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気にしているというのは大切だと思った話

 ※目安:約2800文字

「チャンスをつかむ」という言葉があります
同時に「チャンスというのはそこら中に転がっている」
という人もいます
「チャンスの神様には前髪しかない」
という面白いたとえ話も聞いたことがあります

いずれにしても、本人に「つかむ」気がないと
チャンスには気づけないという話なのですが

1.自分を変えたいと思う気持ち

今の自分に満足してなくて
「自分を変えたい」
「もっと違う生き方があるはずだ」
などと言うことがあります

実際、今に満足していないのだろうと思うし
自分自身もそう思う場面や時期がありました

じゃぁ、どうしたら満足するのか?
それがわかれば対策は取りやすいですね

けど、現実にはそれがすぐには明確に分からず
「自分探し」をしたり
「導いてくれる人」を探したり
そういう行動を取りがちな場面が多いように感じます
また、導いてくれそうな人が今はたくさん発信してくれています

一時的にはそれも悪くないと思うのですが
最終的にはやはり自分で決断するしかなくて
そのためには自分を正しく知ることが有効なのではと
やっぱり最終的には思うのです

まず自分自身と向き合わないと何も始まらないというか
そんな感じです

2.とんとん拍子にチャンスが舞い込むとか

たぶん、このようなこと↑はないです
とんとん拍子と感じる以前には
おそらくそのための準備なり努力なり
周囲に種をまいていたり

例え本人は努力と思わないようなことでも
最終的に「とんとん拍子」に繋がる
何かの行動をしていたに違いないと思っているからです

結果に繋がる行動ができるのは
頭の片隅で「常に気にしている」からだと思っていて
自分の心の声と向き合う意識があるからこそ
なせる業だと思っています

なんとなくイメージがあるだけで
ぼんやりと思い浮かべる理想像に
繋がるような行動は特にしなかったけど
周囲からある日突然見出されて
良い話に流されるまま乗せられていたら
今、満足した自分になって幸せです
と言う人に、少なくとも自分は会ったことがないです

なので、もしかしたら
ごくごくヒトツマミの確率でそういう事があったとしても
このようなことは幻で、ほぼありえないのだと考えています

3.その「期待」は本当に必要か

成功者の方法論や
目標を持って生きる事のすばらしさなど
これらを説く媒体にあちこちで触れる機会があるので
何か素晴らしい理想を抱いて
それに向かって成功をおさめるのが
良い生き方のように錯覚しがちだけど

夢みたいな人生を描くことなんて本当に必要なのだろうか

と、ある時思ったのです
これは「自分を変えたい」と思っていた自分自身の思考を
根底からひっくりかえす意識でもあったけれど
その一言が頭の中に浮かんだ時
とても楽になったのを覚えています

自分を正しく知る事は
自分の性質や個性を知ることと同時に
自分の心の声とも向き合うことだと思うので
それができた瞬間だったのかもしれないですね

変化した後の自分に満足感を求めるのは
自身で課す理想像に変化する自分へ過度に期待することでもあって
それが負担になるのであれば
そもそもその期待は必要ないのかもしれない
もっと自然体な地続きの日々を積み重ねたって
いいのではないかなぁ、ということです

4.迷いながら手にした経験は無駄ではない

自分を変えたいと思っていた頃
自己啓発本を読んだり勉強会に通ったり
少しだけどそういうことをしていました
多種多様な講習や勉強会に通う人には遠く及ばないけど
少しだけしていました

多くは自分でビジネスを始めたり
自分自身を知識や行動で鍛えて成功を導く
そうしたマインドや行動力を整えたりするもので
今の自分の生活とは直接関係がないようにも思われるけど
そうして迷っていた時期に吸収した知識や考え方も
決して無駄にはなっていないと思っています

だから今、迷いながらいろいろ吸収している人は
無理に最短ルートで人より少しでも早く成功しようと
自分自身に過度な負担をかけずに
着実に前進しながら自分とも向き合って心の声を聴いてみてほしいな

そうしながら
なんでも経験してみてほしいな
などと勝手に思っています

たぶんですが、それが個々のペースなんだと思います
ペースは周囲と競い合う部分ではないはずです
人にとって遠回りだったとしても
あなたにとっては最善ルートだった
そんなことが多々あるはずです
その逆だってあるかもしれない

5.なんでこんな話をしたか

実は今、3月締切の応募作品を書いているのですが
それとは別にずっと書きたかったものがあって
でもどうしたらエンタメ作品として成立するんだろうと
正解が分からないから、とりあえず寝かせておいたんです

寝かせていても、まぁ気にはしているので
ある日通勤電車の中で書き始めてしまったんですよ
(スマホとPCで同期できる執筆アプリを使っています)
成立するとかしないとか、特に結論も出さず

1万文字くらいかけたところで
「これは強いて言えば何に属するのか」
とジャンルを当てに行ったら
たぶんだけど、純文学でした

こんなの書けて凄いなぁと思って読んでいた
純文学系の本の数々を思い出し
今までエンタメ作品として成立できるかどうか悩んでいた問題に
終止符が打たれた時です

理想や目標を掲げてそこに向かえればいいのだけど
そればかりでない場合もあるのだということ
自然体な地続きの日々を積み重ねたらできていた場所
そこがゴールでもいいということです

今までだったら
「純文学なんて絶対書けない! 無理! 難しい!」
なんて言って、やってみる前に拒絶していたと思うんですけど
書きたいテーマを
落としどころを探しながらずっと気にし続けていたら
出力する手段としてのジャンルが純文学っぽかったわけです

だから、新しい挑戦をするチャンスだということで
自分なりにもう少し純文学を研究して完成させようと思います

そこで、せっかく書くのだからと
純文学系の新人賞を探したら
今書いている小説のカラーが合いそうな新人賞を
発見することができましたので
そちらへの応募を目指して整えていきたいと思います

純文学系の主要な新人賞の名前は知っていましたが
傾向まで調べたのは初めてだったので
いろいろ勉強になりました
「純文学」という世界への挑戦は唐突でしたが
それでもこの挑戦をチャンスと呼んでいいのであれば
自分の日常と地続きの積み重ねで「つかんだ」ものです

ついでに言うとするならば
「書く」という表現方法に戻ってきた経緯だって
きっと周囲から見たらものすごい遠回りです
でも自分としてはその間の経験が
その時々では零れ落ちていったけれど
今となっては全部役立っていると思うのです

と言うわけでですね
3月締切の応募作を2つ書くことになりました
(3末締切の賞って多いですね)
小説の雰囲気が全然違うということもあって
なかなか楽しく書いています

並行して書き続けていたとしても
雰囲気がガラリと変わるので
お互いがお互いの気分転換になっていて
ずっと書いていられる感じすらします(笑)

結果は「他者からの評価」なので自分が関与できない部分ですが
発送するところまでは出来る限りのことをして
悔いのないようにがんばろうと思います!

ひさびさ長文でしたが
最後まで読んでいただきありがとう
ではではまたまた

梅本 龍

最後まで読んでいただきありがとうございます!