憂さ晴らし
あの、すいません。ちょっと弱音吐いてもいいですか?
左目が見えなくなってからもう半年が経とうとしていて、見えない左目を右目がカバーしているから、右目の負担がものすごい。右目が緑内障になりかけたし、いまも両目の治療に追われ続けている。いつになったら普通の生活に戻れるのかがわからないことが不安でたまらない。
前を向こうとしても、体がそれに追いつかなくて、もうどうすればいいかわからない。この苦しみは永遠には続かないと知っているんだけど、苦しみの最中は心が参りそうになる。
目の調子がいいときは、精神も元気なんだけど、最近は右目の調子も悪くて、すぐに視界が白くなってしまう。目が白くなると、ものが見えなくなる。これは目の注射の副作用なんだけど、半年から1年はずっとこんな感じらしい。毎日こんな感じの生活が続くと、もう耐えられない。
仕事を全力でしたいのに、体がブレーキをかけてくる。でも、生活を成り立たせるためには仕事をしなくてはならない。じぶんのために頑張るのは当たり前の話なんだけど、どこかで他人に褒めてもらいたいじぶんもいる。
褒められてじぶんが満たされるかどうかはわからない。でも、労いの言葉も欲しいし、褒めてもほしい。醜いし、小さいなと思いはするけれど、じぶんの気持ちには正直でいたいから、いまの感情をありのままに書いている。
あと小さい愚痴を聞くたびに、「普通に生活できてるのは十分幸せなことだろ」って思ってしまう。本当はそんなことを思いたくないし、病気になる前はそんな醜い感情を抱いたこともない。そして、醜いじぶんが顔を出してしまうのが、もう情けなくて仕方がない。
普通の生活がしたいだけなのに、それが実現できなくて、心が参りそうになってる。でも、文章にすることで救われているじぶんもいる。文章がなければ、もっと心が参っていたに違いない。
もうなにもしたくない。仕事をせず、生活のことを考えずに、ただぼーっとしていたい。でも、そんなの無理だ。わかってる。だから仕事もするし、治療もちゃんとする。やりたいこともたくさんあるし、この感情は一過性のものだ。
いまは他人の優しさにずぶずぶと溺れたい気分だ。ずぶずぶ溺れて、そこからまた再度這い上がりたい。藁にもすがりたい。こんなじぶんは駄目だなと思うけど、悠長なことは言ってられないのだ。まずはじぶんの心を守るのが先決だ。
落ち込んだあとは、ちゃんと前を向きたい。そうしないともう心がもたない。だから、無理矢理にでも前を向く。信じるものは救われると信じているし、じぶんの病気もちゃんと治る。じぶんはすごく頑張っているし、みんなもめちゃくちゃ頑張っている。
普通の生活を絶対に取り戻す日まで、僕は絶対に諦めない。
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