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ある夜の日のこと

新卒で会社に入ったあの頃、3個上の先輩がいた。話も上手く誰からも好かれるそんなタイプ。異性からも大人気だったけど、私はそんな先輩に興味すらなかった。

先輩は私の教育担当。仕事について手取り足取り教えてもらっていた。ミスをするたびに、「最初だから仕方ない」と私を慰める先輩。ミスをした理由、改善策、仕事にまつわるあらゆることを先輩から私は学んだ。

いつも的確なアドバイスをくれる先輩を見ても、私はただの先輩としか思えなかった。

金晩に開催される仕事の反省会。煙草をふかしながら、私の話をいつも真剣に聞いてくれたり、なんの身にもならない世間話をしていた。くだらない話になると、話が止まらなくなり、その無邪気さがおそらく人気の秘訣だったんだろう。

たまに聞かされる先輩の身の上話。仕事のことや将来のこと。未来を見据えた話ばかりで、愚痴なんてひとつも出てこない。悟りを開いているのかなって疑うほどだった。

先輩の話を聞くたびに、お調子者だということ。とにかく前向きなことが伝わってきた。かくいう私も前向きなお調子者で、周りからよくいじられていたからきっと寄せられるように出会ったんだろう。

私たちは似た者同士だった。似た者同士だから話がよく弾んだ。反省会と称したただの飲み会は、2人の共通点を探すために開催されていたのかもしれないと思ってしまうぐらい、私たちは似た者同士だった。

次の日が休みという理由で終電を逃し、タクシーで帰ることはいつも通りのこと。でも私たちは一度も先輩後輩の関係から逸脱したことはなかった。

ただの先輩と後輩の関係性。なぜか1度も恋愛の話をしたことがなかった。恋人がいるのか。どんな人がタイプなのか。先輩の恋愛事情は一切知らない。むしろ興味なんてなかった。

先輩はお酒がとにかく弱かった。カクテルを1杯飲めば、顔が赤くなるほど。カクテルしか飲めない先輩はいつものきびきびとした先輩とは程遠い。そんな先輩を見ても、ただの先輩としか思えなかった。

氷が溶けてしまったグラス。先輩はいつも薄めのお酒が美味いんだとか言って、氷が溶けて薄くなるまでお酒を飲まない。ただお酒が飲めないだけということは知っていたけど、顔を立てるという理由でただの一度も言わなかった。

年功序列とか言って、私に支払いをさせることなんて一度もなく、私はそれが嫌だったから、端数だけ出すようにしてその場を収めていた。

可愛げがないって思われていたかもしれないけど、これ以上を恩を受け続けても、バチが当たると思ったからなんでも良い。

ある日、大きなプロジェクトで小さなミスが発覚。自分の不出来さをただ悔やむ。仕事でやらかした日がたまたま金曜日で、その日はお酒に頼ってやりたい気分だった。

仕事終わりにいつも通り開催される反省会。居酒屋を2,3軒適当にはしごして、赤くなってしまった頬。その日はなぜか恋愛のことを話した。

学生時代はモテなかったこと。社会人になってから初めて恋人ができたこと。その恋人から裏切られたこと。2日前に好きな人と別れたこと。いつもは笑顔しか見せない先輩がなぜか泣いていた。

お酒に呑まれてしまった先輩。お酒には飲んでも呑まれるなという口癖は一体どこに行ってしまったんだろうか。「もういいや」とお酒のせいにして、その辺にある安いホテルへと酔っ払いながら向かう。

目が覚めると先輩も動揺していたのか、普段は全然飲まないくせに、恥ずかしさを消すためかお酒を飲んでいた。

突然私を抱き寄せる先輩に動揺する私。後輩に手を出すような先輩ではないと思っていたから、心の準備がまだできていない。

くだらない話をしながら消した部屋の電気。お互いを見つめる時間がやけに恥ずかしかった。先輩が優しくそっと頬にキスをする。

私を抱きながら先輩はなぜか泣いていた。

裏切られた元カノと私を重ね合わせていたんだろうか。答えは知りたくもないし、知る由もない。

いつもは前向きな先輩がただ一度だけ見せた弱い部分。

先輩が弱みを見せたのはあの日だけだった。

次の日からけろっとした態度で、何食わぬ顔をしていた。少し気まずくなるかなと思っていたけど、いつも通り接してくる先輩にそっと胸をなでおろす。

先輩と寝たのはただの一度きり。

あの日から先輩との反省会は一度も開催されていない。

ただの先輩と後輩。それ以上でも以下でもない関係。

私のことをどう思っているんだろう。

それは知りたくもないし、知らないままでいい。

そして先輩が私を好きになる日はきっとやってこない。

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