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ねこがうちに来たはなし。

災害級の台風が来ているという。
すべての犬をしまえ、すべての猫をしまえという呟きが増えていく中で、昨年のねこしまい成功及びその顛末を記録しておきたい。
(※以下「猫」は一般的な猫全般のこと、「ねこ」とはうちに来たねこのことを指す)

わたしはねこ以前、手のひらより大きい哺乳類を飼ったことがない。哺乳類最大はジャンガリアンハムスター(詳しくない方に説明すると、ハムスターの中でも小型の種。上品な豆大福くらいの大きさである)、他はイモリと水草。
毎日ビクビクしながらもなんとか過ごしている。やっとねこの嘔吐音に慣れてきたところだ。
先にお断りしておくが、ねこが半外飼だったおかげで保護することができたのだが、わたしは猫の室内飼い推奨派である。ねこにも申し訳ないがうちにいる限り、余生はお部屋のなかでぬくぬくフカフカしてもらうつもりである。


はじめに

こちらの記事をちらと読んでいただくとわかるのだが、もともとねこはうちのねこではない。
隣人のねこであった。隣人は数年前に元野良だった子猫を拾い、世話をしていたらしい。(かなりご年配の方だったため、猫は外がいい!というお考えのもと天気のいい昼間は外(アパート敷地内)に出て猫の気がすむ午後には家に入れるみたいなフリーダム半外飼だった)

そのうち、ねこの一番近い縄張りの部屋に私が越してきたのである。内見した時にベランダで爆睡していたのがファーストコンタクトだ。
入居後は、直接人間同士でご挨拶を済ませていたこともあり、ねこは時々我が家に不法侵入したり網戸を登ったりベランダで昼寝をしたり洗濯物が多すぎて通行できないと不満を言いに来たりなど、付かず離れず程度の関係を築いていた。

この関係が激変したのが昨年の夏である。

異変

盆の帰省の直後、隣の部屋が引き払われていた。便利屋さんと思しき方々が特大サイズの家具家電から手のひらサイズの雑貨までガンガン運び出していた。ベランダの新たな使い道に感心するとともに、不穏な気配を感じていた。

隣人に何があったのかは詳しく知ることはない。わたしは親族でもなんでもない、ただの隣人である。
ただ偶然行きあった大家さんから軽く事情を聞くことができ、「ねこはどうされたんですか」「捕まえたらしいんだけど、わからないんだよね」と話をした。
それもそうだ。大家さんも血縁関係ではない。

我々はねこが適切な扱いを受けて新しいご家族引き取られているといいですね、などと話して祈る事しかできなかった。そうでなくとももともと地域猫が多い地域である。
保護なりなんなりで元気にやっているといいな、と考えていた。
実際にねこを見かけなくなったのもその考えの後押しになっていた。頼りがないのは元気の証拠、というではないか。
あんなに外歩きが好きなねこだったのが、一切姿を見せなくなったこともあり、「ねこは、きっと誰かに引き取られたんだろう」と思い始めていた。

一ヶ月後、この考えが甘かったことを知る。

残暑にタックルする勢いで秋の訪れを実感させるような肌寒く、激しい雨の日。近所でビッショビショでショボショボになったねこを見た。

濡れネズミという言葉がしっくりくる姿だ。ねこなのに。この近隣の猫の模様は一通り把握していたため、ひと目でねこだとわかった。

なんてこった。
全然大丈夫じゃなかった。

一回り小さくなったようなねこを目に、わたしは土砂降りの中コンビニに走った。わたしに猫の餌のことはわからぬ、ただ空腹には人一倍敏感であった。まるまるフカフカふっくらパンとしていたねこが、あんなにショモショモになっているというだけで一大事である。
本当になにもわからないが、めちゃめちゃCMやってるし、いなばがいいのでは?と3秒で決めて走って戻ってきたがすでにねこはいなかった。
遅かった。
先にとっ捕まえておくべきだった。ただ、落ち着いて考えると今とっ捕まえたところでどうしようもないのである。
どこに連絡したらいいかもわからない。道具もない。そもそもわたしはハムスターよりでかい哺乳類を飼育したことなどない。諦めるしかなかった。

その後も、やはり気の所為だったのでは?という気持ちといや、あの模様は絶対にねこだというモヤモヤといなばの缶詰を抱えて日々を過ごしていたときである。


ねこ、いる!!

さらに数日後の夜。「〇〇(隣人が呼んでいたねこの名前)ちゃ〜ん」という声と、猫の鳴き声を聞いてわたしは外に飛び出した。物音に驚いてねこは逃げてしまったが、声をかけてねこを呼んでいた人はまだ近くにいるはずだ。
その名前でねこを探しているということは明らかになんらかの事情を知っている人間である。絶対逃してなるものか!という気持ちだけが先走る。
すっぴんであるとかテキトーな寝間着であるとか、いきなり声をかけるべきではないかもしれないとか、夜の住宅街で大きな声を出すべきでないとかそのあたりの常識を全部すっ飛ばして、わたしは「すみません!ねこ、こっちにきてます!!」と叫んだ。

ねこを探していたのはやはり、事情を知っている方であった。

隣人が部屋を引き払ったあと、ねこは近隣(とはいえ、猫にとってはそれなりの距離)の保護施設に預けられたのだという。しかし、その日のうちに施設の網戸をぶち破り速攻脱走、もとの家を目指して走り出した。ところが道中は野良猫や地域猫の縄張りがカッチリと決まっている。
お散歩程度に外を歩いていたねこが仁義なき苛烈なショバ争いに参戦できるわけがない。餌場ともなればなおさらである。道中をほぼ飲まず食わずで帰ってきた、と推測されるとその方は教えてくれた。

一週間かけて近所までたどり着き、もう一週間ほどアパート近辺をうろうろしていたようであった。とんだプリズンブレイク野郎である。

話には聞いていたが猫の帰巣本能というのはすごいもんである。わたしはノーヒントで池袋駅や新宿駅で放り出されたら目的の出口までたどり着ける自信がない。梅田駅に連れて行かれたらその場でしゃがみこんでさめざめと泣いてしまうだろう。

感心しつつも、お互いに情報を交換しているうちに、ねこは戻ってきた。遠巻きにこちらを見て警戒をしているようであるが、知った顔があるせいか少し距離が近いらしい。

餌皿を持った人の「カリカリじゃ嫌なのかも」との呟きに、脳に電流が走った。数日前の記憶が蘇る。

「うちにウェットフードあります!!」  

ありがとう、いなばのわがまま猫缶。
本当に本社の方向に足を向けて寝られない。


そして保護へ

缶を地面にコツコツとぶつけるとねこは飛んできた。よほど腹が減ってるのか皿に移す暇もなく、缶に頭を突っ込むようにして食っている。見守っていたひとたちが全員、よかったよかったと囁いた。
わたしは安堵とともに、あんなに警戒してたくせに缶詰なら飛びつくのか、贅沢なやつだななどとぼんやり考えていた。

近くでまじまじと見るとおなかがペチャンコで、白い毛も薄汚れている。一回りどころか二周りも小さくなっているように見えた。

ところで、猫の保護には主に2種類ある。

【 TNTAとは 】
Trap(トラップ)
 外猫を捕獲する
Neuter(ニューター)
 捕獲した猫の避妊・去勢手術を行う
Tame(テイム)
 人に慣らす
Adopt(アダプト)
 譲渡する

【 TNRとは 】
Trap(トラップ)
 外猫を捕獲する
Neuter(ニューター)
 捕獲した猫の避妊・去勢手術を行う
Return(リターン)
 元の生活場所に戻してやる

NPO法人東京キャッツアイ公式サイト
「東京キャッツアイの活動」
https://tokyocatseye.com/about.html  より引用

TNTAは保護猫活動といえばわかりやすいだろうか。サンシャイン池崎さんが行っている「譲渡に向けた保護猫の預かりボランティア」はこちらにあたる。

TNRは地域猫活動にあたる。片耳がパチンとカットされている「さくら猫」と呼ばれる猫たちの管理や見守り、餌やトイレの掃除などを行う方々がこちらにあたる。

今回知り合ったのはTNR活動を行っている方々だったため、はじめは「ねこを地域猫としたい、ねこの縄張りの範囲内である筆者の部屋のベランダを餌場にして欲しい。」とのことだった。

その申し出に対し、わたしは瞬時に「一年も生きられないな」と思った。

住んでいるアパートはなぜか地域猫激戦区であり、隣人が在宅の折から複数の猫がしのぎを削り合っているという恐ろしい抗争の中心地である。
そして隣人(ねこ)が不在になってからは、おそらく近辺最強の猫たぬちくん(顔がタヌキに似ている地域猫。勝手にそう呼んでいる)の縄張りの一画となっている。

ねこは、たぬちくんがいるとアパートに近寄れず、何度も情けない声を上げていたのを何度も目にしている。(保護当日も一度逃げ出してしまったねこをおびき寄せるための餌を、たぬちくんが完食してしまったという事もあった)

そしてなにより、ねこは猛暑・極寒、夜間は外に出ていなかった。さすがの隣人も命の危険があるときはねこを外に出さなかったし、ねこも出たがらなかった。ねこも必ず夜には帰宅していた。
外で生きる地域猫たちと違い、お外はお散歩感覚のぬくぬく温室育ちおうち猫なのである。さながらその姿はお城を抜け出て城下町へ繰り出す姫の如し。「お城から抜け出して城下町へ繰り出したら、城がなくなってたのでこのまま町で暮らします!」の状態から成り上がるのはかなり厳しいことが伺える。

そんなねこが、このまま外で地域猫として暮らしたときに、ねこはご飯にありつけるのだろうか?

温かい寝床しか知らないねこが、数カ月後に迫る冬を超えられるのだろうか?

開かない隣人の部屋の前で待ち続けるねこを放って置けるか?

わたしがこの先引っ越したら?

見知ったねこが、何回もあったことがあるねこが、モフらせてもらったねこが、轢かれたり飢えたり凍え死んだりしてるのを見て後悔しないか?


……
…………

絶対にめ〜〜〜〜〜〜〜〜ちゃくちゃ後悔する。

なんなら一生猫を見るたびに落ち込むと思う。猫型のパンとかお菓子とか食えない。たべっ子どうぶつですら危うい。猫型ロボット見ても泣く自信がある。偽善者でもいい。俺は残りの人生の数十年間、気持ちよく猫型のパンとかお菓子とかを食いたい。


おわりに、そして共同生活のはじまり

結局ねこは、いなばの猫缶(大)2つをたいらげ、お持ちいただいたカリカリを2回おかわりした後でわたしの部屋に保護された。早すぎる寒波が来る、という予報の三日前のことである。
全部が全部、奇跡みたいなタイミングで物事が進み、保護がかなったのだ。

その後各所方面と話し合い、やはり外で暮らす地域猫ではなく、完全室内飼いを条件にしてあらたな里親を探すということで保護関係の方々にお願いし、別途大家さんからも許可を得て、一時的にではあるが正式にわたしの部屋で暮らすことになった。
しかし、保護活動をされている方々から「しつけもされていて健康とはいえ、シニアに差し掛かった成猫を貰ってくれる人を見つけるのは難しい」と言われている。言葉通り、半年以上経過してもうちにいるので、なんとなくこちら側の覚悟が決まりだしているところである。

にんげん側の利己的な感情や事情や逡巡や覚悟などねこは知らない。
気がついたら知らない場所に連れて行かれ、家に帰ろうと大立ち回りをし、やっとのことで寒くなく安全でなんとなく見知ったにんげんのいる、間取りがほぼ同じ部屋と餌と水があるからスッと入っただけである。

保護から5分。
ねこは早速ひとのビーズクッションで全身を伸ばして爆睡を始めた。
繊細なんだか、ずぶといんだかわからないねことの共同生活が幕を開けたのである。

保護直後。今より痩せてるし薄汚れている。
にしても伸びるのが早すぎる。

#創作大賞2023 #エッセイ部門

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