普通の人になりたい#02

そのアプリを開いた。いや開いてしまった。

友達リクエスト?なんだこれ。
相手の性別も分からない。

性差がどうってわけじゃないけど。

とりあえず承認してみた。
なんだこのアプリ、フォレストポリス??

直訳で多分、警察の森?森の街?なんだろうこれ。

携帯をスリープにしてスタジオに向かう。

ただ時間を潰したくて楽器を流し見しに下北沢に来ていただけだった。

まあこの近くに頻繁に利用しているスタジオがあるからというのも大きな理由のひとつだ。
<please noise>と看板があるビルに入る。

三階建てで、一階が楽器屋、二階がスタジオ、三階がレコーディングスタジオという構造になっている。
純然たる音楽の為の建物だ。初めて来た時は
アドレナリンで脳内が支配されてしまい、よく覚えていない。
周りの目なんて気にも留めずに一人祭りだった。
それからというもの楽器の購入にせよ、スタ練にせよ、ここしか利用していない。

そして僕は、僕たちはMoon Raverというバンドを
組んでいて、いつも二階のエントランスの喫煙ブースで先に待っているドラムの刻音(トキオ)、刻音とほぼ同刻に来てスタジオで先に声だしをしてるギターボーカルの心羅(シンラ)、でいつも遅れてくる僕、ベースコーラスの奏真(ソウマ)の3ピースバンドだ。

僕たちは小学生からの馴染みで12歳からそれぞれ
図らずにして楽器を始めた。運命とでも呼ぶべきか
分からないけど、バンドが組める体制になっていたので中学に上がる頃には自然と三人で音を鳴らした。

音楽馬鹿としか言いようのない集合体だった。
気がつくとオリジナル曲を持ち合うようになり、そのためのMTRやDTMなどは三人でお金を工面して
必要機材も増えていった。

齢15にしてレーベルも立ち上げた。
僕たちには音楽しかなかった。
それ以外のことをして生きていくなら
死んだほうがマシだ。と全員が思っていた。

音楽をやっているせいか、女の子から声をかけられることも、しばしばあった。だけど、誰一人として
見向きもしなかった。構っている時間なんてない、
例え好意を僕らが抱いていたとしても、構えずに寂しくさせて、泣かせるだけだと分かり切っていたからだと思う。

僕らは自分たちを世に売り込む方法やファンの獲得方法などを常々、話し合っていた。高校も同じだったので、共有する時間はほぼ24時間、毎日在った。
フライヤーを作り、置いてもらえる店を片っ端から探し歩いた。オリジナルCDも無料配布した。
オリジナルグッズも製作した。ステッカー、缶バッジ、リストバンド、ハンドタオル、キャップ、ポスター、Tシャツ、などなど。
その全てのグッズも500円という価格設定にした。
はっきり言って赤字である。

でも僕たちはそれでよかった。
聴いてもらえない音には何の価値もない。
この赤がいつか大きな黒を生む。そう信じていた。

結果、それは正しかった。誰がやってもそうなるわけでは無いかもしれない。
でも僕たちの場合は正しかった。

自社レーベルから出した3曲入りの1stシングル
「愛なんて」が口コミが口コミを呼ぶ連鎖でミリオン手前のセールスを記録した。
僕たちはライブを重ね続けてCDの販売はしなかった。まだだ、まだだ、と熱が帯びるのを待ち続けた。

トキオの掛け声で発売を発表した。
ビートに関して一番タイトなのはドラムである。
だからその時を待った。
ファンも今か今かと待ってくれていた。

そしてその噂を聞いたメジャーから声がかかった。
話だけでも聞いてみるかとあちこちに顔をだした。
自分たちでやっていれば収入は100%入る。
だけど音楽活動を広く展開していくには
多くのスタッフが必要になってくる。
人件費の問題はとても重要だ。
その人の生活、家族、一生守りぬけるのか。
僕たちが世間から必要とされなくなったら終わりだ。一発でも当てた僕たちは印税などで生きていけるかも知れない。
じゃあ、マネジャーは?PAは?ローディーは?
もう挙げたらキリがないほどのスタッフの身の保障ができるかどうかが確実ではない。
正直こんなに売れると思っていなかった。
こうなると次の音源の期待値も高くなってしまった。僕たちだけの力ではもう今までのように
音源以外に力を強く注げるか、というときっとどこか手を抜いてしまうかも知れない。
それは言わずもがなファンを裏切ることになる。
それは許されない。自身への冒涜にもなる。

三人で二週間、時間を貰い、出した答えは
メジャーレーベルとパートナーシップを
結ぶことだった。
力を借りながら僕たちは僕たちでここはやりますよ、今度どこそこでワンマンをやるので宣伝広報や
スタッフをお借りさせてください。など、委託できることは頼んで、あとは自分たちでやろうということ。

何より、一番の理由はタイアップなどが
勝手に組まれたり、音楽性の変更を迫られたり、
CD音源をスタジオミュージシャンに委託されたり、楽しむための、自由であるべきの、
だからこそここまでやってきた僕たちの音の崩壊が容易に懸念されたからだ。

それから出した2stシングル「月の声」は
ミリオンを突破した。
流石にここまで来ると三人はラフな格好でコンビニに行くことや、昔みたいにゲーセンで音ゲーに興じたり、なんてことは警察まで動員する騒ぎになったり、週刊誌に撮られたりして、ファンの音から想像する三人のイメージが崩れるので難しくなってきた。
公共交通機関での移動なんかも難しい。

三人でplease noiseに集まってよく話す話題のひとつにそれらが挙がった。
「俺たち普通の人間なのにな。」って。
トキオはショートの金髪の頭をたまに掻く癖があるし、シンラはウルフの赤髪のセットが崩れていないか携帯を鏡にしてチェックする癖がある。
僕だって元々癖毛のロングの黒髪をアイロンで伸ばしたストレートが乱れていないか時折、触って確かめる癖がある。
そうどこにでもいる普通の人間だ。
ただ音楽が好きなだけだ。
なのになんで私生活がこんなに窮屈にならないといけないのか。徒歩30秒のコンビニに行くのにそれなりの服装に着替えて、マスクやハットやサングラスをしなくてはならないのか。
なんで三人で集まってプリクラ撮ったりできないのか。でもワイドショー騒ぎやイメージ崩れでファンが離れたら僕たちの為に動いてくれてる人たちの生活が守れなくなる。

何より、僕たちの音が聴いてもらえなくなる。

三者三様にしてこれはストレスだった。
音源のストックは12歳からやっているから1000曲を越えている。
未レコ含めたらもう自分たちでも分からないくらいある。でも出すタイミングは考えなくてはならない。

今の勢いなら出せば出すだけ売れるのかもしれない。

でも僕たちはもうすでに誰かがなれない誰かになっていて、恵まれた悩みなのかもしれないけど、普通の人間になりたい、世から普通の人として扱って欲しい。そう望んでしまっていた。

「引退する?」そうトキオが口にした。

「お前、それ本気で言ってんの?」シンラがアタックを打ち込んだ。

僕たちの間柄においてこんな空気になったことは一度もなかった。
僕は静観しようと決めて
テーラードジャケットの内ポケットから
携帯を取り出す。
フォレストポリスが気になっていたから
というのもある。

さっき友達になった人からメッセージがきていた。

「リク返ありがとうございます。いまだにこのアプリに現役ユーザーがいるなんて思ってなかったので、驚きです。どこで何してる人ですか?僕は東京で高校生してます。高2です。進路とかすごい悩んでます。これといってやりたいことがなくて。あ、話しすぎましたね。普段話す人とかいなくて。お返事待ってますね。」

おいおい、名前くらい名乗れよ、、、。と一人、心中でツッこむ。

その間にトキオとシンラは二人でつかみ合いの殴り合いまで発展していた。これはたまにあることなので見慣れている。そっとしておくことにする。

「こちらこそ、」と打ちかけたところで考えた。英語で返せば海外の人間と思われてなんとなくで終わったり、僕を一人の人間として見てくれるのではないかと。ただ問題なのは園児レベルの英語力だということ。仕方ない、ここは世界一難しいと言われている言語で勝負することに決めた。

「どうも。僕もこのアプリ落とした記憶もなくてよく分からずに通知を押してしまって開いたんです。同じく都内で19歳です。音楽が好きで音楽スタジオでアルバイトしてます。」

嘯いたっていいよな。

どうせ会うこともないだろうし。

世間に僕がこれだけ顔バレ身バレしてて
向こうが都内住みならきっと知ってるだろうし。

ただここだけでも、この人だけでもいいから、普通の人として扱って欲しかった。

ただそれだけだった。怒号が鳴り響くスタジオでそんなことを考えていた。

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