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モーム短篇選(上)/サマセット・モーム

好きになった後で知った事なんですけど著者のモームさん、諜報部員として従軍していた時期もあったそうで。
高潔さから醜悪さまで、人間の描写に説得力があるのはそういった経験を通して培われた観察眼も影響してそうだと勝手に想像してます。もちろんそういった観察眼を持っていたところで入力だけでなく出力も伴わないと優れた作品は生まれ得ないので、作家として活躍される文章の才能を併せ持っていた事は今こうして作品を読める後世のわたしたちにとっても僥倖と言えること。

サマセット・モームは書名に惹かれて手に取った長編『月と六ペンス』を読んだ時から好きな作家です。
いま『月と六ペンス』を読んだ当時の自分の感想を読み返してみたら「登場人物全員まったく好きになれないのにめちゃくちゃ面白い」的なことを書いてて昔も今も変わらないなあと思った次第。モームさんほんと人間の滑稽さとか浅薄さとかを書くのがうまくて現実に存在したら近づきたくない人ばっかり出てくるのに、そういった人々で成立する物語がこんなに面白いって凄いよな〜と惚れ惚れします。物語の説得力が持つ引力って事だよねそれって。
(ときおり得られる痛快さがシャーデンフロイデだったらと思うと読んでるわたしまでもがモームの掌の上なんじゃないかと思わなくもない)
長編を読んだ後に短編集を手に取ったらそちらもすごく面白くて、確かにこの人物描写は長編よりも余計なものを削ぎ落として成立させる短編で活きるなあと思ったものです。後になって短編作家と呼ばれている事を知って納得。

今日読んだのは岩波文庫から出ている『モーム短篇選(上)』です。
全部で6話収録の短編集。
ここから下は各話の感想ですが、内容のネタバレになる部分もあるのでご注意ください。


・エドワード・バーナードの転落
二人の男性が同じ女性に恋をする、という図はこの次の話とか、あと本書には収録されてないけど『良心の問題』にも登場した関係性。今パッと思いつかないだけで他にもありそうだけども。とはいえ内容や読後感はそれぞれ全く違うのでモームさんの振り幅の多彩さに唸るばかり。
あと読んでいて思い出したのは以前ネットで見かけたメキシコの漁師のコピペ(多分「漁師のコピペ」で検索すればすぐ読めます)。あちらは笑い話だけれど、その題材を1921年の時点で文学作品として昇華させて発表しているところに拍手喝采なわけです。

・手紙
保身に走った結果を目の当たりにする酷い話。こういう話を弁護士の視点から書くのがモームの面白さ。

・環境の力
この話が『手紙』の次に収録されている事実が非常に趣深いなと思う次第。矛盾を内包したまま破綻せずに生きられるのが人間の能力だけれど、一方で約束された安寧を捨ててまでも自分に嘘をつかずに傷を負う強さや高潔さを、目指したい理想を眺める眼差しでもって美しいと思うのも確かなんだ。妥協や迎合が利口な選択であることを理解していようと倫理に背くなら抗う。愚かな選択だと嗤われようとも。
加えて本作は環境の力がもたらす思考停止に立ち向かう事も必要だった。伝統だから、みんなやってるから、の圧力。考えるきっかけたり得る作品。

・九月姫
誇張も取ってつけたような仰々しい言い回しも全然響かなかったけど本作は童話だそうですね。楽しみ方を間違えたようです。反省。

・ジェーン
このお話だけ新潮文庫版で読了済だったので再読になりました。何回読んでも面白い大好きな話、なんだけどこちらの訳は会話がちょっと固いような…。
あと今回読むまで気付かなかったけどこれ語り手モームさんなんですね。登場人物から「モームさん」って言われてて和んじゃったよ。

・十二人目の妻
これも語り手がモームさんの短編。不意打ちで読み手に語りかけてくるのやめてください面白いから(メタ表現にめっぽう弱い)。
本作に関しては現代の価値観をいったん脇に置いとかないと評価を見誤ると思います。そういう読書体験を重ねることで客観性が鍛えられる事に繋がってくるもので、優れた文学作品ってすごいよなと他人事のように思う。


以上です。
モームの短編集、初めて読まれる方にはこちらよりも新潮文庫から出ている『ジゴロとジゴレット モーム傑作選』の方を推したいです。金原瑞人さんによる新訳で読みやすいし、読後感の多様さもあちらに軍配があがる。
(わたしが買った版は帯でとんでもないネタバレをぶちかましてくれているんだけど、今発売されている分はどうなんだろうな…)
その後にモームの短編の奥深さをもっと掘ってみたいと思われる方には本作を推します。個人的には最初の三話が好き。
ところで本作に下巻の収録作品一覧も載ってます。12話収録みたいだけどわたしはそのうち3話が既読。でも残りの9話もタイトル眺めてるだけでわくわくするので近いうちに読むつもり。楽しみです。


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