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マーケティングとブランディングの関係

 マーケティングとブランディングほど言葉の定義が曖昧で、毎年新しい造語が生み出される専門用語を私は見たことがありません。

◯◯マーケティング、◯◯ブランディング、最近ではブランドと経営、採用活動を組み合わせた言葉もよく目にします。

多くのケースでは、元々のマーケティング、ブランド・マネジメントの概念に包括されている一部の側面にフィーチャーしたものや、時にはあたかも新しい概念のように語られているように見受けられます。

本稿では自分の頭の整理も兼ねて、よくビジネススクールでも質問をもらう「マーケティングとブランディングの関係」について、それぞれの領域の大家の専門書をベースに考えてみようと思います。

マーケティングのコトラー&ブランドのケラー

最初にそれぞれの領域の大家のお二人が、この「マーケティング」と「ブランディング」をどう捉えていたか、という歴史を振り返ってみます。

マーケティングに関わる人間ならば一度は聞いたことのあるであろうコトラーですが、私が初めて彼の著作「マーケティング・マネジメント」に触れたのは2002年ごろ(あまりの本の分厚さと金額の高さにびっくりしたのを覚えています)

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コトラーはマーケティングを次のように定義しました。

マーケティングとは社会活動のプロセスである。その中で個人やグループは、価値ある製品やサービスを作り出し、提供し、他社と自由に交換することによって、必要なものや欲するものを手に入れる。

今でこそマーケティング戦略の「外部・内部分析からのSTP分析→マーケティング・ミックス(4P)」というフレームワークはあたりまえのように普及していますが、当時これを体系的にまとめた本は存在していなかったと記憶しています。

一方、ケラーはブランド・エクイティの研究者としてデビッド・アーカーに並んで評価される第一人者。2000年ごろに「戦略的ブランド・マネジメント」という本を出しています。

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ケラーはブランディングを次のように定義しています。

ブランディングは精神的な構造を創り出すこと、消費者が意思決定を単純化できるように、製品・サービスについての知識を整理すること。

彼は「どうすればブランドを構築することができるのか、そして構築した後にブランドの効果を測定・管理するにはどのような手段をとればいいのか」という問いにフォーカスし、各企業の事例を交えながら解説しながら一つの本にまとめあげました。

マーケティングやブランドに関しては実務家出身者を中心に様々な専門書が出版されていますが、研究者がまとめた体系的な専門書としては上記の2つが代表的なものでしょう。

2冊の専門書の重なりと違い

この2冊を読むと、マーケティングとブランディングでは大きく重なる部分があることに気づきます。特にマーケティングにおける「ポジショニング戦略」は、競合と差別化しつつターゲット顧客に響く価値軸を見つけ出すという観点からも、ケラーのいう「ブランディング」の要素を多く含んでます。

よって、「マーケティングとブランディングの違いは何か?」に対して、「ブランディングはマーケティングの一部である」とシンプルに答える人もいるでしょう。

ただ一方で、通常のマーケティング本ではカバーしきれないポイントがブランディングの中にあるのも事実です。例えば、製品のためにブランド名を開発するケースへの洞察はその一つです。

「ブランド名を考えるのなんてあたりまえの話じゃないの?」というツッコミが入りそうですが、それは現在のように同カテゴリー内に競合商品がひしめいていて差別化が困難な時代の話です。ブランディングが重要視される以前は、そもそも商品名を「ブランド化」するのかどうかというのは、一つの経営判断でした。

そして、ブランド名の作り方についても「個別の名称をつける」「一つのファミリー・ネームをつける」「いくつかの異なるファミリー・ネームをつける」「個別の製品名と社名を組み合わせる」など様々な手法が生み出され、それを中長期で管理していく方法論が築かれきました。

この観点では、ブランディングとはマーケティングとは全く異なる一ジャンルということもできそうです(実際、私が早稲田の池上先生らと共著で書いた「マーケティング実践テキスト」の中ではこれらブランド管理に関わるポイントにはほぼ触れてません)

その後起きた驚くべきこと

とまあ、冒頭に挙げた問いにはっきりとした答えを出せないままに話を進めてきましたが、その後、意外な形でこの問いへの答えが出ております。

それがこれです。

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なんと、コトラーとケラーの本が一つの本になってしまったのです(笑)正確に言いますと、マーケティング・マネジメントにブランド・マネジメントの重要パートが吸収される形で大著が生まれました。

実際、ケラーが書いていたブランド・エクイティの測定管理の方法を含めた内容が、「第9章ブランド・エクイティの創出/第10章ブランドポジショニングの設定」という章にまとまって入っています。さすがマーケティング・ブランディングの大家というべきか、自分たちの牙城を聖域化することなく、真の意味で消費者(読者)視点に配慮する形で整理しています。この事実からすると、「ブランディングはマーケティングの一部である」といっても差し支えないかもしれません。

しかし、ここでより大事なことは「なぜ別々の専門領域として整理されてきたものが同じ領域のものとしてまとまることになったのか」という背景を理解することではないでしょうか。

そして、これは私の推測ですが、「マーケティングの中においてブランディングの占める重要性がかつてないほど高まったこと」が、その要因なのではないかと考えています。

コトラーは代表作である「マーケティング・マネジメント」を発表後も精力的に情報発信を続け、「製品・消費者中心のマーケティング(Marketing 1.0/2.0)」から、「企業のビジョンや価値観が買われる時代=価値主導のマーケティング(Marketing 3.0)」へという概念を提唱し続けています。

おそらく、この「価値主導」という現代につながる概念が、ブランドをブランドたらしめる思想やビジョン、まさにブランドの本質と深くつながってきたからこそ、ケラーのブランド・エクイティに関する知識をコトラーが強く欲したのかもしれません。

こうした議論は今でいうところの「パーパス経営」や「サステナビリティ/ESG経営」と繋がってくると思いますが、すでに2010年代半ばからマーケティング領域で議論されていたという事実は、コトラーの慧眼と言えるでしょう。

今マーケティングは、単に「顧客にものを売る仕組みづくり」としての活動から、「より持続的で地球と社会に優しい活動」へと脱皮を求められている。そんなことを強く感じるようになりました。

今後も考え続けたいテーマです。


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