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ライムとリリーはジョイの香り?

「ライム&リリー」ってどんな香りだろう。

と、ボタニストのハンドクリームを購入した。

普段は無香料のものを愛用しているけれど、シンプルで愛着のわくデザインと想像のつかない香りに惹かれ、つい浮気してしまった。

わくわくしながら手の甲に広げたクリーム。
その香りは、ある香水を思い起こさせた。

「『ジョイ』に似てる」

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「ジョイ」は私にとって、お母さんの香りだ。

出張の多かった父が、機内販売でよく母にお土産として買っていたのがジャン・パトゥの「ジョイ」だった。

「ジョイ」は、華やかで、煌びやかな香りがする。
目の前にキラキラとした金色の輝きが広がるイメージ。
それでいて、すきっとして爽やかでもあった。

ふわふわ甘ったるい子供の世界とは、一線を画した香り。

子どもであった私にとって、「ジョイ」は大人のための、憧れの品だった。

使いきった瓶を母からもらい、箪笥に入れて服に香りが移るのを楽しんだり、残り香を堪能したものだ。

そんな甘い記憶とともにある香水だが、ちょっと苦い思い出もある。

三島由紀夫の『美徳のよろめき』で主人公の節子が「ジョイ」をまとったのだ。

『美徳のよろめき』は端的に言うと不倫小説だ。

先ほど述べたように私にとって「ジョイ」は母の香りであり、憧れだったので、不倫女と重なったときはなかなか複雑な心境になった。

よく恋愛ゲームでヒロインの名前が母親と重ならないよう、若干浮世離れした名を付けると聞くが、アイテムも重なってしまうと事故である。

かといってそれが作品の評価に影響するかと言えば、そこまでではない。
ただ、あまりよろしくない行為をしている人物と自分の大切な人に接点が生まれてしまうと、物語への没入感がそがれてしまうだけのことだ。

小説を読んで驚いた当時調べたら、原材料に沢山の花を使った「贅沢な、高貴な香水」といった解説が多く、節子の高貴なイメージを立ち上げるために使われたのだろうと理解した。
しかしうちの母はフェイスタオルを首に巻き、ひっつめ髪にすっぴんで、のびきったTシャツとハーフパンツをまとい、汗をかきかき家事にいそしんでいた人なのだ。

痩身のしとやか美女、という雰囲気ではなく、かっぷくがよく、よく笑う、太陽のような人であった。
雰囲気的には明るいトトロだ。

父が仕事でブラジルへの赴任を命じられた時も「まぁ!『失われた世界』の舞台じゃない!一度行ってみたかったの!」と目をキラキラさせ、母が嫌がったら会社を辞めようとまで考えていた父を驚かせた快闊な文学少女だった。さらにブラジル生活が性に合ったようで、そこで私まで産んでしまう豪胆さも持っていた。それでいて品の良さや優しさも兼ね備えていたので、ぱっと浮かぶ高貴な婦人のイメージとは異なるけれど、それなりに母はこの香水が似合っていたのではないかと思う。

そんな香水『ジョイ』の思い出だが、調べたら、ライムもリリーも微塵も入っていなかった。

香りに全く詳しくないとはいえ、私の鼻は適当かもしれない。高貴さともよろめきとも縁遠いがそれなりに幸せな私は、今日もライムとリリーの香りをまとい、働いている。

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