29歳、12月24日、クリスマスイブ、志村正彦

クリスマスイブに思い出してしまう1人の男がいる。それはフジファブリックの志村正彦だ。2009年12月24日、クリスマスイブにフジファブリックのボーカルである志村正彦が29歳でこの世を去った。死因は不明。未だに死の謎が解明されていないあたりが、なんとも志村らしいとも思う。

フジファブリックは志村が亡くなったあともメンバーの入れ替わりはあるけれど、いまでもずっと続いている。志村の意思がそこにあるような気がして嬉しい反面、そこにいるのが志村じゃない事実がただただ寂しい。

志村が亡くなった当時、僕は高校2年生だった。志村の訃報がテレビのニュースで流れたのは翌日で、世間はクリスマスムードだというのに、僕はこの日家から一歩も出られなかったことをいまでも鮮明に覚えている。まるでもぬけの殻なのに、不思議と腹は減るし、食べ物の味もいつもと同じだった。

それなのに歳を超えたあたりにはケロっとして何事もなかったかのように毎日を過ごしていた。それでも志村が亡くなった12月24日は毎年志村正彦を思い出してしまう。世間では夏の終わりに「若者のすべて」と聴きたくなるというけれど、僕は12月24日に「若者のすべて」を聴きたくなる。志村の死を忘れないようにと、志村みたいな男になれますようにと願いを込めているのかもしれない。

かっこいいと思っていた男の急死。29歳という若さで亡くなった事実。身の回りの不幸がこれまでになかった事実。3つの事実が重なったことが、いつか自分も死んでしまうと思うには十分事足りた。しかもそれはいきなりかもしれない。ゲラゲラと笑っていた翌日かもしれないし、80歳を超えてからかもしれない。死は身近にあるけれど、それについてなど考えたこともなかった。

ちなみに、フジファブリックと出会ったのは中学3年生だ。力強い声があるわけでもないが志村の歌声に惹かれた。中学の友達が学校でソニーのウォークマンで聴いていたのを偶然耳にしたことがきっかけだ。桜の季節や銀河、若者のすべて、茜色の夕日などあらゆる名曲をTUTAYAでアルバムを借りて聴きまくった。

ポップバラードの真骨頂とも言えようか。特別力強い声ではないけれど、なぜか耳に残り、歌詞が胸をぐっと締め付ける。いい意味で緩い志村の声が、書いた歌詞が大好きだった。余韻に浸るに適した音楽。志村は紛れもなく天才だと中学生ながらにそんなことを思った。フジファブリックが解散しても、志村の背中はずっと追いかけていきたい。そう決め込んでいたのに、2009年の12月24日、29歳という若さで志村はこの世を去った。

ずっと背中を追いかけていくと思っていたそんな男が亡くなった29歳のクリスマスイブを僕は今まさに迎えた。志村みたいなかっこいい男にはなれなかったし、胸を張ってこれで生きていますと言えるものが僕にはまだない。僕は志村の年齢に追いついたどころかもう明日には志村の先を行こうとしている。だから、今日ぐらいはせめて無礼講でいこうと思うんだ。

なぁ、志村。

あんたが作った「若者のすべて」が教科書に載ることが決まったぜ。なんて言ったところで、あんたの耳には届かない。この世にいないんだから勝手にやってくれとでも言われそうな気もする。

なぁ、志村。

俺は29歳になったにも関わらず、まだ自分の道を定められちゃいないんだ。あんたみたいなかっこいい男になるために生きてきた。それは紛れもなく事実だけれど、まだまだ全然足りちゃいない。どうやったらあんたみたいなかっこいい男になれるんだい？

なぁ、志村。

いつかあんたの音楽を直接聴きたいと思ってたんだ。それなのにあんたいきなり亡くなっちゃたからさ、その夢がもう永遠に叶わないと知ってしまったんだよ。これがどれだけ悲しいことかわかるかい？あんたに音楽に救われ、あんたの音楽に泣かされ、あんたの音楽があったからここまでやってこれた。だから、感謝しています。

もうずっとヒーローだったあんたはこの世にいない。その事実がただただ虚しい。そして、29歳になったくせにあんたに誇れる自分がいないその事実がただただ悔しい。俺はこれからもあんたみたいなかっこいい男をこれからも目指そうと思うんだ。

これ以上語るのは、きっと野暮だろう。だから、もうこの辺で自分語りはやめにするよ。あんたが見た景色を見たかった。あんたが奏でる音楽をもっと聴きたかった。あんたが結成したフジファブリックに会いたかった。大きな男になってあんたと一緒に仕事がしたかった。あんたがこの世にいないその事実がまだ受け入れられないんだよ。

ありがとう、音楽を残してくれて。ありがとう、かっこいい生き様を見せてくれて。本当にありがとう。あなたがいないこの世界で、あなた以上にかっこよくなれるように、僕も頑張ります。だから、これからもあなたの音楽を楽しませてください。本当にありがとう。