30代のお酒の嗜み、バー文化とそこにある音楽。

30代というとちょっと違って、厳密には会社を初めて休職していた29の頃に、生まれて初めてオーセンティックなバーで飲むことになる。場所は銀座3丁目。スーツなどをよく買っていたシップスの隣にあったスタンディングバーが気になっていた。スタンディングだが、お店の作りは、全面ガラス張りという特徴があり、とても間口が狭いお店だが、どこかオーセンティックな雰囲気を漂わせていて、バーの作法も知らないが、いつか勇気を出してドアを開けてみようと思っていた。
1999年の夏に近い日だったか、その時はシップスに寄ったかは忘れてしまったが、財布に1万円入っていたし、ビールだけなら高くはつかないだろうと、今日こそはと誰も立っていないドアの扉の前に立ち、思い重厚なドアを開けて店内に入った。
対応してくれたバーテンダーは、バーの正装というか、白いシャツに黒い蝶ネクタイ、黒い前掛けという服装で、やはり、ただのカジュアルバーとは違う雰囲気だった。若い男性(自分と同い年くらいかもう少し若い感じの方)に「ビールを下さい」というと、何の銘柄かはもうすっかり忘れてしまったが、グラスに綺麗に注いだ美味しそうなビールが出てきた。値段が書いてない店内というか、メニューがそもそもない。ビールがいくらか聞いたのだろうか、とりあえずお金は足りるだろうと踏んで、聞かなかったのかも知れない。少し緊張していて忘れてしまった。その時接客してくれたバーテンダーは、岩本さんという名前だった。そう、名刺を頂いたのだ。自分も当時務めていた会社の名刺を持っていたので、名刺交換したのだろう。バーではバーテンダーが名刺を渡すというのも、ひとつ特徴的な世界だな、と思ったものだ。
岩本さんとは、どういう話をしたかは、すっかり忘れてしまったが、温厚そうな優しそうな風貌で、他の常連さんから、「ガンちゃん」という愛称で、とても親しまれていることをのちに知る。
とりあえず、注がれたビールを飲んで涼を取っていると、隣の男性が話しかけてきた。どうやら常連さんのようで、何をきっかけで話始めたのかは忘れてしまったのだが、バーでは、特に隣の客と密接な距離のスタンディングバーでは、自然と会話が生まれる世界ということも後々よく知ることになる。隣の男性はすごくいいスーツを着ているという風でもなかったか、少し小柄で、でも温厚そうな方だった。何かのきっかけで名刺交換をして驚いた。銀座の、しかも晴海通り沿いの大きなビルのオーナーだったのだ。今まで、会社の人たち、地元の人たちと飲むのとは違って、これまでの人生で全く出会う可能性がなかったタイプの人たちと隣り合わせで飲めるという世界も、それは、色々な人が集まる銀座という要素も大きかったのだろうが、オーセンティックなバーならではの世界だと思い知った。
バーデビューの日、最初は少し緊張したが、扉を開けた中の世界はそんなに堅苦しい感じではなく、そう、バックカウンターに沢山の種類のお酒、それが、ウィスキーなのかそれ以外は何の種類のお酒なのか、ビール、ワイン、ウィスキーのくくりくらいでしかお酒のことを知らない自分には、全く想像がつかない世界だが、それも、後にバーテンダーや、隣り合わせたお客さんに色々教えて頂き、少しだけだが覚えていくことになった。
とりあえず、バーは、まあ、バーによっても色々という話もなくではないが、怖いところではない、慣れれば、マナーをきちんと知れば、美味しいお酒をゆっくり楽しめるということも知れて、バーデビューの日を終えた。
次の週か、休職中の身ではあったが、平日ではなく、また翌週の週末だったと思うのだが、間をそんなにあけず銀座のスタンディングバーに飲みに行った。その時に接客してくれた方がスキンヘッドで少し雰囲気のある方で、バーの店長だった。最初にどういう話をしたか、まったく覚えていない。会社を休職中ということを、初回も、2回目も伝えたが、誰もそれをとがめたり責めたりしなかった。たぶん、それもバーの嗜み方なのだろうが、人には色々事情があって、それを変に詮索しないというのも飲み方のマナーのひとつなのだろうと、今、振り返って感じている。
その時は、たぶん、かろうじて知っていたカクテル、ジントニックを頼んだのかも知れない。違ったかも知れないが、最初期のバー通いでは、基本、ビール、ジントニック、たまに白ワインを頼むだけだった。
店長は神谷さんという人だった。とても狭いカウンターのバーに、ギリギリ置いたという感じのターンテーブルがあり、スピーカーも小柄だが、いい音を聴くのに相応の物が取り付けられていて、音楽がとても好きなのだろうということを感じた記憶がある。のちに、この方から、洋楽、ジャズの世界をほとんど知らなかった自分に、本物をというと大げさかも知れないが色々教わることになる。
神谷さんからか岩本さんからかは忘れてしまったが、好きなジントニックのジンというお酒の種類も、最初の頃はお酒を覚えるというテーマの入門編になっていた。ボンベイサファイア、ゴードン、ビーフィーター、タンカレーetc.その飲み口の違いが、今でも残念ながらよく分からないが、このバーでは、(バーの名前は MODと言う、これもきちんと理由があるのだが)ただジントニックを下さいと言うと、ゴードンで作られたものが出てきたと記憶している。その理由も今なら伺えそうだが、その時は、美味しいジントニックを初めて飲んだという記憶しかない。ただ、カジュアルなカフェで出てくるジントニックとは違う、オーセンティックなバーでのジントニックという嗜み方は知れてよかったという、30代のお酒の嗜みのひとつのエピソードをここで記しておけたのかも知れない。

この連載は「another LIFE」と称して、手帳を元に書き起こしたマガジンの基本、無料の記事ですが、もし読んでくださった方が興味があり、面白かったと感じてくださったならば、投げ銭を頂けると幸いです。長期連載となりますが、よろしくお願いいたします。

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