人生という映画。母の思い出と現代の私のクロスオーバー、熱々ご飯に寄せて。

masumi

先日、私の食事姿を見ながら、母がぽつりぽつりと語り出した子ども時代の思い出が、抱腹絶倒のものだった。
おかげで、珍しく「かつおぶしご飯」など食していた私は、ただでさえ軽く飛びやすいかつおぶしを、何度もぱふぁぱふぁと吹き飛ばしそうになった。ひとしきり笑って終わりになったかと思いきや、思い出し思い出し母が追加情報を語るので、たびたび不意打ちを食らうはめになったのだ。
大笑いした後で、今と異なる時代の手触りが残り、ほんのり優しい気持ちになる。そんなエピソードだった。

自分よりも上の世代の人たちの、子ども時代や青年期の思い出は、まるで「小説」のように興味深く感じられることがある。
当時の生活文化、なじみのない道具、人々の暮らしのテンポの違いなど……
そんな時代もあったんだと新鮮で、貴重に感じられる。
私にとって、父母の世代の話がそうだ。
ふとした折に母が語る昔の情景は、私には体験したことのない世界で、小説のワンシーンや映画を眺めるときのように心のスクリーンに映し出される。

とはいえ、同じく「昭和生まれ」に入る私の過去も、それ以降の平成生まれやこれから増えていく令和生まれの人たちには、やがて珍しい思いで聞かれるに違いない。すでにもう、だんだんそうなっているのだろう。

母の故郷は東北で、雪国の温泉街。海も山も近かった。
そんな環境を旅行でしか体験したことがない私には、時代背景のみならず、そこでの生活自体がひとつの「異世界」だ。
父と母は東京で就職後に知り合い、二人とも、とっくに東京へ出てきてからの方が長い。母の両親は私が生まれる前に亡くなっており、兄弟たちも別の地方に住んでいるから、母の「実家」を訪ねる機会は私にはなかった。母の故郷の町に遊びに行ったのは、二度だけだ。
そんな事情も手伝って、母の故郷の話は私にはどこか遠く、映画を上映して見せてもらうような距離感を伴うのだ。

かつおぶしご飯とノスタルジーのコンボ

その日、私は急に「かつおぶしご飯」が食べたくなっていた。
これはかなり稀なことで、何年間かに一度、あるかないかの出来事だ。
しかし以前にも経験は、あった。
まさに「猫まんま」様のものを、わしゃわしゃと食べたくなる衝動。
かつおぶしをひたすらほかほかご飯にのせ、味付けはシンプルに醤油のみ。

ここで説明しておきたいのだが、私は、生まれ育った家族の嗜好とまるで違って、日本米や和食をほぼ好まない。
自国の料理なので嫌いとまで断言したくはないが、誰かと食事する際の店選びで和食を提案されたら、かなりの確率で渋りたくなる程度には苦手だ。

子どもの頃は親が出してくれた食事をそのまま食べていたが、大人になって自分をよく観察すると、独自の好みがあって、体に合う食物が異なることを発見、認識した。以来、なるべくそれに忠実であるようにしている。

魚もそう好きな方ではないので、かつおぶしを自ら選んで食べたがることは滅多にない。けれどもそのときは、炊きたてのご飯に、少し前にいただいた「品質の良いかつおぶし」をかけて食べたくてしょうがなかった。
それでもりもりと、「これって猫まんま?」なんて会話をして笑いながら、かつおぶしご飯をおいしく食べていた。

そんな私(突如としてかつおぶしご飯にがっつく娘)を、キッチンで洗い物をしながら眺めていた母が、「そういえば……」と語り始めたのが、以下の話である。

母の兄の新聞配達、アクシデント発生の朝

これは母の兄が、朝刊の新聞配達をしていたときのエピソード。
兄は中学生だったが、当時は中学生がアルバイトすることは珍しくなかった。母の育った家庭を含め、まだ貧しい暮らしをしている家族が多かった時代だ。子どもは家の手伝いをよくしたし、母の兄のように学校に行きながら家計を助けている子もいた。

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