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目が光る⑶
目が覚めると、白い天井が広がっていた。
「あ、岡田さん。気がつきましたか。」
看護婦の格好をした女性が話しかけてきた。看護婦?
寝かされた身体を起こし、首をぐるっと回す。見る限り、そこは病室だった。
「どうしてここに......俺はプレゼンをしていたはず......」
彼がぶつぶつ呟いていると、ベッドに取り付けられた簡易的なテーブルの上に食事のトレーを置きながら、看護婦が言った。
「ああ、記憶はあるんですね。よかったよかった。そんな大事ではなさそうですね。」
無意識に口から出ていた独り言を聞かれていたことが少し恥ずかしい。彼はそんなきまりの悪さをごまかすように、それに続けて会話することを決めた。
「すみません、状況が分からないのですが、私はどうしてここに?」
「会社でプレゼンをしている最中に、卒倒したそうですよ。」
「卒倒......」
彼は丁寧に記憶を辿ってみることにした。何が起こったのか......。卒倒するまでの強い出来事があったはずだ......。
彼の脳裏に眼前でストロボをたかれたかのような、強すぎる光がフラッシュバックした。
「そうだ。急に目が光って......それで意識を......」
「そうですね。突然目が光られたと思ったら、フラフラしてバタンと倒れたのだ、とお付きの若い男性が言っておりました。」
またも無意識に考えていることを口にしていたらしく、彼は看護婦の耳聡さを少し恨んだ。何もそこまで拾わなくても。
ただ、その情報は状況を整理するのに役立った。若い男性というのはきっと小林だろう。
はっきりと思い出してきた。そうだ、プレゼンの後、急に目が光って、目を瞑った。大方そのせいで光が強くなり、気を失ったのだろう。
状況は理解できた。ただ、同時にもっと大きな問題が浮上したのだった。
彼は今度は意識的に看護婦に向けて尋ねた。
「そうだったんですね。ありがとうございます。おかげで少し思い出してきました。それで一つお聞きしたいんですが———」
そこまで話して、看護婦が食い気味に答えてきた。
「目が光った原因でしょうか。生憎私は看護婦ですから、詳しくは申し上げられません。後で、診察がありますので、先生からお聞きください。」
それは確かに彼の聞きたいことであったが、そう先読みされてしまうと何ともバツが悪く、彼は「あ、はい。ありがとうございます。」と答えることしか出来なかった。
看護婦は今度は何も聞こえなかったかのように淡々と食事の準備を進め、それが終わるとさっさと立ち去ってしまった。
彼はどこかやりきれない思いを感じながら、味気ない病院食を口に運び、診察を待った。
(*)
診察は割にすぐ行われた。彼は別の看護婦に呼ばれ、診察室に案内された。
「どうぞ。お座りください。」
それに促され、彼が席に着くと医者は開口一番こう言った。
「この度は災難で。正直申し上げると、私にはどうすることもできません。」
彼は面食らった。それが医者が一番に話すことだろうか。唐突な宣告に動揺したからか、心の中に抱いていた疑問が一気に溢れた。
「どういうことです?どうして何もできないと?いや、そもそも私は何の病気なんですか。というかこれは病気なんでしょうか?」
医者は器用ではないようだった。襟は立っているし、机は乱雑で、眼鏡がずれている。どうにも彼とは異なる人間だった。
そのためか医者は彼の質問責めに明らかにうろたえた。そして少し間を開けてから話し出した。
「あ、あの、ひとまずですね、落ち着いてください。えーと、私の言い方が悪かったですね。私にはどうすることもできないというだけで、対処法がないというわけではないですから、安心なさってください。」
あからさまに目が泳ぎながら、医者は早口で答えた。彼は寧ろ医者に対して落ち着けと言いたい気分だった。医者はそのままのテンションで話を続けた。
「それで、何でしたか、あ、そうそう何の病気かと。あ、いや、そもそも病気かということでしたね。結論から言えば、恐らくそうです。まだ、お話を聞いていないので分かりませんが、今も症状が出ていますから、十中八九間違いないでしょう。」
冗長でまとまっていない話ぶりに、彼は苛立ちを隠せなかった。こんなものビジネスなら失格だ。
腹が立ちながらも、彼は話を聞き流してはいなかった。とりあえず、治療可能な病気だということは分かり、少し安堵する。
しかし、今も症状が出ているのか。部屋が明るいため自分には分からなかった。一体何の病気なのだろう。
彼は医者の話を遮る形で質問をぶつけた。
「で、結局私は何の病気なのでしょう。」
医者は話の切り方が乱暴だと思ったのか、顔をしかめて少しの間押し黙った。そして、息を大きく吐き、私の目を見て重々しく言った。
「あなたは慣用句症候群です。」
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