合いの手!入れてくれたんですよね?❤
つい最近のことだが、noteでコラムを書いていてうれしいことがあった。
とある仕事関係の方で、わたしのこのコラムをご愛読いただいている方がいる。(おそらく)
その方も分譲マンションにお住まいで(所有者)、ご自身のマンションの管理組合運営について疑問を抱いているという話を聞かせてくれていた。
相当の期間、管理組合活動に関わってきていなかったが、委員に立候補され、久しぶりに理事会に参加された。
委員会とは、マンション共用部に必要な事柄に関して理事会とは別に話し合いを行い、その協議の結果を理事会に提案する組織だ。
委員会は理事会の下部組織に当たり、委員会での協議結果を理事会で検討し、理事会として採否を判断することが通常だ。
その方は、委員として第1回の理事会に出席された。
(この組合は、理事会に委員が出席する方法を採用している)
理事長が理事会運営についての説明を続けた後で、とある理事が理事長が述べて決定しようとしている運営方法に異議を唱えた。
しごくまっとうな指摘で、その方はとある理事の異議に非常に同感されたらしい。
そこで、その方は、その理事の異議に対し、
「わたしも同感だ」
と、発言したという。
この話を聞いてわたしは本当にうれしくなった。
声の大きい理事(今回は理事長)の意見に対し、異議を唱えることは相当な勇気がいる。
勇気を振り絞って異議を唱えても、周囲は無言を貫くという場面を、わたしは理事会や総会の中で嫌というほど見てきた。
なぜ、こんなまっとうな意見に、誰も同意を示さないのか・・・?
と、いつも残念に思っていたのだ。
今回、わたしの知人は、
「私も同意見だ」
と ”合いの手” を入れたというのだ。
わたしは、このnoteのコラムに、「合いの手」を入れることの重要性を書いた。
読んでくれていたのかどうかは定かではないが、合いの手を入れられた人はどんなに心強かっただろうか。
”声の大きい理事”を制し、異議を述べた方、合いの手を入れた人、これらの人の勇気で、理事全員で協議を進める理事会に出来るのではないかと、私は大いに期待した。
その方は、なにもわたしのコラムを読んでいて「合いの手」を入れたわけではないかもしれないが、わたしは勝手に喜んで、こうしてnoteに、また書いている。