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聖なる夜に

「今日は残業だから遅くなるね」

「最近、大和残業多いね。ご飯作っとくから食べたいものがあったらまたLINEしてきて」

「ごめん。大きなプロジェクトを任されて、最近やることが多いんだ」

「今日も遅くなる」と言い訳をして、君とすれ違いの日々を作っていた。最近、理沙のことが好きかどうかわからない。だから、彼女との時間をなるべく減らしたいってのが本音だ。

ちなみに、仕事はいつも定時に終わっている。ぼくが勤めている会社は優良ホワイト企業で、残業は滅多にない。でも、ぼくが彼女に嘘をついている理由は。すぐに家に帰りたくないからだ。仕事終わりに、いつもカフェで読書をしてから家に帰宅している。家に帰った頃には、彼女はもう眠りについている。彼女が作ったご飯を食べて、「机で寝落ちした」と適当な理由をつけて別々の場所で眠りにつく。我ながら最低だと思う。

彼女との時間を作らない生活が、もう1ヶ月ほど続いている。特別なにかが起きたわけではない。なにも起きていないから、じぶんの気持ちの変化に驚いている。問題が起きていれば、対処できるのだが、解決すべき問題がわからないから参っているのだ。もういっそ彼女を嫌いになれたら良いのに、思い切りのなさがぼくのダメなところだ。

そういえば、もうすぐクリスマスだ。彼女はプレゼントを用意しているのだろうか。同棲してから3年、お互いにプレゼントを用意してクリスマスを過ごしている。クリスマスはイルミネーションや豪華なディナーには行かず、家でテレビを見ながらのんびりと過ごす。お互いに人混みが苦手だったのが救いだった。

「ねえ、今年のクリスマスはどうする?」

「えーと、いつも通り家でいいんじゃない?なにか他にしたいことある?」

「いや、いつも家だし、大和が最近忙しそうだから外でリフレッシュするのはどうかなぁと思ってさ」

彼女はぼくの嘘に気づいていない。ぼくを信じている彼女の存在が、罪悪感が、胸をぎゅっと締め付ける。彼女は、ぼくのことを好きなのだろうかとふと疑問に思った。

「なぁ、理沙。理沙は俺のこと好きなの?」

「急にどうしたの。好きに決まってるじゃん。好きな人じゃないと同棲なんてしないよ」

ここで「俺も好きだよ」と言えたら、どれだけ楽だっただろうか。ぼくは彼女を好きだと胸を張って言えない。嫌いじゃないことは確かだ。でも、好きかどうかはわからない。そして、好きかどうかはっきりしていない理由も、わからないから厄介なのだ。

「ごめん。話を戻すね。気を使ってくれてありがとう。でも、俺も理沙も人混みが苦手だから今年も家でいいよ」

「そっかぁ。ごめんね」

「ごめん」と言うのはこっちのセリフだ。君の気づかいに応えてやれないことが、ただただ情けない。なぜ彼女はこんな情けない男を好きでいるのだろうか。稼ぎが多いわけでもないし、顔も性格も中の中だ。いい男ではないとはっきり言える。そして、彼女のルックスと性格ならすぐにもっといい男が見つかるはず。それなのに、、、

「じゃあさ、クリスマスはご馳走を作るね!私もいつもより張り切って料理するから楽しみに家に帰ってきて!」

「お、おう。楽しみにしてる」

おそらく彼女は、クリスマスプレゼントを用意している。そして、ぼくもプレゼントを用意していると思っているはず。いったいなにをあげればいいんだろうか。それ以前に、このままこの関係を続けていいのだろうか。まったく悩みが尽きないものだ。ただでさえ忙しくなるであろう年末になんだこの有様は。でも、恋人のことで悩めるぼくは幸せなのかもしれない。

今日もいつも通り「残業」という言い訳をして、彼女が眠りにつく頃に家に帰宅する。普段は寝ているはずの彼女が、なぜか机に伏せて寝ていた。ふと目をやると、編みかけのマフラーがある。ぼくのために編んでくれているのだとすぐにわかった。仕事終わりに、家事を行い、それに加えてマフラーを編む。

ぼくは、彼女に好かれているどころか愛されている。なぜぼくは、彼女の愛に気づけなかったのだろうか。そして、なぜ嘘をついてまで彼女との時間を減らしたのだろうか。ぼくは世界で、1番の大馬鹿ものだ。やっと自分の気持ちがわかった。ぼくは彼女を愛している。この気持ちに嘘はないし、これは確信だ。今なら胸を張って、彼女を好きだと言える。

サプライズで手編みのマフラーを用意しているに違いない。だから、ぼくは彼女のサプライズが、台無しにならないよう1度外に出て、彼女に電話をかけた。

「ごめん。今日も遅くなった。あ、ところでさ今コンビニにいるんだけど、食べたいものある?」

「うわ、仕事終わりに電話なんてめずらしいね。うーん。そうだなぁ。大和が食べたいものでいいよ。大和と一緒のやつを食べるね」

「そっか。じゃあハーゲンダッツ買ってくから家で待ってて」

「やった!じゃあ私はストロベリーがいい!家でいい子にして待ってるから気をつけて帰ってきてね!」

ぼくなりの精一杯の気づかい。彼女の努力は、クリスマス当日に報われるべきだ。ぼくが家に帰るまでに、彼女は手編みのマフラーをどこかに隠すに違いない。

そうだ、クリスマスは恋人に花を贈ろう。ありったけの赤い薔薇を君に送る。そうと決まったら、クリスマス当日は、仕事終わりに花屋さんに寄ろう。ぼくはもう彼女にけっして嘘はつかない。彼女との時間を大切にする。とはいえ、クリスマスに花束を贈る人は多いだろうから、花屋に注文の予約をした方が良さそうだな。明日、仕事の合間に花屋さんに電話をしてみよう。

僕は君が好きだ。「好き」という理由だけで、2人が一緒にいる理由になる。それでいいじゃないか。それ以上を求めるのはきっと贅沢だ。好きな人がそばにいる。その幸せを噛みしめることができるぼくは幸せものだ。

君に赤い薔薇の花束を贈れば、君はいったいどんな顔をするのだろうか。君の喜ぶ顔を想像しただけで、なんだかにやにやしてしまう。彼女を喜ばせたいと思ったのはいつぶりだろうか。いや、細かいことはもういいや。

世界中のすべての恋人たちに幸せがなれますように。そして、これから先もずっと君と2人で幸せな人生を送れますように。

今日は好きな人にありったけの愛を伝える日。

大好きなあなたに向けて、メリークリスマス。

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