見出し画像

4歳、はじめて文字を書く

保育園への提出書類を書き終えて、テーブルの上に置いたボールペン。

それに息子が興味を示した。

「ママ、これ使っていい?」

「いいよ、そのメモの上で使ってね」

テーブルの上にはちょうど、連日残業続きの夫に書いた
『お帰り お疲れさま』といった簡単なメッセージを残したメモが出しっぱなしになっていた。

連休前も年末進行的な忙しさだった夫は、連休が明けてもまた忙しく、ある日なんて終電で帰ってきたのにさらに家で残業していた。それで、何か少しでもほっとした気持ちになれればと残したメモだった。

とはいえ私は夫が見てくれればその後メモはどうなってもよく、息子がそこに何か書いても構わない。なるべくテーブルにはみ出ないといいな、ぐるぐる落書きでもするのかな、と思っていたのだが。

「できた~~~!」というので見に行くと

なんと息子がひらがなを書いていた。

✉️ ✉️ ✉️

息子がひらがなを書くのは観測史上初である。

保育園でもそんな話は聞かないので、おそらく生後初だとおもわれる。

ちょっと前に保育園でひらがなを学んだようで、ティッシュペーパーの箱の文字を「(使)い(終)わつたら(簡単)に(折)りたためます」とひらがなだけ読んだり、

「はっ!『むかで』にはむすこくんの『む』がつく!」

などと、自分の名前にある音と同じ音を含む言葉を集めて楽しんでいた。

もうひらがなを読めるようになってきたのか、すごいな~とのほほんと構えていたところに、いきなり書き始めたのでびっっくりした。

「読む」と「書く」には隔たりがあるように思う。

「書く」ようになるには鍛錬が必要なのかなと思っていた。ドリル的なものをやったり、お手本を見ながら繰り返し書いたり。

ところが、メモを見ると案外ちゃんと書けている。読める。

そして私が感動に打ち震えていると、「パパにお手紙かく~」と言い出すではないか。

なにそれ、素敵すぎる。

✉️ ✉️ ✉️

そして息子が時間をかけて、時折私に「どう書くんだっけ?」と聞きながら書き上げたのがこちら。

愛らしい、むすこ初のお手紙である。

「ぱぱ」が「た」に丸をつけたものになっていたり、「の」がひっくり返ってたり、ひらがなの配置がバラバラで怪文書のようだが、

「ぱぱからのおてがみ」

と書きたかったようだ。

意味的には「パパへのお手紙」だそう。なんとなく、封筒の形のようなラインも入っている。

愛い。

まだ鉛筆を持ち慣れていないやわらかい手で一生懸命書いた、一文字一文字がなんとかわいらしいことか。

じゃあパパのお席に置いておこうか、と伝えると

「うん! パパよろこんでくれたら嬉しいなぁ」

と息子は微笑んだ。

天使だ、我が家には天使がおるぞ。
信じ難いことに、私が産みました。

今すぐ夫に見せたかったが、残念ながらその日も残業だったので、

「むすこくんがパパ宛にお手紙書いたよ!」
「パパよろこんでくれたら嬉しいなぁって言ってた」

とだけLINEした。

その日もかなり遅くに帰宅した夫が、「息子君のお手紙みた~~~!!」と感動した様子で話しかけてきたのは覚えているのだが、すでに半分夢の中にいた私は曖昧な返事だけして、再び眠りについてしまった。

✉️ ✉️ ✉️

翌朝息子は、夫に手紙を読んでくれたらしい。

赤ちゃんの頃は、「初めて寝返りを打った」とか「ずりばいした!」とか「立った!」「歩いた!」と毎日のように子供は進化して、昨日できなかったことが今日にはできるようになり、たくさんの「初めて」に立ち会った。

そんな息子もあっという間に4歳になり、オムツも取れ、話も通じるようになり、だいぶ人間らしくなった。

今は「小さい人」という感じだ。

そんな息子の久しぶりの「初めて」に、とても心動かされてしまった。

書きたいことがあれば、書けるんだなぁ。

間違っていても、伝わるなぁ。


「勉強→練習→習得」という学習方法が身につき、各種正しさや枠組みに従うことにどっぷり浸かった私には、なんだか新鮮だった。

「書くこと」の原初の姿を見せてもらった気がした。

日々成長していく存在が側に居るというのは、とても気持ちが良いものだ。

愛息から手紙を貰えた夫もしあわせものだろう。

私は、うまくコントロールできない色鉛筆と格闘しながらも、楽しそうに手紙を書いていた息子の姿を、一生忘れないと思う。

ここから先は

0字

¥ 120

この記事が参加している募集

サポートいただけるととても嬉しいです!よろしくお願いいたします。