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絵にも歌にもならない毎日の中で

午前5時。ふと目が覚めた。入院してから日に日に起床時間が早くなっている。早寝早起きといえば聞こえはいいけれど、こんな形で実現したくなかったってのが正直なところ。

午前5時半。病室の明かりはまだ灯らない。すっかり寝静まった病室の中で何を考えるでもなく、ただ目を閉じて、明かりが灯るのをひたすら待つ。寝ようと目を瞑っても、なかなかうまく眠れない。外に出られたらお散歩でもするのだけれど、ここは閉め切られた病室だ。せっかくの早起きがもったいない。その事実がただ悔いられる。こんな気持ちを抱くたびに、病室という制限された生活を少し窮屈に思う。

午前6時。まだ病室の明かりは灯らない。刻一刻と時間だけがただ過ぎる。先ほどよりも時間の流れが早くなった気がするけれど、多分気のせいだ。目の前にはカーテン。横を向くと洋服タンス。上を向くと天井。下を向く気には、なら、ない。目を閉じながら深く息を吸い込んで、今日のスケジュールを考える。

2時間毎の点眼。お風呂の時間は30分刻みの交代制。しかも、早い者勝ちだからなるべく早くお風呂の表に自分の名前を書きに行く必要がある。ここはお風呂すらも入る権利を勝ち取らなければならないのだ。7時に点眼。9時に点眼。10時ごろに診察。多分今日も眼圧は下がっていない。11時に点眼。正午にお昼ご飯。今日のご飯はなんだろうか。それだけが楽しみだ。

13時に点眼。15時に点眼。17時に点眼。18時に晩御飯。19時に点眼。21時に点眼、22時に消灯。部屋の明かりは落とされ、病室から自由を奪われる。自分の思いとは裏腹に絵にも葉にならない状態で、今日が強制的に終わっていく。

この決められたスケジュールはなんだ。思い通りにならないこのスケジュールがもどかしくて頭がおかしくなりそうになる。無論、後ろ向きなわけではない。日常生活の何もかもを自力でできるのに、それを制限されているいまの現状がただもどかしい。

11月は大半を病院で過ごしている。本当はもう少し早く退院できる予定だったけれど、緑内障を患ったため、手術を受けた目の眼圧がなかなか下がらず、入院を余儀なくされているのだ。仕方ないと思いながらも、早く退院したいって気持ちが日に日に強くなる。

午前7時。やっと部屋の明かりが灯った。看護師さんに目を洗われて、自己点眼を行う。そこからはいつもと代わり映えしない毎日が始まる。病室の中で、無理矢理歩みを止めて、ただ一人思う。僕は無力だ。

病室にあるのは絶望か。はたまた希望か。その答えは紛れもなく後者である。雨のように泣きたいときだってあるけれど、それでも泣かないのは、狭い病室の中にも僅かな光が見えているからなんだろう。病状から復帰するために、いまは治療に励んでいるだけ。その時間は決して無駄にはならないし、目の悪化を放置して失明するよりもよっぽどましである。

焦ったら、負け。でも、心は焦りを隠せない。心との対話を忘れずに、心のケアを怠らずに、いまは退院に向けてできることをやるだけ。絵にも歌にもならない毎日も文章にすれば、少しだけ心が軽くなるような気がする。文章を書いたときだけ強くなっているような気がする。

ああ、又しても文章に救われている。ありがとう。文章。そして、弱音を受け入れてくれる大切な人。あなたたちのおかげでなんとか頑張れそうです。

本当にありがとう。


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