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最愛の友人が明日、結婚する

なにか1つ法律が追加できるのなら
「〇〇歳になっても、1人だったら結婚しよう」
なんて気軽に口にする男を裁ける法がほしい。

そう言って、残していたコーヒーを啜った彼女は明日、結婚する。


飽き性の彼女と夢半ばのアーティスト

大阪駅の中央南口を出てすぐのところには路上アーティストの集まる場所があった。毎日のごとく夢みるアーティストの卵がその場所を訪れては数ヶ月もしないうちに消えていった。
あの夜、back numberを歌ってた彼が今どこで何をしてるのかは知らない。

そういえば、失恋した時にback numberを聞くような女と、勝負時に『クリスマスソング』を歌う男の需要と供給は見事にマッチしているのではないかと思う。かといって、そんな男と女なんかより、失恋した時はプレイリストの半分くらいをチャットモンチーで埋めてしまうような奴らの方がよっぽど信用できる。

彼女は、路上アーティストがいれば必ず立ち止まって聞き入るのが習慣で、
「あかんな、60点」と、絶妙な点数を口ずさんではその場を立ち去り、気に入った人がいれば「100点やったなあ」と言ってCDを買ってくるような性格だった。

「あれは100点やったなあ」彼女の家にはそうやって買い溜められたCDが何枚も置かれていて、きっと聞かれていないであろう未開封のもので溢れていた。これな、インテリアと一緒なんよ、と彼女は言っていたけど、僕にはその気持ちがなんとなくわかる気がした。


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そもそも、彼女と出会ったのは僕らの高校の文化祭だった。
友人に連れられてきた彼女は人懐こくて、帰る頃にはすっかり次会う予定を組んでいたりした。そんな彼女との関係はゆっくりと、かといって着実に積み上がっていった。

初めは人見知りだった彼女も、友人を通してたまに会う回数が増えるうちに次第に打ち解けていき、出会ってから2年もすれば2人で遊びにいくような関係になった。何かの影響を受けやすかった彼女は、会うたびに趣味がコロコロと変わっていくような性格で、ヨガや読書、登山とジャンルも幅広く何にでも染まっていった。

「知ってる?ヨガって認知症予防にいいらしいで」
「ほんまなん?」
「だから先週からさ、ヨガ通い始めてん」

そう言っていた彼女のヨガ通いは、開始から3週間で終わった。後日、理由を聞いたら「認知症を気にするにはまだ早かった」と言っていたが多分飽きたんだろうと思う。何かに影響を受けやすい彼女は、始めるスピードよりも飽きることの方が早かった。


そんな彼女でも、路上アーティストへの点数評価と気に入った人のCDを買うことだけはずっと続いていた。

「1日の終わりにさ、ここで路上ライブ聞くと落ち着くんよね」

誰かの夢を決して笑うことのなかった彼女にとって、夢半ばでも歌う彼ら彼女らの声は心地の良いものだったように思う。


遠距離恋愛はできますか?

大阪駅、お初天神から1本脇に逸れた道に行きつけの居酒屋がある。この通りは昼間こそ静かだが、夜が明けるまでは僕らの夢であり続けてくれた。
彼女との友達関係も5年を過ぎた頃、お互いの就職を機に、会う回数は月1回から半年に1回へと変化していった。東京と北海道。およそ1200キロ。

「月1回で会い続けてたのがおかしいんやって」
「そうやけど、会われへんのはなんかちゃう」

そう言ってた彼女も、いざ北海道に住み始めると楽しそうで「なんか遠距離恋愛みたいやね」とはしゃいでいた。

知り合ってから6年目の夏は例年以上に暑い夏だった。北海道に引っ越した彼女との距離は確かに遠く感じたあの日々は、「遠距離」を初めて1年が過ぎようとしていた。

「そろそろ結婚したいよね」

あの頃彼女は最寄駅から自宅までの道中を、呪文のようにほとんどそのセリフを言いながら過ごしていたような気がする。


失恋ソングはチャットモンチーがいい

シャッフル再生してたプレイリストでチャットモンチーの『染まるよ』が流れ始めた。幼い頃に両親を亡くした僕にとって思い出の曲。
祖母の車に乗るとだいたいチャットモンチーが流れていて「世代じゃないでしょ?」というと「なんでもええんよ」と笑ってた。

祖母が亡くなった日は不思議と涙が出なかった。そういうと彼女は黙って東京まで来てくれて、カラオケに僕を連れていくなり1人で永遠にチャットモンチーを歌ってた。

親戚を亡くした際の正しさなんてきっと少しも知らない彼女は、誰よりも長く、誰よりも大声で泣いた。「もう聞かなくていいくらい私が歌う」そう言って彼女はずっとマイクを手放さなかった。

夕方から始まった大合唱は始発が動き始めても続き、3度の延長を行った末、彼女の喉をキッカケに終わりを迎えた。

ただ、それでも僕はチャットモンチーを聴き続けた。

「なんでもええんよ」とそう笑う祖母の声がしてた。


最愛の友人が明日、結婚する

8年も一緒にいればそれなりにお互いに恋人もいたりした。
「もう会えないかもしれないね」彼氏ができるたびにそう言った彼女はきっとブルータスよりも嘘つきで、決まって何事もなかったかのように戻ってきた。

「来年、結婚することにした」

彼女らしくやけにあっさりと言われた。それでも、それが彼女らしく思えて、飽きることがないようにと願って「100点やったなあ」と返事した。

「友人代表の挨拶、お願いね!!」


明日、最愛の友人が結婚する。
通い慣れた街も、聴き慣れた彼女の声も、言い慣れた「おめでとう」の言葉も、全てが新鮮に思える。

「お前の人生、100点やったなあ」

そんな言葉で終わらせてやれたらよかったのに。



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