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三途の侍、蛇を撃つ 1話【創作大賞2024 漫画原作部門】

あらすじ

「三途の川はどこに通じるのだろう」

渚沙しおりは気がつくと三途の川にいた。
すぐに死んだとわかり、渡し舟に乗っていると川にいた大蛇に襲われ、川に投げ出された。
このまま死ぬことなく溺れ続けることに絶望したその時。
近代兵器を背負った侍に助けられ、三途の川で共同生活を送ることに。

彼は言った。
「蛇に妻が喰われた」
と。
やがて侍は大蛇を倒すために、銃を持った。
三途の川で巻き起こる切なくも激しい復讐劇。

194文字

1話


毒々しい水が流れる三途の川。
時折石のように固まった魚も流れてくるが、風もなく穏やかに波打っている。
だが突然ブクブクと音を立て、気泡が破裂し始めた。

川には小舟が一艘。
小舟には、近代兵器を背負った鎧姿の侍が立っていた。

モノローグ「三途の川はどこに通じるのだろう」

河原で座ってその様子を眺めていた黒髪ポニーテールで頬にそばかすがある女の子――渚沙しおりが立ち上がる。
しおり「きた!」

川から大蛇が現れる。
侍に襲い掛かろうとする大蛇。
侍は背中に持つバズーカを取り出し蛇の顔に発射。
大蛇の顔が爆発する。

その後、侍は刀を手にして大蛇に飛びかかる。

モノローグ「きっとどこにでも通じているし、どこにでもある」


しおり「あれ?」

高校の制服姿でスクール鞄を持つしおり。
急に場面が切り替わったように、突然見知らぬ場所に立たされて、きょとんとした顔をする。

しおりは辺りを見渡す。

砂利だらけの河原。霧がかかった毒々しい川。
舟乗り場には舟守の老人。
近くには読みにくい字で『三途の川』という看板が立てられていた。

しおりは目を凝らして看板を読む。
しおり「ん〜? さんずのかわ?」

そこでしおりはハッとする。
しおり「そうか
 私、死んだのか」

しおりは落ち込んだようにため息を吐く。
しおり(まさか走って滑って
 川に投げ飛ばされて
 溺れて死ぬとは……)

土手から滑り落ち、川に叩きつけられたことをしおりは思い出す。

しおり(我ながら恥ずかしい死に方)
「みんなに笑われているだろうなぁ…」
と小声で呟きため息を吐き落ち込む。

その時突然舟守が話しかける。
舟守「お前さんや」

驚いたように姿勢を正すしおり。
しおり「は、はい!?」

舟守は優しそうな笑みを浮かべて手招きをしていた。
舟守「舟に乗らんか?」

しおり「…舟?」
しおりは舟守のいる舟乗り場に近づき、川に浮かんでいる舟を見た。

舟守「そう…舟
 この舟に乗って
 川の向こう岸まで行くと
 あの世に行ける」

しおり「……あの世ねぇ」

恐る恐るしおりは川を見ると、川は毒々しく腐っていた。
虫や魚が浮いているのも見えた。

しおりは心底嫌そうな表情をする。
しおり「この川を渡るの?」
舟守「そうだ」
しおり「もし渡らなかったら?」
舟守「少し待て」

舟守は近くの机から台帳を取ると、ペラペラと捲る。
台帳には『死亡状態一覧』と書かれていた。

舟守「お前さんの名前は?」
しおり「渚沙しおり」

舟守「なぎさ……なぎさ……あった
 どうやらお前さんの身体は既に死んでいるようだ
 川を渡らずこの世に戻っても生き返ることはない
 霊となり彷徨い続けるだけだろう」

しおり「そっか……」

舟守「ここに残り続ける手もあるが
 少々危険だ」

しおり「危険?
 何が危険なの?」

舟守「ここには追い剥ぎがいる」

しおり「追い剥ぎ?
 ……ってあの服を取ったりする?」

舟守「そうだ
 千年前に突如として現れた
 奴はこの川に来た者の
 身につけているものを全て取り素っ裸にする」

しおり「ふーん」
(それだけだったら
 そんな危険じゃないかも?
 取られたところで
 どうせ死んでるから
 恥ずかしくないし)

舟守「――そして脱がせた後に目をくり抜く」

しおりの顔は青ざめる。
しおり「……え?」

舟守「もう死んでいるから死ぬこともできず
 ただただ目をくり抜かれる痛みが襲う
 時折、断末魔が聞こえるわ」

舟守は愉快そうにカカッと笑う。

舟守「奴は神出鬼没
 運が良ければ会っても何も取らないが
 悪ければ女子供でも容赦しない」

その話を聞いて目を抑えてガタガタ震えるしおり。

舟守「この河原を彷徨い続けて
 あっちへこっちへ
 くり抜いた目を食べながら
 お前さんに狙いを定めているかもしれん」

舟守はしおりの後ろをゆっくりと指差す。

舟守「そして今も後ろに――」
しおり「の、乗ります!
 乗らせてください!!」

舟守「ほい。では6文」
舟守が手をパーにして掌を上にする。
その手をじっと見て固まるしおり。

しおり「え? お金?
 お金払うんだっけ?」
舟守「当然だぁ
 三途の川だぞ?」

しおり(六文っていくらだっけ?)
としおりは鞄の中をゴソゴソとする。

しおり「これでいい?」

舟守に差し出したのは500円玉。
500円玉をじっと見る舟守。
舟守「まぁいいだろう
 舟に乗りな」

500円玉を受け取る舟守。
言われた通りに舟に乗るしおり。

舟守「じゃあ出すぞ」
舟守はしおりが乗った舟を押し出す。

しばらく舟が進むと
舟守「あぁ。言い忘れていたが」
しおり「え?」
舟守「実はこの川の中には化け物もいる!」
しおり「!?」

その言葉にしおりは目を丸くする。

舟守「人を丸呑みするほどの大きな蛇だ」
しおり「へ、蛇!?」
舟守「向こう岸まで行けず蛇に呑まれた者が何百人もいる」

舟守「呑まれなくても
 大蛇に舟から落とされ
 川を漂い続ける者もいた」

しおりの顔はだんだんと青ざめる。

舟守「だから渡る時は気をつけるんだぞ〜」

笑みを浮かべて手を振る舟守。
しおりは涙を浮かべる。
しおり「は、早く言ってよぉ〜!」


舟の中で、半泣きになって体育座りするしおり。
時折、川から魚の跳ねる音を聞いて、ビクッとする。
しおり「私、蛇苦手なのに……」

しおりは「しかも」と先ほどの舟守を思い起こす。

※※※
舟守「人を丸呑みするほどの大きな蛇だ」
※※※

しおりは身体をふるふると振るわせる。
しおり「怖っ」

両手をパチンと合わせて祈るように指を組むと、目をギュッと瞑った。
しおり(来ませんように!)

しばらく静寂に包まれる。

やがてコンっという舟に何かが当たる音が鳴る。

しおり「ヒッ」
しおりは青ざめて悲鳴を上げた。
音が鳴った方を見ると、川の影響か動けなくなった魚が浮いていた。
舟に当たったのがその魚だとわかり、しおりは安堵する。

しおり「な、なんだ…魚かぁ」

束の間、川からブクッと空気が出るような音を立てる。

しおり「も、もう騙されないんだから」

冷や汗かきながらそう言うしおり。
次第にボコボコと激しくなり、ザバァと大きな水飛沫を上げて舟がひっくり返った。
そのせいでしおりは舟から投げ飛ばされ、川に落ちる。

しおり「ガハッ」

川から顔を出して息を吸うが、すぐに川へ沈む。

しおり(!! 流れが早い!)

川の中で流されるしおり。

しおり(このままじゃ溺れる!)

しおりは水面に浮上しようと手で水をかこうとするが、

しおり(なんで!? 動かない!!)

目を見開き驚く。
その驚きも相まってゴボッと息が口から漏れる。

しおり(ダメだ! 死んじゃう!
 違う! もう死んでる!
 え? じゃあどうなるの? このまま溺れ続ける?
 三途の川って海とか出るの?
 出たら綺麗な水になる?
 出てもこんな感じで動けなかったら?
 ずっと川のまま出れなかったら?
 もしかしてこんな苦しいのが永遠に?
 そんなの……い、いやだ!)

思いとは裏腹にしおりの口からゴボッと空気が漏れる。
目が虚になり意識が失いそうな表情になる。

しおり(もう……意識が……)

その時、何者かに襟を掴まれる。
しおり(!?)

ザバァと音を立てて、しおりの身体が川から出て、小舟に乗せられる。
朦朧とする意識の中でしおりは侍姿の男を見る。

侍「無事か?」

しおり「ケホッ……」

川の水を出すように咳き込むが、川の毒によって身体が思うように動かない。

大蛇「シャァァァア!」

川の中から飛び出す大蛇。
大きな口を開けて、侍やしおりを喰おうと威嚇する。

侍「少し待っていろ」

侍はそう言うと、背中にあるバズーカを構えた。

侍「すぐに追い払う」

しおりの意識はここで途切れた。


浮遊感のある意識の中。
しおりは、学校の教室で自分の席にいた。

その席の周りで、同級生の女1と女2が立ち、何かの書類を手に取って笑う。
女1「え〜? なにこれ〜? しおり、マジぃ?」
女2「受かるわけないじゃん! 遊びでしょ?」

笑う同級生の前でしおりは手を頭の後ろに回し苦笑いする。
しおり「あはは〜……だよね〜」

――――
――

三途の川のほとり。

しおり「はっ!」
慌てたように目を開け飛び起きるしおり。
警戒するように辺りの様子をキョロキョロと確認する。
辺りはもう既に暗くなっていた。

侍「起きたか」

隣でそういう男の声を聞き、しおりはばっと振り向く。
すぐ目の前には焚き火が燃えていて、その奥には布で簡単に作ったテントがある。
テントの右側には雄鶏が2羽いて、左側には槍や斧などの古典的な武器から近代兵器までが立て掛けられていた。

そして焚き火で灯されたのは不気味な落武者に見える侍。
兜は外しているが、鎧を着込み、側には刀が置いてあった。

しおり「キ……」

しおりはその姿に青ざめて悲鳴をあげようとした。
だが、しおりの目前にすぐに刀の先が現れる。
しおりを脅すように刀を構えて睨む侍。

侍「騒ぐな
 川へ突き落とすぞ」

しおりは口を真一文字にしてコクコクと頷く。
しおりがこれ以上、悲鳴を上げないことがわかると侍は刀を納めて側に置く。
そこから侍は焚き火を見つつ、黙ってしまう。
侍としおりの間に起こる沈黙。

しおりは気まずくなり、「あの」と侍に小さく声をかける。

侍はジロっとしおりを見た。

しおり「あなたは?」

侍はジッとしおりを見つめるがやがて答える。

侍「……ただの名もなき侍だ」
しおり「お侍さん?」
侍「あぁ」
しおり「……」
侍「……」
しおり「あの!」

侍はジッとしおりを見る。

しおり「お侍さんが助けてくれたの?」
侍「そうだ」
しおり「そうですか……」
侍「あぁ」

また沈黙が起こる。
会話が続かないことに気まずそうにするしおり。
その様子を気遣ったのかどうか、侍が口を開く。

侍「身体はもう動くか?」

しおり「え? あ、そういえば…
 うん……動かせる…!
 あ、その……ありがとうございました」

侍「礼などいらん
 運が良かったな」

しおり「え?」

侍「あいつはこの川を渡る者を落とし喰う魔物だ」

しおり「あいつって……?
 あっ……!」

しおりは川で落ちた時に出てきた大蛇を思い出して青ざめる。

侍「喰われた者はもう二度と現世に戻ってこれない」
しおり「そ、そんな魔物が三途の川にいるなんて」

侍「昔はいなかったらしい
 突如として現れた
 もっともこんな川なんてどこにでもあると聞く
 おそらくどこかの川から迷い込んだのだろう」

しおり「あぁ…確かに川って
 この世とあの世の境目
 世界中の神話や伝承で
 よく出てくる死の象徴
 みたいなもんだしねぇ……」

侍「詳しいな」

しおり「まぁ……ちょっとそういうのに憧れる時期がありまして…」

恥ずかしそうにそう言うしおり。

※※※
中二の時、黒魔術を使う魔女の格好をしていたのを思い出す。
背景には神話だったり魔物図鑑だったりの本が積まれている。
※※※

侍「それでどうする?」

しおり「?」

侍「お前の小舟はあの蛇に壊されただろう?」

しおり「あ……ってことは私
 あの世に行けないってこと!?」

侍「……わからん
 だが舟はまた出来る
 それまでここで待つこともできるし
 戻ることもできる」

しおり「戻る……?」

侍「現世に戻るということだ
 ただ…霊として漂うことになるから
 生者とは基本関われないと思った方がいい」

しおり「ん~…………じゃあ待つわ」

侍「ならしばらくここにいるといい」

しおり「いいの?」

侍「あぁ
 ここなら蛇も寄ってこまい
 舟が出来るまでここでじっとしているがいい」

しおり「じゃあお言葉に甘えちゃおうかな
 ありがとう、お侍さん」

侍「あぁ」

しおり「それにしてもお侍さんって言いにくいね」

侍「名前などなんでもいい」

しおり「んーじゃあムラさんで!」

侍「ム……!?」

戸惑って目を丸くし眉間に皺が寄る侍を見て、しおりは笑う。

モノローグ「こうして
 私とムラさんの生活が始まった」


モノローグ「ムラさんの1日は常に同じだ」

モノローグ「朝起きるとすぐに三途の川に行って」
バズーカや銃を背負い、腰に刀を携えて川に向かう侍。
しおりは眠気眼で川を出る侍を見送る。
近くにはしおりが暇つぶしに積んだ石が積まれていた。

モノローグ「昨日の大蛇と戦って」
川の遠い方で煙幕と爆発音が聞こえてしおりは「うおっ」と驚く。
近くの積まれた石が崩れる。

モノローグ「昼には帰ってくる」
川で釣った魚を携えながら帰ってくる侍を出迎えるしおり。
近くの石は積み直される。

モノローグ「お昼ご飯を食べるとまた出掛けて」
侍は川を出るのを魚を食べながら見送るしおり。
近くの積まれた石はより高くなる。

モノローグ「蛇と戦って」
川の遠い方で煙幕と爆発音が聞こえてしおりは「うおっ」と驚く。
近くの積まれた石が崩れる。

モノローグ「また夜には戻ってくる」
ボロボロの格好で川から帰ってくる侍をしおりは出迎える。
近くの石は積み直される。

モノローグ「常にそんな感じ
 不思議とここでもお腹は空くし眠くもなる
 ただ死なないだけ
 だから自然と私もムラさんと同じ生活リズムになった」

しおりは座り鼻歌をしながら手鏡で前髪を整える。
近くの積まれた石は膝くらいまで高くなる。

モノローグ「もちろん蛇がいるような川なんて行かないけれど」


侍「鏡か」

川から戻ってきた侍がしおりの後ろに立ち、しおりの手鏡を見る。
しおりは青ざめつつ振り返る。
しおり「え?
 もしかしてダメだった?」

侍「いや……むしろ逆だ
 鏡は魔除けになる、と妻が言っていた
 持っていると良い」

しおり「あ…そうなんだ」

侍は兵器と捕ってきた魚を側に置く。
その兵器を見てしおりは聞く。

しおり「そういえばどうしてムラさんはあの蛇と戦ってるの?
 こんなに強いんなら向こう岸まで行けるのに」
侍「…………」
しおりを見て考えこむように黙る侍。

しおり「あ、言いたくなかったら言わなくて良いから――」

侍「妻が喰われた」
しおり「え?」
侍「拙者がここに来たのは乱世の時代
 住んでた村が急に戦場になった
 妻と一緒に安全な場所に逃げようとしたが
 あっけなく死んだ
 死んだ後
 妻と共に輪廻を巡るため舟を漕いだ
 その時だった
 あの蛇が現れた」

※※※
小舟に乗って大蛇に驚く侍とその妻。
妻は手鏡を握っていた。
※※※

侍「蛇は真っ先に妻を襲い腕を喰ったのだ」

※※※
怒りの表情で妻の身体を抱え泣き叫ぶ侍。
※※※

侍「妻から遠ざけようとしたが歯が立たず
 持ってた刀は錆びついた
 あの蛇は拙者を無視して妻の腕を味わっていた
 そして……」

悔しそうな表情をする侍。

※※※
妻を護ろうと蛇と妻の間に立つ侍。
しかし妻が侍の身体を押して舟から突き落とした。
信じられないという顔をする侍。
――妻は泣きながら笑っていた。
※※※

侍「つまり敵討ちだ」

モノローグ「そのためにムラさんは色んな武器を集めたらしい
 三途の川には戦国時代から令和まで色んな人が来た
 その中には武器を持った人もいた
 譲り受けたり奪ったりしてあの大蛇を殺すための武器をかき集めたのだ」

※※※
戦国時代の火縄銃を貰う侍。
明治初期の銃を襲い奪う侍。
大戦時のバズーカの使い方を教わる侍。
現世の手榴弾や機関銃を譲られる侍。
※※※

しおり(追い剥ぎはムラさんだったか……)
しおりは体育座りで頬杖をついてそう考える。

しおり「ん? ちょ……ちょっと待って!」
冷や汗をかき慌てたように目を丸くするしおり。
しおり「も、もしかして私の服とか目とかも……!」

しおりはザザザッと座りながら目を隠し服を抑えつつ後ろにバッグする。

侍「そんなことはしない」

しおり「え? でも舟守のおじいちゃんは……
 『脱がせた後に目をくり抜く』
 って!」

侍「拙者ではない」

侍は呆れたようにため息を吐く。

侍「確かに出会った奴らには
 渡る時は目を瞑れと言った
 あの蛇は目が合った奴を
 標的にする傾向があるからな」

侍は大きく目を見開く。
侍の目には鏡のようにしおりが写る。

侍「だが目をくり抜くことはしていない
 くり抜いたのは自分自身だ
 それもごく一部の大馬鹿者共」

※※※
侍が止めようとしているところで、軍人が目にナイフを突き刺していた。
※※※

しおりを一瞥すると、焚き火の近くにある石の椅子に座り、魚を焼こうとする。
侍「……信じないなら信じないでいい」

しおり「んーそっか
 じゃあ信じる!」
しおりは石の椅子に座り直す。

侍「…………」

目を丸くしてしおりを見る侍。
魚を串で刺そうとした手が止まる。

侍「…………」

しおり「ん? どったの?」

侍「信じるのか?」

しおり「うん
 まぁここ数日ムラさんと過ごして
 悪い人じゃないって知ってるし
 もう死んじゃってるしねぇ〜」

侍「はぁ」

侍はため息を吐く。

侍「わからんおなごだ…
 肝が据わっているというか
 切り替えが早いというか…
 今の時代のおなごは皆そうなのか?」

しおり「あはは〜!
 ムラさん、そういう女とかおなごとかいうの
 令和じゃ禁句だよ!
 おじさんっぽい!」

侍「…………まだ30だ」

しおり「でも千年経ってるんでしょ!
 むしろおじいちゃんだよ」

侍「……おじい……ッ!」
ショックを受けたように固まる侍に気にせずしおりは聞く。

しおり「ねえねえ!
 ムラさんはあの蛇殺したらどうするの?」

侍「知らん」
しおり「えぇー」

侍「……ただこのまま留まり続けるのも気持ちが悪い
 この川を渡り虫でも猫でも
 仏の言う通り転生するつもりだ」

少しつまらなさそうにするしおり。
しおり「そっか
 そしたらもう会えなくなっちゃうね……」

侍はそんなしおりを見る。
侍「……しおりはどうなんだ?」

しおり「私?」

侍「川を渡ったらどうするつもりなんだ?」

しおり「あぁ〜……どうしようね?
 何に転生したいかってことだよね?」

しおりは考えるように腕を組む。
しおり(ってか自分で決められるの?)

考えた結果しおりはへらへらと笑いながら、
しおり「私も神様の言う通りにしようかなぁ?」

侍「……未練はないのか?」

しおり「未練?」

しおりは笑いながらブンブン手を振る。

しおり「ないない!
 そんなのあるわけないじゃん!」

侍「そうか? 珍しいな」

しおり「そう?」

侍「しおりくらいの若さなら
 一つや二つあると思うのだが
 夢や目標と言い直しても良いが……」

しおり「んーでも私
 諦めちゃったし」
困ったように苦笑いするしおり。

侍は頭に「?」を浮かべる。
しおりは足を伸ばして空を見上げる。
しおり「私、アイドルになりたかったんだよね」

侍「………………あいどるとは?」

しおり「んーと、こんな感じの」
しおりはアイドルがライブするのを思い浮かべて空を指差す。

侍「猿楽のようなものか?」

しおり「? さる?
 あ、能楽のこと?
 ん~……まぁちょっと違うけどそんな感じ」

侍「その猿楽――」

しおり「アイドルね」

侍「……あいどるをなぜ?」

しおり「才能ないからね〜」

侍「…………」

しおり「アイドルって全部出来なきゃなんだ
 歌も踊りも演技も
 練習もいっぱいしなきゃだし
 競争も激しいのにいつも笑顔でいなきゃだし
 パフォーマンスは揃えなきゃなのに
 個性は出さないといけないし
 もう大変! 超ブラック!
 忙しくて死んじゃいそうなんだって
 だから応募する前に諦めちゃった」

侍「応募? ……志願するということか?」

しおり「そうそう」

侍「本気ではなかったのか?」

しおり「仕方ないじゃん
 アイドルって競争率すごいんだよ
 クラスの子にも私には向いてないって」

侍「……本当に諦めたのか?」

しおり「………………うん
 生まれ変わっても目指さないかなぁ
 だから何でもいいや
 それこそ猫なんて良いよね~自由気ままだし」

侍「そうか……」

少し目を閉じ考える侍。
やがて目を開けるとしおりを真っ直ぐ見る。

侍「しおりには悪いが
 拙者には未練があるように見えるのだが」

しおり「…………」

しおりは図星を突かれたような顔をしてドキリとする。
言い返そうとして、川がブクブクと泡を立て始める。

大蛇「シャアァァァア!!」
大蛇が川から頭を出し、しおり達を睨んだ。


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