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no.10/日向荘の猫?【日向荘シリーズ】(日常覗き見癒し系短編小説)

【築48年昭和アパート『日向荘』住人紹介】
101号室:ござる(河上翔/24歳)ヒーロー好きで物静かなフリーター
102号室:102(上田中真/24歳)特徴の薄い主人公。腹の中は饒舌。
103号室:たくあん(鳥海拓人/26歳)ネット中心で活動するクリエイター
201号室:メガネ(大井崇/26歳)武士のような趣の公務員
202号室:キツネ(金森友太/23歳)アフィリエイト×フリーターの複業男子
203号室:(かつて拓人が住んでいたが床が抜けたため)現在封鎖中

※目安:約4000文字

 たまたま帰りが一緒になったござるくんと日向荘に着いたら、他の住人たちが既に立ち話をしていた。その中央には……黒猫?

「ただいまである。みんなで何してるであるか?」
「おー、いっちゃん、ござる、おかえり。ラクさんと遊んでたんだよ」
「あ、ただいま。……ん? ラクさん?」
「この猫の名前だそうだ」

 外階段の横に、スーツ姿のまま佇むメガネくんが教えてくれる。メガネくんも仕事帰りか。

「ラクさんという名前を……つけたであるか?」
「いや、昔俺がそう呼んでたんだよ」

 もうその格好では肌寒いだろうに、夏と変わらぬ半袖とハーフパンツの姿で、たくちゃんはしゃがみ込んでいる。そしてその右手でラクさんと遊んでいる。

「昔? 猫飼ってたの?」
「まさか。俺が動物飼えると思う?」
「……」

 思わない。自分の事だって若干怪しそうだもんな。

「何年か前まではこの辺も地域猫が結構いたみたいッスよ」
「確かに、僕が引っ越してきたばかりの頃はよく見かけたである。白猫とか三毛もいた気がするであるよ」
「そう! その白猫のさ、オッドアイの野良猫いたじゃん? なんか俺、インスピレーションで『ヤマダ君!』って呼んじゃってさ」

 は? なんだそれ。白猫なのに? なんで山田。

「その白猫はオスだったのか?」
「ん? 知らねーけど? でもちゃんとこっち振り返ったぜ」
「テキトウ過ぎである」
「でもさ、そのあと別々だけどこの黒猫と三毛猫が現れてさ、なんとなく流れでラクさんとキクちゃんって呼ぶようになったんだよな。この辺の地域猫だったのかも」

 ヤマダ君とラクさんとキクちゃんって……日曜の演芸番組か?

「そこはシロとかクロとかミケじゃないのであるな」
「たくあんワールドっスよね!」

 いや、落語ワールドだろ。

「で、そのラクさんが久々現れたから、喜んで遊んでいたらしいぞ」

 昔この辺にいた猫と言っても俺は見かけた事ないから、二年ぶりくらいなのだろうか。

「元気そうで良かったよ。なぁラクさん、キクちゃんとヤマダ君は元気か?」

 ラクさんは鳴くでもなく、ただ頭をたくちゃんの右手に擦り付けた。

「めっちゃ懐いてるじゃないッスか、ラクさん」
「よく遊んでたから、俺のこと覚えてんのかな」
「どうだろう。猫は家に懐くというくらいだからな」
「あの時はまだ俺、二階に住んでたから餌付けとかしなかったけど、一階に住んでたら餌とかあげてたかも。二階の床に穴あけて一階に移動するのが決まった時、ラクさんたちが来たら絶対外飼いしよう! ってワクワクしてたのに、全然見なくなっちゃってさ」

 うーん、外飼いはどうなんだろう?

「まぁラクさんとの再会は嬉しいだろうが、外飼いはやめた方がいいぞ」

 メガネくんが「ラクさん」って呼ぶの、なんだかジワる。

「えー、そうなの?」
「ちゃんと保護して家の中で飼うならともかく、外飼いは今の時代無責任行為ともとれるからな」

 さすがメガネくん。公務員らしい潔さのあるダメ出しだ。

「……残念。俺には家の中で飼える自信なんかねーよ。それにアパートじゃな、無理か」
「なら、たまにこうして遊ぶだけに留めるんだな」
「でもここ、小動物の室内飼いOKッスよね」
「そうであるか?」
「僕が物件探してた時は、こういう築の古い物件は、実質OKにしてる所が増えてきたって不動産屋さんが言ってたッス」
「よし! じゃぁキツネが飼ってくれよ! 俺二階に遊びに行くから!」
「えぇーっ嫌ッス。それなりに機材あるし、何かあったら困るじゃないスか。その辺はたくあんさんだってわかってくれるでしょ?」
「あ……あー、まぁそうか、そうだなぁ……ござる?」
「む、無理である! 僕の部屋はコレクションが多いから、要注意である!」
「コレクション? レンジャー系ッスか?」
「そんな感じである……」
「メガネ、さん……は?」
「断る」

 メガネくんは全てが潔いな。気を利かせてさん付けにしたようだけど、全く意味をなさない。

「……いっちゃん……?」

 やっぱり俺にも回ってくるよな。そんな顔をしても無理なものは無理。

「俺は、自分のことで精一杯だから、ごめん無理」
「ほらぁ、102さんを困らせちゃだめッスよ」
「だよなぁ、仕方ないかぁ。残念だけど」
「それに、今なぜラクさんがここに来たのかはわからないが、そもそも数年間別のところで暮らしていたわけだろう? 今ここで勝手に保護することが、ラクさんにとって良い事なのかどうかはわからん」
「確かに、である」
「んー、そうだよなぁ〜……。じゃぁせめて、ラクさんの気が済んでいなくなるまで、今日はここで遊んでていい?」
「構わないが、どちらにしても夕飯ができたらちゃんとサヨナラしろよ」
「夕飯までかぁ、わかった」

 そういうと、メガネくんは二階に上がって部屋に入ってしまった。おそらく着替えてから再び降りてきて、103号室で夕飯の準備を始めるのだろう。本当にこの二人は同じ歳なのだろうか。親子くらいのギャップを感じるのは俺だけか?

「あ」

 ござるくんは何かを思い出したように小さな声をあげると101号室へ向かっていった。

「たくあん氏、ちょっと待ってるである。見つかったらあとで持って行くである」
「ん? 何を?」

 たくちゃんが首を傾げている間にござるくんは部屋に入ってしまった。

「僕も一度部屋に戻ってくるッス!」

 キツネくんも外階段をカンカンと駆け上がって行った。
 103号室の前に残されて、急に風の冷たさを感じる。11月にもなると、寒さが安定してくる。いよいよ秋も終わりか。

「たくちゃん、もう寒くない? 何か上に着るもの持ってきなよ」
「えぇ、中に戻ってる間にラクさんいなくなっちゃったら嫌だし」
「じゃぁ俺が取ってくる。さすがに11月だし、夕方は急に寒くなるぞ」
「いいの? ありがと、よろしくー」

 103号室に入ってたくちゃんの上着を探す。紙や本は多いのに、衣服は本当にないな。上着、というか服。いつもどこにしまってるんだよ。そうやって探していたら、玄関の扉がガチャリと開いた。

「あれ? もういいの?」

 それとも本格的に寒くなったとか?

「ラクさん、行っちゃったからさ……帰ってきた」

 あ、なるほど。そんなにしょんぼりして。本人曰く無自覚でダダ漏れてしまうという感情が可哀想なくらいだ。

「……そっか。残念だったけど、久しぶりに会えてよかったな」
「……うん」
「ん。じゃぁ、俺も一度部屋に戻ってくる」
「またあとでね」

 自分の部屋に戻って、無自覚までもあんなに素直にしょんぼりするたくちゃんを、正直少しだけ羨ましく感じていた。俺は、仮に本当に寂しくて泣きたいような気持ちだったとしても、それを自覚していたとしてもあんなふうにできない。ずいぶん暗くなってきた窓の外をぼんやりと見ながら、リュックをおろした。

 まもなく外階段のカンカンする音が足早に聞こえてきたかと思うと、隣の部屋の扉を勢いよく開ける音がした。

「たくあんさーん!」

間髪入れずにキツネくんの元気な声が聞こえてきて、まもなくござるくんが扉をノックする音が聞こえる。一番先に部屋へ戻ったはずのメガネくんが外階段を降りてくる音も続く。いつも通り、にぎやかな声や物音が隣から聞こえてきたから、俺もいつも通り合流しに103号室へ向かった。

「102さん! ちょうどいいところに来た!」
「ほら、みんなちゃんと石鹸で手を洗えよ」
「これはなかなかに、なかなかである」
「おおおお、スッゲーッヒャーーーーー!」

 ついさっき、少し心配になる程しょんぼりしていたたくちゃんは、すっかりいつものテンションで奇声を上げている。何があったんだ?
たくちゃんのキラキラとした視線の先に、何かが置かれている。

「ん? これは?」

 ダイニングテーブルに三つ並んだ小さな人形。
 ……質感や大きさは絶妙に揃っていないが、全部猫だ。

「前にカプセルトイで白猫を引いたのを思い出したから、たくあん氏にあげようと思って連れてきたである。オッドアイではないけど、ヤマダくんの代わりである」
「僕も、確か三毛猫のマスコット人形あるなぁと思って押入れ探したらいたんで、連れてきたッス! キクちゃんだと思ってください。たくあんさんにあげます!」
「偶然ながら、唯一家にあった猫の人形が黒猫でな。さっきラクさんを見ていたら思い出したから探してきた。人形というよりは置物のようなものだが、拓人にやろう」
「みんな、いいやつだったんだな」
「今更何を」
「よし! 机の上に並べようっと!」
「……これは、すごいな。ごめん、俺は何もないけど」
「いいんだよ、いっちゃんは最後まで一緒にいてくれたじゃん?」
「一緒にっていうか」
「いっちゃんのおかげでラクさんの気が済むまで遊べたんだし!」

 いや、でも結局上着見つからなかったし。

「ね、こうやって並べると可愛いッスよね!」
「な! 作業も捗りそうだぜ!」
「……それにしてもだ、ネーミングについてもう少しなんとかならないのか」
「えー? なんでだよー」
「ラクさん、キクちゃん、ヤマダくん。これじゃぁまるで落語トリオっすよ!」
「ヤマダくんは違うだろ、ビミョウに!」

 うーん、そこは正直どうでもいいけど、この猫たちを見るたびに日曜日の演芸大喜利番組テーマ曲が脳内再生されそう。まぁ、そのうち慣れるか。



[『日向荘の猫?』完]

(概念)↓

カプセルトイとマスコットぬいと置物

※次回は11月17日(金)20:00頃更新予定です!

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