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もしも明日、世界が終わるとしても

「もしも明日、世界が終わるとしたら何をする?」

これはよくある定番の質問だ。ふざけて答える人もいれば、真面目に答える人もいる。どんな答えをするかは自由だからこそ、その答えにその人の本質が隠されているような気がする。この手の質問は相手を知りたいと思ったときに手段としては、かなり有効な手段だと思う。

ある人は「会いたい人に会いに行く」と言った。会いたい人に会うと考える人は人をきちんと大切にする人なんだろう。またある人は「やりたいことをやる」と言った。やりたいことをやる人は、自分の気持ちに正直な人なんだろう。2つの答えに共通している点は「後悔したくない」である。人間は後悔を嫌う生き物だ。それは僕も然りで、どんな人間もなるべく後悔なく生きたいと願う。どんな生き方をしていたとしても、後悔は必ずしてしまう。だからこそ、後悔をなるべく減らすために、僕たちは生きているのかもしれない。

この質問でふざける人は、とにかく人を楽しませたいんだろう。誰かを楽しませる気持ちはとても素晴らしいし、できればその気持ちをいつまでも忘れないでほしいと願う。中には「そんなありもしないもしもは考えたくない」と言う人もいるだろう。きっと現実的に生きていて、目の前のことに必死な人だ。そして、その真面目さにときに頭を抱えてしまっているんだろう。または自分の死をまだ考えたくない人なのかもしれない。きっと生きる気持ちが強くて、まだまだやりたいことがたくさんあるに違いない。

で、「お前はどうなんだ?」って話なんだけれど、もしも明日世界が終わるとしても、僕はいつもどおりの生活をしてしまうだろう。朝に起きて陽の光を浴びながら散歩をして、Netflixかアマプラで映画を観て、猫と戯れながら、文章を書く。そして、自分で作った料理を食べて、今日起きたいいことを振り返って、ありふれた日常に感謝しながら眠りにつく。そんな感じで、いつの間にか世界が終わっていればいい。

もちろん会いたい人もいるけれど、会いたい人もきっと1番大切な人に時間を使いたいだろうし、僕は自分の時間を大切にしたい。恋人がいれば必ず恋人に会いに行くけれど、いまのところその予定もないので、自分が1番心地がいい時間の使い方をする。後悔はもちろんあるけれど、1日で後悔が消えるわけでもない。それにいつ終わってもいいような生き方をしているしさ。そりゃもちろんやりたいことがすべてできているわけでもないけれど、いまの現状でできることを、最大限にやっているつもりだからいつもどおりで終わらせたい。

さて、あなたはもしも明日、世界が終わるとしたら何をしますか?

その答えは自分の心の内に秘めておけばいいし、誰かに話さなくたっていい。自分を知るために、そして、これから何を大切にするかを知るために、うまく自分なりに活用してください。

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