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【ショートショート】空白の2年

「えー、本日面接を担当します吉田と申します。白井さん、本日よろしくお願いします。」

「よろしくお願いします。」

見た目は悪くない。清潔感もあるし、何より美人である。

「それでは、早速ですね、最初にお聞きしたいのですが、どうしてこの仕事を?」

「私、人の喜んでいる顔を見るのが好きで、私のしていることで人を幸せにしたいと、そう思ったんです。」

サービス精神もバッチリ。この仕事に最も必要なことである。サービス精神がない子には、仕事を任せられない。これは、期待できそうだ。

「なるほど。では、そのためだったら、どんなに嫌なことでもできますか?」

「はい。」

「本当ですか?痛い思いもするかもしれません。それでも、耐えられますか?」

すぐにやめられては困ってしまう。ストレス耐性がある子じゃないと、この仕事は向いていないだろう。

「はい。何でもします。」

これはありがたい。今どき、お金が欲しいというような軟弱な理由だけで応募してくるやつが多すぎる。そんな気持ちでは、この仕事は到底務まらない。

「分かりました。次に、経歴を確認させてもらいたいのですが、高校時代は陸上部だったそうですね?」

ショートパンツからはみ出ている足は、少し日焼けした小麦色で、引き締まっている。

「そうです。陸上は大学でも続けています。」

本当だろう。彼女はスタイルがいい。このプロポーションは日常的によっぽど絞られていないと実現できない。この素晴らしい身体に、私は思わず見とれてしまいそうだった。

「なるほど。そしたら、体力はありますか?この仕事は、一日何件も入るので非常に体力が求められるのですが。」

「私、体力には自信があるんです。特に、身体を動かすことは好きですね。いつまでもし続けられます。」

そうハキハキと答える彼女の笑顔はとても眩しかった。清楚なイメージで、愛想もある。美人で、身体つきもよく、体力も意欲も十分。採用しない理由はない。

しかし、私には一つ気になることがあった。

「分かりました。態度も身体も素晴らしいので、こちらとしてぜひとも採用させていただきたいのですが、一つ気になることがありまして......あなた、大学を2年間休学していますね。その理由が書いてない。一体、この間、何をしていたんです?」

彼女の顔からすっと笑顔が消えた。今までとは一転強張った表情である。少しの沈黙の後、彼女は答えた。

「えーと、あの、えー、その......りゅ、留学に行ってました。」

「留学?なら、書いたらいいじゃないですか。」

「ほんと、そうですよね。すみません、書いてなくて。気をつけます。」

きれいに整えられた左眉がピクッと動く。喉仏が少し上がった。唾を飲んだのだろう。目を見ると、激しく泳いでいる。

彼女は、嘘をついている。平静を保とうとしているようだが、身体は正直だ。

「失礼を承知で申し上げますが、あなた、嘘をついていますね?」

「......どうしてそれを?」

「バレバレです。肝が座ってない。普段、嘘をつき慣れていないでしょう。慣れないことはやめて、本当のことを教えてください。」

彼女は目を瞑って俯いた。そして、しばらく考え込んだ後、観念したように大きく一回頷き、顔を上げた。その顔は、何ともバツが悪そうだった。

「......留学したのは本当です。だけど、短期留学でした。本当は半年で帰ってくるはずだったんです。でも、帰ってこれませんでした。」

彼女は大きく息を吐き、また大きく空気を吸い込んだ。その目は少し潤んでいる気がした。

少しの沈黙の後、彼女は言った。

「私、襲われたんです。留学先で。黒い覆面をした男の人たちが急に車から出てきて、それで連れ去られて、気がついたら手足を縛られて檻の中でした。それから私は酷いことをたくさんされました。逃げようとしたけれど、拘束は外れない。助けを呼ぼうと思っていくら叫んでも、誰にも届かない。絶望の日々でした。」

「そんなことが。申し訳ない。辛いことを思い出させてしまったようだ。」

「いいえ、いいんです。」

「しかし、辛かったことだろう。本当に、すまなかった。それにしても、どうやって解決を?」

「お優しいですね。本当に気にしてないんです。これが、私がこの仕事をしたいと思うきっかけとなったんですから。この事件で、私は目覚めたんです。」

微笑む彼女の頬は、何故だか少し紅潮している気がした。それを見ていると、何だか私の胸も締め付けられるようだった。

「ごめんなさい、どうやって解決したのか、でしたね。でも、それもきっかけと同じなんですよ。」

「と言うと?」

「ふふっ、とぼけないでください。心当たりはあるんじゃないですか?」

そう言って、彼女は悪戯に笑う。今度は、私の頬が熱くなまた気がした。

「吉田さん、いえ、レッドさん。やっと会えました。あの時、あなたが私を助けてくれなかったら、今頃この世に私はいなかったと思います。本当にありがとうございました。」

「君は、もしかして、あの時の?」

「そうです。3年前、レッドさんがアズール国のランバル・プリズンに来てくれなかったら、私はあの悪の組織・クロップド=ニッチに売り飛ばされ、改造されていました。」

「そうか、君はあの時捕まっていたユーグル人の少女だったのか。気がつかないとは、私としたことが......面目ない。」

「いえいえ、仕方ないです。あの時、私、痩せこけてましたから。とにかく、あの時のレッドさんを見て、『私もヒーローになりたい!』ってそう思ったんです。」

そういうことだったのか。そうだとすれば、今、彼女ほどのなり手はいないかもしれない。

私が採用と言いかけた時、彼女は上を向いてため息をついた。

「あー、言っちゃった。実は、これは内緒にしておこうと思ったんです。」

「どうして、内緒なんかに?」

「だって、レッドさん、優しいから『君になんか任せられない』って言って、採用してくれないかもしれないし。でも、見てください!あれから、頑張っていっぱい食べて、筋肉も体力もつけたんです!私、やれます!」

すごい勢いで立ち上がった彼女を見上げると、めまいがするくらい眩しかった。なんて美しいんだ。こんなにまっすぐ、正義感にあふれた顔は久しく見ていなかった。

「心外だな。これほどの逸材、私は見逃さないよ。文句なしに、採用だ。」

「ほんとですか??やっt———」

「ただし、一つ条件がある。」

「えっ......なんでしょうか?」

「この仕事は常に死と隣り合わせだ。時には、心が挫けそうになることもあるだろう。しかし、今やヒーローは最後の希望だ。私たちは何があっても悪に屈してはならない。だから、これだけは誓って欲しい。絶対に最後まで諦めないと。」

「もちろんです!私は、何があろうと負けません!絶対にみんなを救ってみせます!」

「ははっ、頼もしいな。じゃあ、行くか。」

「どこにですか?」

「決まってるだろ。世界を救いに、だよ。」

「ふふっ、レッドさんちょっとクサいですね。」

「クサいことを言うのも仕事のうちだ。からかうんなら、連れて行かないぞ。」

「ああっ、嘘です。嘘です。行きます!行かせてください!」

「まったく。ついてこい!」

「はいっ!」

後に彼女がユーグル国を代表するヒーローになるのは、また別の話である。


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