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no.4/日向荘流、夏休みの過ごし方【日向荘シリーズ】(日常覗き見癒し系短編小説)

※目安:約4000文字

【築48年昭和アパート『日向荘』住人紹介】
101号室:ござる(河上翔/24歳)ヒーロー好きで物静かなフリーター
102号室:102(上田中真/24歳)特徴の薄い主人公
103号室:たくあん(鳥海拓人/26歳)ネット中心で活動するクリエイター
201号室:メガネ(大井崇/26歳)武士のような趣の公務員
202号室:キツネ(金森友太/23歳)アフィリエイト×フリーターの複業男子
203号室:(かつて拓人が住んでいたが床が抜けたため)現在封鎖中

 「今日からはいっちゃんかよ……」

 103号室。土日でも夜でもなく、8月11日。祝日ではあるけど午前十時過ぎ。今日からバイト先が夏休みに入ったので、暇だからネットをフラフラしようかなと思ってたくちゃんの部屋に来たのだ。

「ネットだけなら、いっちゃんの部屋からでも傍受できるんじゃないの?」

 傍受って……

「できないことはないけど、多分アレがさ、結構障壁なんだよね」

 そう言って、左手で102号室と103号室の境となる分厚い壁――押入れ――を指す。

「ここ、何が入ってるの?」

 布団は、万年床なのに。

「本棚とかに、まぁ色々収納しきれない奴らだよ」
「ふぅん」
「っていうか、傍受できないことはないって、やってみたことあるんだ……」
「やっぱり、いちいちここに来るのはアレかなと思って、もし接続できたらたくちゃんに言おうかなってね。でも安定しなくてさ」
「まぁいいけど」
「押入れを塞いでるコレも、まあまあ障壁ではあると思うよ」

 押入れの手前には、スチール製のキャスター式キャビネットが二台。

「1DKの自宅が作業場だと、こうなるんだよ。しょうがねーだろ」

 そう言ってゲーミングチェアに座ったまま、ダイニングテーブルからパソコンデスクの方へくるりと向きを変えた。

 コン、コココンコン、コンコン
 ガチャ、ギィ……バタン

「こんにちはッス」
「は? 今度はキツネかよ!」
「あ、どうぞお構いなく! 今日はPC持ってきたんで、こいつを接続させてもらっていいですか?」
「勝手にしろよ」
「あれ、キツネくん、今日はここで作業するの?」
「ここ涼しいんで。エネルギーの共有。エコッスよ」

 キツネくんは本格的なヘッドホンと電源コードを乗せたノートパソコンをダイニングテーブルへそっと置いた。たくちゃんとキツネくんはクリエイター仲間だ。たくちゃんは小説や漫画を書いて個人販売。キツネくんは作曲をしてフリー音源として自分のサイトで発信し、そのサイトでアフィリエイト収入を得ている。

「この時期二階は暑いんスよね。エアコンの室外機もあったまっちゃってなかなか部屋が冷えないし」
「あぁ確かに。うちでも昼間は若干効きが悪いかも」
「102さんの部屋でもそうなら、202はもっとッスよ!」
「そっか、それはご愁傷さま」
「たくあんさんの部屋は、いい感じに隣の建物が室外機に陰作ってくれてるんで、良いッスよね」

 俺たち日向荘の住人は、ある出来事をきっかけに103号室にたむろするようになり、夕飯を共にしたり、洗濯も一緒に回したり、ある種のシェアハウスのような、妙な日々を送っている。103号室の家主はたくちゃん。たくあん名義でネット上で活躍するクリエイターだからなのか、ネット環境にはこだわりがあって、その快適なネット環境が魅力的。住人は何かしら食べ物とか日用品なんかを貢ぎ、その代わりたくちゃんが契約するネット回線へのWi-Fi接続権を取得している。

「102さんは夏休みッスか?」
「うん。今日から5日間。会社が全面休暇なんだよね」
「山の日ってありがたいッスよね」
「ん? そう、なのかな」
「山の日制定の裏話知ってます?」
「裏話?」
「本当は12日になるかも知れなかったって話ッス!」
「いや、知らないけど」
「7月の海の日に対して、8月に山の日を作るにあたって、本当は13日からのお盆休みと繋げようとしたらしいんスよ」
「え? 繋げたらよかったのに」
「それが昔、8月12日に大きな山の事故があったから、祝日としては自粛する流れになったんだそうです」
「あーそっか、事故。それは祝日にしちゃダメだね」
「ですよねー。それで11日になったみたいッスよ。どこまで本当か知らんけど」
「16日じゃダメだったのかな」
「あ、確かにそうっすね。なんで繋げなかったんだろう?」
「でもー」

 ギィとゲーミングチェアが軋んで、たくちゃんが大きく伸びをする。

「無理してそんなの作んなくったって、俺的には祝日とか関係ないんだけどな。一応毎日作業してるし」
「そうッスよね! いいなぁ、個人事業主。僕も早くバイト辞めれるようになりたいッス」
「ならちゃんと作戦立てろよー」

 2人はすごい。俺にはそういう『自分で食っていく力』がないから。
 たくちゃんはこうやって103号室を開放して、住人がいつでも集まれるようにしてくれているけど、作業時間をきちんと決めて創作活動をしている。結構なペースで新しい作品を発信しているみたいだし、個人販売と言うこともあって告知や販促も全部自分でしている。そこまでできる能力があって、なんでこんなところでたった1人で活動しているのか、不思議になるくらいだ。

「って言うかさ、本来この時間は俺、集中モードなんだけど。ただでさえ散漫型なのにさぁ」
「ですよねー。だから僕も、冷気だけいただいて黙って作業するッスよ」
「あぁ、そうしてよね。昨日まではメガネが入り浸ってたからさ。ガチで今日から気合入れ直さねーと」
「メガネさん? 昼間も来てたんだ。平日なのに」
「なんでも交代で夏休み取るんだと。役所は特に盆休みとかないだろ? だから職員は交代で休み取るんだってさ。ちなみに今日は何か買い物に行くって言ってた」
「それにしても祝日や土日と組み合わせちゃうなんて、エグい休みの取り方しますね。何連休?」
「9連休。アホか!」

 メガネくんは公務員で、日向荘で唯一定職に就いている。料理が得意で、俺たちの夕飯は主にメガネくんが作ってくれている。

「ずっと料理動画見てて、俺に食いたいかっていちいち見せてきやがる。よく飽きねーよな」
「新しいレシピをインプットしてたんスね! これからの夕飯が楽しみじゃないスか!」
「ちょっと集中し掛けたタイミングで話しかけてくるし、もうなんだか作業した気にならないっつーか」
「あ、わかります! 好きな事してると楽しくなっちゃいますよね。いつも冷静なメガネさんでさえ上機嫌になるのも納得です!」
「わかるって、そっちかよ」
「今日は僕もここで作業するつもりですから、迷惑にはならないと思いますよ」
「思いますじゃなくて、なるなよ」

 コンココン
 ガチャ、ギィ

「お邪魔するである……」

バタン

「はぁ? ござるもかよ!」
「まぁまぁたくあんさん、今日は祝日ッスから」

 ござるくんが、ガサゴソとレジ袋の音を立てながら103号室へ入ってくる。

「え? ごめんである。でも、なんだか集まってるみたいな声がしたからお昼を買ってきたのであるが」
「もうそんな時間スか?」
「お! そいつは気が効くな。でかした!」
「ござるくん、ありがとう」



「「「「ごちそーさまー」」」」
「Fマート、なかなか美味いよな」
「ですよね! 僕も結構好きなんスよ」
「それはよかったである」

 ござるくんが見繕って買ってきてくれたお昼ご飯を食べ終わって、麦茶を飲む。夏休みと冷たい麦茶って、なんだか凄くピッタリなイメージで、心なしかウキウキしてしまう。

「さてと、飯も食ったし、やるかーーーっヒャーーーーヒャハハハ! 邪魔すんなよ!」
「僕も今日一曲仕上げるッス!」
「えっと、じゃぁ僕はここでサブスクのヒーロー動画見てていいであるか?」
「静かにしててくれさえすればなんでもいいぜー」
「じゃぁ、俺はこれ片付けて、掃除してる」
「よろしくなー」

 食べ終わった容器と麦茶の入っていたコップを流しへ運ぶ。容器は資源回収できるから一度洗う必要がある。なんだかんだ言って、気づけば俺は年中たくちゃんの部屋の掃除をしている気がする。何をするわけでもなくここで過ごす時間は好きだけど、みんなみたいに自分だけの作業や趣味があるわけでもない。だから結局、散らかりがちなたくちゃんの部屋を、Wi-Fi接続権のお礼という名目で掃除する。……俺の毎日ってなんなんだろう。

 コンコンコンコンコン!

 忙しい音が鳴る。誰だろう。
 ガチャ! バタン!

「ただいまっ」

 いつになくテンションが高めのメガネくんが、買い物から帰ってきた。

「はぁぁっうるせーな。ここに直帰か? 全く、自分の部屋に帰ればいいだろ」
「素晴らしい匠の包丁と砥石のセット、それからいろいろ購入してきたぞ!」
「おお! 調理器具の買い物に行っていたんスね!」
「それからこれ、パエリアを作ろうと思ってな」

 そう言って、メガネくんが取り出したのは直径30センチ近くありそうなパエリア鍋だった。

「は? そんなのフライパンでいいじゃねーか!」
「でもめっちゃ雰囲気出ますって。さすがメガネさん!」
「これはな、少し深目で蓋がついているから、蒸し焼き料理なんかにも使える上、ステンレス製だから扱いも楽なんだ」
「言葉に熱がこもっているである」
「動画で色々調べててな、意外と応用が効くらしい」
「昨日まで散々見てた動画の成果がこれかよ……」
「それから、ここには小皿がなかったからな。五人分の小皿と、これが木製のスプーンだ」
「めっちゃ買ってきてるじゃないッスか!」

 ワイワイと賑やかになり始めた103号室に、一際大きな声が響く。

「てめーーーーらぁぁぁ! 俺は夏休みじゃねーーーーーーっ!」



 一夜明けて土曜日。今日も一日中やる事ない。とりあえず隣の部屋へ行って、あわよくばみんなのおしゃべりでも聞く事にしよう。

ガガッ

「ん? 鍵がかかってる?」

 ドアノブしか目に入っていなかった視界を広げると、扉の高い場所に張り紙がしてある。くそ、たくちゃんの目線と俺の目線の高さの差をまざまざと突きつけられて、ちょっとイラつく。
 仕方ないからその書き殴られた汚い字を読む。……あ。

 【十七時まで入室禁止! 絶っ対に入ってくるな!!】

 ……たくちゃん個人事業主に夏休みなどないと、理解しました。



[『日向荘流、夏休みの過ごし方』 完 ]


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