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欲しかったのは、愛だった

「今何してんの?」
「家に帰ってる」
「ふーん」
「どうしたの?」
「今から会えないかなと思って」

深夜0時、ベッドで眠りにつこうとしたときのことだった。彼からの連絡はいつも唐突である。きっとお酒でも飲んだんだろう。普段は自分から連絡してこないくせにお酒を飲んだときだけ連絡してくる。

私たちは友達以上、恋人未満の関係だ。もしも好きだと彼に伝えようものならすぐにでも終わってしまうような関係性。私は彼に好意を寄せていて、彼はそれに気づいていないふりをしている。他人の弱い部分に漬け込んで、うまく利用するような酷い男なのだけれど、どうも嫌いになれない。

小山内は大学生だった。小山内との出会いは合コンだ。社会人しかいないと聞かされていた合コンになぜか大学生の彼がいた。長髪パーマで、人を寄せ付けない表情をしているけれど、とても優しいやつである。彼は小動物が好きなやつだ。小動物好きに悪い奴はいない、と、相場で決まっている。

以前、家の下で捨てられていた子猫を家に招き入れたと言っていた。彼の家に行ったことがないから、本当かどうかは知らないし、正直そんなことはどうだっていい。

社会人の私が学生に都合よく振り回されている。年上ならまだしも年下に振り回されるなんて実に滑稽だ。彼からの誘いを断れない私は、彼に綺麗な私を見せるためにどんなときも外にいるふりをする。たとえすっぴんだったとしても、綺麗に化粧をして、彼に会いに行く。

いつも行き先は決まっている。ラブホテルだ。それ以外に2人が会う場所はない。行為をして、朝になったら解散、彼に恋人がいたときも、私に恋人がいたときも、それだけの関係を1年間も続けてきた。

タクシー配車アプリを使って、家の下にタクシーを呼ぶ。だいたい20分ぐらいで待ち合わせ場所に着く。

「行き先は?」
「桜ノ宮駅で」
「こんな時間に桜ノ宮駅に行くってことは……」
「余計な詮索はなしですよ」
「いやー、すいませんね」

車内に気まずい雰囲気が流れる。無言のままでタクシーは桜ノ宮駅へと向かう。人通りが減った街では、タクシーやトラックばかりが流れる。車の音以外は静かな街はなぜか落ち着く。

「ごめん、待った?」
「今来たところだよ」
「そっか。ならよかった。じゃあ行こっか」

小山内は酷く酔っ払っていて、うまく呂律が回っていない。大きな体を横に揺らし、顔も真っ赤である。そんな彼の手を引きながら夜の街へ繰り出す。ラブホテルは上のネオンが消えているところは満室だと誰かに聞いた。そのため彼はいつも上を見ながら歩く。そして、上を見上げる彼の横顔を私はいつも見つめている。

「金晩だからなかなか空いてるところないね」
「家に来る?とか誘ってみればいいやん」
「いやー、家は汚くて人を呼べる状態じゃないんだよね」

小山内は私を絶対に家に招き入れない。彼が頑なに断る理由は、家を知られた瞬間に、切っても切れない関係になることを危惧しているのだろう。彼の予想は当たっている。私が彼の家を知った途端に、予定があるふりをして、彼に会いに行ってしまうだろう。

小山内とは運命ではないけれど、体の相性がいいとか、誕生日が1日違いとか、昔住んでいた場所が一緒だったとか、切っても切れない糸で繋がれているんじゃないかと思う。

ようやく空いているホテルを見つけ、1階のモニターを押して、部屋へと向かう。エレベーターの中で彼は私を抱き寄せて、キスをした。こんなところでやめなよと断っても、彼は絶対にやめてくれない。部屋に着いた瞬間に、シャワーも浴びずに、彼は服を脱ぎ出した。そして、私をベッドに押し倒して、私の服を脱がせた。

「そのネックレスどうしたん?」
「あ。これ彼氏に買ってもらってん」
「ふーん、彼氏さんセンスいいね」

これはずっと私が欲しがっていたネックレスで、褒められたいのは彼氏ではなく、私自身のセンスである。彼は私のセンスになど興味がない。興味があるのは私の体で、その事実を私も十分に受け入れている。それでも彼に褒めらたいと願っている醜い自分がどこかに存在しているのだ。

事後、彼が下着だけ身につけて、ソファの上でタバコをふかす。輪っかを作りたいみたいけれど、なかなかうまくいかない。必死になっている姿に思わず笑みが溢れる。

「お風呂入るけど、どうする?」
「うーん、私はパス。明日の朝に入るよ」
「そっか」

火がついたタバコを灰皿にぐりぐりと押し付けて、彼はお風呂へと向かう。私は布団を雑に被って、そのまま眠りについた。朝、目が覚めると、テーブルの上に1万円札が置かれていた。これはきっと彼なりの誠意なのだろう。周りを見渡しても、彼の姿はどこにもなかった。

「大学生からお金なんてもらえないよ」

私が欲しいのはお金じゃなくて、彼からの愛だった。

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