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きみはエッセイにはならない

「ねえ、私もいつかあなたのエッセイになるのかな?」

以前、バーでたまたま知り合い、仲良くなった女の子が言った。僕は物書きで、エッセイを書いて生活をしている。そんな僕を見て、彼女は自分もいつかエッセイになると期待を抱いているのかもしれないが、彼女が出演するエッセイを書く気にはなれない。

仲良くなった彼女は容姿が特段麗しいOLさんだった。美辞麗句とはまさに彼女にぴったりな言葉だ。でも、たいていの男は彼女の中身を知ったら唖然とするだろう。中身と外見が釣り合わない彼女は、僕が書くエッセイを読むたびに、褒めてくれる僕の1番身近な読者さんだった。

僕たちふたりはお互いに、恋心が芽生えていたのは間違いない。でも、お互いの思いが身を結ぶことはなかった。その理由は彼女に恋人がいたからである、そして、ふたりの恋路を邪魔するほどの勇気と思いが僕にはなかったってのが本音だ。とはいえ、ふたりはよく他愛もないデートをよく繰り返していた。手を繋ぐこともなければ、接吻を交わすわけでもない。毎週金曜日の決まった時間に集まって解散するその程度の仲にしかなれなかった。

「華金は同僚と飲む」という理由で、彼女は恋人に内緒で僕に会いに来ていた。iPhoneがきみからの連絡を知らせるのは、いつも彼女の仕事の定時である18時だった。18時に仕事を終え、恋人に連絡を入れるのではなく、真っ先に僕へと連絡を入れる。僕は仕事の定時が17時だったため、いつも彼女のオフィス近くの喫茶店で、お気に入りの小説を片手に彼女からの連絡を待つ習慣を身につけていた。彼女が支度を終え、オフィスから出るタイミングで、僕も喫茶店を後にする。

彼女と会ってすぐ開口一番に「やほ!いつもの行きますか!」と大きな声が僕の耳に鳴り響く。そして、「はいはい」と言いながら、いつも通り東梅田の東通りの居酒屋へと足を運ぶ。生ビールで乾杯をして、すぐに1週間分の愚痴が僕を襲いかかる。普段は温厚な彼女はお酒が入ると、別人みたいにマシンガンの如く喋り続ける。愚痴の勢いの数だけお酒も進む。いつもどれだけ止めても無駄だから、気が済むまで飲ませるのがふたりのお約束だ。

愚痴を吐くのに疲れて、次はこちらの話をしろと彼女がせがむ。お酒が入ったらどうしようもない女になるのが厄介なところ。そして、こちらの話を聞いて満足したあとは、いつも通りカラオケへと足を運ぶ。彼女は中森明菜や山口百恵など昭和のアイドルの歌を歌う。悔しいけど、とにかく歌がうまい。昔のど自慢に出ていいところまで行ったことがあるらしい。でも、残念だが、そのポイントは加点対象にはならない。

だって僕は、いつも彼女の不満の憂さ晴らしに付き合わされているのだからね。恋人に付き合ってもらえばいいものの、恋人にはなかなか素のじぶんを見せられないらしく、偶然バーで知り合った男を憂さ晴らしの捌け口にしているなんて、ずいぶん悪い女だ。こちらの気も知らないで、自分の都合のいいように僕を振り回す。

以前、友人に2人の関係を話したときに、「振り回される方もどうかと思うよ。そんな女やめとけば?もっとお前にいい女いるから紹介しようか?」と友人は僕に言った。でもどうやら僕は、周りに反対されると、逆に燃えてしまうタチで、ダメだとわかっていても、きみとの関係性をやめることができない。

カラオケに満足したわがまま娘を連れ、3軒目のバーへと足を運ぶ。ダーツが併設されているバーで、いつも僕たちふたりはダーツで真剣勝負をすることになっている。「勝った方の言うことをなんでも聞くことにしよ!」と満面の笑みで彼女は話す。でも、決まって勝つのは僕で、「えー!ちょっとさっきのなし!ね?もっかいやろ?ね、いいでしょ?」と自分から言い出した言葉をなかったことにしてしまう。3軒目をふたりで楽しみ、終電前にいつもきみは恋人が待つ家に帰り、僕はやりきれない気持ちとともに帰路に着く。

ある日、彼女がお酒に酔っ払いすぎて、「いまの恋人と別れてきみと一緒になりたい」とうっかり口を滑らせたことがある。翌日に「ごめん、昨日の話はやっぱり忘れて」と1通の謝罪ラインが届いていた。どうやら彼女が僕に好意を抱いているのは間違いない。そして、僕がきみに好意を抱いているのも間違いない。その証拠に今週も相変わらず彼女の仕事が終わるまで、僕はいつもの喫茶店で好きな小説を読みながら、彼女からの連絡を待ち続けている。

「ねえ、私もいつかあなたのエッセイになるのかな?」

僕らふたりの物語はエッセイにするにはあまりに拙くて、創作に変えてしまうには、ほろ苦すぎる物語になってしまうから、きみは僕のエッセイにはならない。そして、実りもしない恋路は、金曜日の18時にいつもと同じように始まりを告げる。

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