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【4045字】2024.06.23(日)|桜桃忌を肴に、くっちゃべる。(四)

<前回までのあらすじ>

『燈籠』の内容を通して、自身が取調室で尋問のようなものを受けた過去を思い出したUP主。一部始終を事細かに書き記している最中。おそらく今回で終わるはず。心理描写をやたらと盛り込みたくなるので起きている出来事の割に文字数がかさんでしまうのが悩み。けれどもココを端折(はしょ)ってしまうと、個人的に、味気ない文章になっちゃうのよねぇ。常に頭の中がグルグルしているタイプ。こういう状態を「ブレインフォグ」と呼ぶらしい。


僕と警察官3人はまだ取調室でやり取りをしている。ただ、先ほどまでの”尋問感”は、跡形も無く消え去って、業務上の手続きを行なっているような空気が流れていた。

「じゃあ、誓約書だけ、お願い出来る?」

今回の責任者的ポジションであろう警察官が、僕に向かってそう声を掛けると、おもむろに用紙を取り出して、僕の眼前に置いた。

「ここに指紋を押印してもらって、と・・・。」

警察官はそう言うと、よくハンコで使う朱肉を取り出して、用紙の横に置いた。「さぁどうぞ?」と言わんばかりの視線を向けて来る。僕は初めてのことが立て続けに起きているので情報処理が追い付いていなかった。

こういう時に”不服そうな態度を取っている”と受け取られるケースがチラホラある。ちょっと待ってくれ、と言いたい。いや、そう声をかけたとしても、”あまり良く思っていないんだ”と受け取られることも割とあるか。難しい。八方塞がりじゃないか。僕の頭の回転の早さは他の人と比べてだいぶ遅いのだろうか。だとしたら悲しい。

「えっと、これでいいんですかね・・・?」

僕は、言われるがまま、指定された場所へ、自分の指紋を押印した。何か良く分からないまま押した気がする。本来はよろしくないことだ。いや、そもそも、事前に説明が、キチンとなされていたのかもしれない。僕が覚えていないだけで。無理もない。それまで(警察官との受け答えで手抜かりがないよう)頭をフル回転させていたのだから。難局を乗り越えた安心感から、IQが普段の10分の1ぐらいになっていた可能性は否めない。

「はいはい~」

警察官は最初と比べてかなり軽いテンションになっていた。不法侵入罪の疑いで彼女の部屋から矯正退出させられて、パトカーに連行されている時と比べると、雰囲気や空気感は180度変わっていた。緊迫感が無い。流れ作業の如く淡々と進めている。何も言われていないが「あなたはシロと判断しました。前科もつきませんよ」と言われているようなものだ。

「(もう大丈夫そうだな・・・。)」

心なしかリラックスした状態で、僕は誓約書に目を通す。そこには「今後、彼女に対して連絡しない」という旨が懇切丁寧な表現で書かれていた。

「あの、これって・・・?」
「ああ、相手さんにお願いされたから」
「そうなんですか・・・。」

どうやら、僕の彼女が、警察に相談した際に、今後、僕との関係を一切断つために、こういった誓約書を作成したらしい。あぁ、ストーカー被害等に遭った人向けに作られているのかな、と思った。全然詳しくないし、質問したわけでもないけど、多分、そうなんだろう。

「じゃあ、あとは、写真だけ撮らせてや~」

そう言うやいなや、ドラマや映画の世界で見たことがある気がするカメラを、僕の方へと向けて来た。なんか見覚えがある。事件が起きて、押収品とかを、証拠として写真におさめる時に、使用されるカメラ。そんな感じだった。これってもしかして決まってるのかな。スマホでパシャッてやったらダメなのかな。気になる・・・。なんでこんなしょうもないこと(と言ったら失礼だけど)ばっか気になるんだろう。それも気になる・・・。

僕は、椅子から立って、顔のアップとか、全身とか、数枚ほど、撮られた。これも初めての経験。人から単体で写真を撮られた経験って、もしかすると、後にも先にも、この時だけかもしれない。カメラマンさんじゃなくて、警察官に撮られるとは・・・。レアケースかも。また一つ、良い思い出が出来た。

・・・なんて呑気なことを考えていたら、不意に、現実世界に引き戻された。

「良い顔してるんやからさ~」
「新しい人すぐ見つかるやろ~ハハハ~」
「・・・あっ、はぁ・・・。アハ、アハ・・・。」

「(・・・今、なんて言った?)」

僕の写真をパシャパシャと撮っていた警察官が、突然、僕の顔を褒めた。そして、”今の相手のことはさっさと忘れて次に進め”と言わんばかりのニュアンスを込めて、極めて軽い調子で、次の恋愛に気持ちを切り替えなさい、と説いて来た。一瞬、耳を疑った。けれども、間違いなく言われた。それも、メチャクチャ軽く言われた。言葉自体も看過出来ない内容だったが、それよりも、僕と彼女のこれまでを軽く扱われた感じがして、激しい嫌悪感を抱いたのを、僕は鮮明に覚えている。にもかかわらず、「慰めてくれてありがとう」みたいな愛想笑いを浮かべて、お茶を濁そうとする自分にも嫌気がさした。(この気持ちは後々から増大してきた気もするが)

あの一言から、僕は再び、”臨戦体勢モード”に戻った。いや、別に、舌戦を繰り広げるわけではないが、なんというか、のほほんとした感じではなくなったのは、確かだ。前田敦子風に言えば「僕のことを悪く言うのは構わないが、彼女のことを悪く言うのはやめてくれ」といったところか。

憤懣(ふんまん)やるかたない思いを抱えたまま、写真撮影は終了した。これで一通りの段取りは済んだらしい。何か質問したいことがあったら答えるし、無ければ、もう帰っていいよ、みたいな空気感が漂っていた。警察官は3人とも一仕事終えたような顔をしている。そんな中、僕だけ、顔がこわばっていたと思う。

「あの、誓約書の件なんですけど・・・。」
「うん、なに?」

僕は、用紙を手に取って、彼女と連絡を取らない旨が書かれた部分を指さして、

「これってつまり、僕の方から彼女へ連絡すると、誓約書違反になるってことですよね。じゃあ例えば、彼女の方から僕に連絡が来て、それに対して返答をした場合は、どうなるんでしょうか?」

「えっ・・・?」

警察官は、面食らったような表情を浮かべた。僕はなんだか、やり返せた思いがして、心の中でほくそ笑んだ。「カタキは取っておいたからな!」と彼女に言ってやりたい気分だった。

「・・・あぁ、それやと、まぁ破棄されることになるけど、そんなこと起きんけどなぁ~。はよ良い人見つけた方がええで。そんなこだわらんと」

警察官は、一瞬、何を聞かれたのか、と動揺の色が見えた気がしたが、すぐにいつもの雰囲気に戻って、今度は、半ば呆れた口調で、僕にそう諭してきた。最後の最後に、”彼女も彼女なら彼氏も彼氏だわ”と思わせることが出来たかもしれない。だとしたら、本望だ。

「そうですか・・・。」
「分かりました、ありがとうございます」
「では、失礼します」

僕は警察官3人に向かってお辞儀をした後、取調室を出ようとした。

「あっ、前まで送ってやって」

一番偉そうな警察官が、部下と思われる警察官2人に指示を出す。その時の声のトーンは、明らかに、僕と話す時とは異なるものだった。声が低く、且つ、鋭かった。なぜだか、今も強く、記憶に残っている。

それがどうした、と言われれば、別になんでもないのだけど、あの一言を聞いたことで、部屋を出た後も、「俺が帰ったら3人で僕と彼女について言いたい放題言ったりすんのかな…。」とか「まぁでもそんなに暇じゃないか警察官も…。」などと、妄想が膨らむキッカケになった感はある。

取調室を出たら、2人居た警察官の内の1人が、僕を先導してくれた。確かに、正門から入ったわけじゃなかったし、自分一人では、取調室から外に出るのは、困難そうだった。警察署は思ったよりも入り組んでいた。らせん階段とかもあったかな・・・。結構、階段を降りた覚えがある。

1~2分程度歩くと、外に出るドアの前まで来た。この間は特に何も言葉を交わすことはなかった。ドアを開けてもらって「どうぞ」と言われたのが、初めて聞いた言葉だ。僕は会釈だけして、外に出た。

「ありがとうございます」の一言ぐらい言えば良かったのだろうが、ずっと無言で歩いて来たのと、道中の掲示ポスター等、見慣れないものが色々あって、「警察署の中ってこんな感じなんだ…。これも初めての体験…。」とか思っていたのもあって、言葉を発する準備が不十分だったと見える。

他の人は知らないが、僕の場合、一挙手一投足、事前準備や心構えが、必要不可欠なのだ。ゆえに、フットワークは重いし、急かされると、吃音症(≒どもり症)のようになってしまうところがある。

外に出た時、まるで、異世界から、現実世界へと、舞い戻ったような心持ちになった。「ようやくシャバの空気が吸えるぜ~!」なんてセリフを聞いたりもするが、それと似た気持ちを味わっているのかしら、などと考えていた。

足取りがおぼつかない感じで前に歩みを進めていく。ふと後ろを振り返る。付き添ってくれた警察官はまだ僕のことを見送ってくれていた。もう居ないだろうと思っていたので内心ビックリする。僕は深くお辞儀する。「ペコリ」という擬音語が似合うぐらいの角度まで頭を下げた。すると警察官は敬礼で返してくれた。「ビシッ」という擬音語が似合うぐらいにキマッていた。

「(警察官の敬礼ポーズ初めて見たかも・・・。)」
「(ドラマや映画の中だけかと思ってた・・・。)」

最後の最後まで、僕は、呑気なことを、考えていた。


こっから、後日談的な話も、書きたいっちゃ書きたいんですけど、それをやると『燈籠』の内容とは全く関係なくなってしまうので、さすがに自重します。

一つだけ書き添えておくと、誓約書を交わした彼女からは、一切、連絡が来ることはないまま、現在に至ります。風の噂かなにかで、新しく恋人が出来て、その人と結婚して、子どもを授かった、なんて話を小耳に挟んだりもしました。

元気で暮らせているのであれば、なによりだ。

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