らしを思い出しながらまじまじと見入ってしまう。
「あんた、よくここまで頑張って生きてきたねぇ」
まるで前世の自分に語りかけるように一つ一つの写真にねぎらいの言葉を心の中で呟いた。

その中に紛れて一通の白い封筒を見つけた。
見慣れた右肩上がりの几帳面な文字。亡き父からの手紙だ。
それは娘が高校を卒業したタイミングで送られてきたものだった。
私が二度目の離婚をした直後、娘と息子の3人暮らしを始めて間もない頃だから、今から13年前の春。
便箋3枚に渡ってびっしりと鉛筆で書かれた筆圧の高い父の見慣れた文字を前に、一瞬でタイムスリップしたような感覚になる。
文字には生命が宿っているんだな、と改めて思った。
この手紙を書いている父をありありと思い浮かべることができる。
まるで目の前にいて話しているかのような口語体で書かれた文章は、それまで何度か父から頂いたものとは少し趣が違っていた。
そして、少し文脈を変えながらも何度も同じことが繰り返し書かれていた。
本当にあの頃心配かけていたんだな、と改めて申し訳なく思った。
こんなにも思っていてくれたんだなと。

再び独身になり、持ち家もなく、子供二人を抱え、就職したての妙齢の娘に訥々と語りかけるように、父の言葉は未だ熱を持ってそこにあった。
生きてる。この文章生きてる。そう思った。
存在はなくなっても、その時の書いた人の思いはこうしていつまでも生き続けるのだ。その文字には確かに父の体温を感じた。

その手紙よりも数年前、私がまだ結婚している時、一度だけ父と母が揃って東京に遊びにきた時があった。その帰り、東京駅まで二人を見送りに行く途中、駅のホームで私が撮った写真が一緒に出てきた。
二人とも颯爽としていてまだ若い。季節は初夏。父はお気に入りの水色のシャツに白っぽいベージュのハンチング帽をかぶって腰に手を当ててポーズをとり、私が構えたカメラに向かって穏やかに微笑んでいる。この頃の父の顔だ。私の中でずっと変わらない、父。

令和2年の3月に亡くなってからの方が、圧倒的にその存在を感じるようになった父だが、こうして改めて写真で顔を見て手紙を読むと、この機会を得たことでまた更にそれを確信するのだった。

「頑張れよ。いつも応援してるから。親子じゃないか。なんでも相談にのるぞ」
そんな父の声が、手紙の文字を追いながらはっきりと聞こえてきた。

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