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白の闇/ジョゼ・サラマーゴ

コロナの影響なのか最近カミュの『ペスト』を読む人が増えているという話を聞いて、わたしにとっても"いつか読みたい本"リストに入っている一冊でもあるし気になってるけどカミュの文体は読み進めるのに気力体力を必要とするからな〜〜〜なんて思って逡巡しています。
という話を恋人にしたらこの本の存在を教えてくれたので、素直に手に取って読みました。結果気力をゴリゴリに削られまくって「なんてものを勧めてくれたんだ!」という気持ちでいっぱい。もちろん褒め言葉。
とりあえず裏表紙のあらすじを引用しますね。

「いいえ、先生、わたしは眼鏡もかけたことがないのです」。突然の失明が巻き起こす未曾有の事態。運転中の男から、車泥棒、篤実な目医者、美しき娼婦へと、「ミルク色の海」が感染していく。善意と悪意の狭間で人間の価値が試される。ノーベル賞作家が、「真に恐ろしい暴力的な状況」に挑み、世界を震撼させた傑作長篇。

失明を引き起こす感染症、という現実には有り得ないだろう突飛な設定で見事にディストピアを描いてらっしゃる稀有な作品でした。
突如視界が真っ白になって視覚を奪われてしまうという状況だけでも恐ろしいのに、最初に失明した人を好意で助けた人、病院まで乗せて行ったタクシー運転手、診察した医師、待合室に居合わせた人々……と、同じ症状を訴える人が次々に増えていく。
連鎖する失明を感染症だと判断した政府は、長く使われていなかった精神病院を隔離施設として用意してそこに患者を閉じ込める。感染の速さから看護をするためのスタッフも置けず、食糧も配給制になり患者同士での助け合いを余儀なくされる。最初の少人数だった頃はなんとか秩序を保てていたけれど、新しい患者は日々増え続け、大所帯になるほど統制も困難になっていく。
それに人が大勢いるとはいえ全員が失明しているのであれば、何をしようと誰にも見られずバレる事もないんですよね。人間が人間でいるための尊厳を剥ぎ捨てるような行為が次々に行われ、それに伴い環境も劣悪さを増していく地獄絵図。
物語なのでちゃんと起承転結があるのだけど、一方で本も読めず音楽も聴けず外界の情報からも遮断され、ただ生きていくためだけに生きる日々が衣食住を満たされないまま続く様が読んでいて本当に苦しかった。
(課金ユーザー向けのページなので詳しく書けないけれど、こないだ新藤晴一さんがnoteの記事で書かれていた事を思い出しもしました。)
https://note.com/haruichishindo/n/n384304301260

こういう状況下で自分は人間として振る舞えるのだろうか、と想像してみる事から始まるんだと思いたいです。
物語を通して極限状態を体感する事がそのきっかけになる。
原因が感染症でなくとも、自然災害の多いこの国に住んでいる以上は苦しい状況の当事者になる可能性をもって生きているわけだし。
読めて良かった。
結末について思うことがあるのだけど、それは流石にここには書けません。読了した方はこっそり教えてくださいな。

ところでこの本、今月(2020年3月)の新刊だそうです。
このストーリーを見つけ出して今月刷って発売するなんて河出文庫さん流石だ!と最初は思ったけれど、文庫版あとがきは2019年12月に書かれたものみたいで。
3か月のタイムラグは文庫本の発売には一般的な事なのかな?
何にせよこのタイミング、巡り合わせと呼ぶのも憚られるけれど。

余談ですが何年か前に『ダイアログ・イン・ザ・ダーク』という完全な暗闇を体験する施設に行きました。
知らない人達と6人ぐらいのグループになって真っ暗闇の中で歩き回ったり話し合ったりするの。
本書で初めて隔離施設に入れられた人達がトイレを探すために廊下を一列になって歩く場面を読んで、そういえばあの時も歩く時は前の人の肩に手を置いて一列に並んだっけ、と思い出しました。
数年越しにこんなふうに思い出す事になるとは想像もしてなかった。人生何がどんなきっかけを呼ぶか分からないものですね。

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