【ショートショート】白球と白米
炊飯ジャーから上がる湯気を見ていると、部屋を前奏曲の響きが満たしていくのを感じる。
空腹を感じて腹が鳴っているわけではない。それとは比べものにならないほどの豊かな響きが、この小さな部屋全体を震わせている。これから始まる食事という組曲がもたらしてくれる歓喜を予感させる、最高の響き。
テレビは、世界的な大会で、この国の代表チームが勝利したという話題で盛り上がっている。今朝、放送されていた試合の中継は、僕も興奮しながら見守った。おかげで朝食を食べるのを忘れてしまうほどに。もう十分堪能した。これ以上は味わいすぎというものだ。どんなに美味な食材も、そればかり食べていたのでは味わいが半減する。僕はテレビのスイッチを切った。
そのとき、窓の外で金属が何かを打つ甲高い音が聞こえた。続けて、すぐ近くでガラスの割れる音。そして、今、切ったばかりのテレビを直撃したのは白い小さなボールだった。液晶画面に食い込んだボールを、リモコンで引っかけて取り出した。床に転がったボールには、マジックで大きく名前が書かれているが、達筆すぎて読めない。あるいは、サインのつもりなのかもしれない。自分がいつかプロの選手になった時のための。
僕はボールを拾い上げ、割れてほとんど何もなくなった大開口窓ごしに投げ返そうと、しっかり握り込んだ。肩にはちょっと自信があるのだ。しかし、投球モーションに入る前に、ふと思った。もしかするとあと十年後か二十年後か、このサインボールが価値を持つ時が来るかもしれない。この国中が熱狂しているさなかに、もう練習を再開している若者だ。決して荒唐無稽な話ではない。
派手に壊れてしまった窓ガラスとテレビの代金は、未来のスター選手のサインボールと交換。そう考えれば夢のある取引だ。僕はボールを、そのままサイドボードの上に置いた。読めないサインをこちら側に向けて。
ガラスを拾って、広げた新聞紙の上に置いていく。細かい破片は掃除機で。ご飯の香りが割れた窓から外に流れていった。こんな日は、白いご飯だけでもいいかもしれない。青い空に浮かんだ雲が、どんぶりによそったごはんのように輝いていた。
Photo by Joey Kyber on Unsplash
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