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HERO

誰だって誰かのヒーローになりたいもので、それはたった1人のヒーローでも、みんなのヒーローでもいい。誰かのために頑張る。そして、それが誰かの幸せになれば、この人生はそれだけで生まれてきた甲斐があるってものだ。

「仕事だりぃよなぁ。今日もくそ上司にこっぴどく怒られたよ。あいつに言われた通りにやっただけなのに、言ってることが無茶苦茶だよな。何が言われた通りにしかできないのかだよ」

「今日の佐々木さんは流石に理不尽すぎたよね。あきらは指示通りにやっただけだから悪くないよ。でも、佐々木さんも上司の平岡さんに怒られた後だったみたいだから上司も上司で大変っぽいね」

「なんだよ、お前あいつの肩持つのかよ。よし決めた!今日はたかしの奢りな!」

僕とあきらは会社の同僚で、仕事終わりによく2人で飲みにきている。仲がいいと言えばそうなのかもしれないけれど、実際は会社のはみ出しものの2人だ。僕たちは社内で浮いている。正論しか言わないやつと優しいだけのやつ。両極端の2人がよく飲みに来ている理由は、お互いにないものを持っているからかもしれない。

あきらは頭が良すぎる、でも、人への配慮が足りない。相手が慰めて欲しいいタイミングでも絶対に慰めずに、改善点をただ言い続ける。少しだけ慰さめてから、正論を言えばいいのに、それは甘えだとか言って、正論しか言わない。

正論ばかりの人間は嫌われる。かと言って優しすぎるやつも嫌われる。あきらは大真面目で、正論しか言わない。そして僕はいつも優しさが過ぎる。社内であきらは「正論バカ」、僕は「あまちゃん」と呼ばれている。

僕はあきらとは正反対で、正論を言わず、ただただ優しい言葉しか掛けられない人間だ。優しいだけの人間は優しい人間ではなく、冷たい人間である。優しさと厳しさを両方兼ね備えるそんな人間が本当に優しい人間で、僕たち2人がミックスされれば、本当の意味での優しい人間になれるのだろう。

社内でも「2人のバランスがちょうどよかったらいいのに」とよく言われている。昔お付き合いしていた恋人に「たかしくんは優しいだけだね」と言われた。その言葉はいまも胸に残っているし、それが原因でお別れしてしまった。

僕は「正論バカ」と呼ばれるあきらが好きだった。厳しいことを言ってくれるってことは、その人に優しさを与えている証拠でもある。傷の舐め合いはなにも生まない。世の中には僕みたいな優しいだけの人間が多すぎる。多くの人はそれを「優しさ」と受け取るけれど、実際は優しさでも何でもない。都合のいい言葉に逃げているだけだ。

「すいませーん!レモンサワーおかわりで!」

「おい、あきらお前何杯飲むんだよ。明日も仕事なんだから程々にしておけよ」

あきらは大のお酒好き人間で、いつもベロベロになるまでお酒を飲む。後始末はいつも僕の役目で、あきらもそれを理解している。そして、普段無口のあきらはお酒が入ると、饒舌になる。よく笑うし、よく泣く。彼のこんな姿をみんなはきっと知らない。

汗をかいたグラスをぐるぐる回す。彼の横顔はなんだかもの寂しそうだった。おつまみに頼んだ枝豆を口に放り込む。空になったお皿に、枝豆を投げ込み、はあ〜とため息を漏らす。

「俺さ、やりたいことがないんだよね。小さい頃はずっと世界を救うかっこいいヒーローになりたかったんだ。でも、大人になるに連れて、世界の広さを知るっていうかさ。できないことがたくさん増えて、ある日、自分は世界の主人公じゃないって気付いてしまうんだよな」

いつも前向きなあきらのこんな姿を見るのは初めてだった。そりゃ会社の愚痴はたくさん言い合うけれど、どれもが建設的な話ばかりだ。将来の話や過去の話についてはまったくしないあきらがこんな話をするなんて思ってもなかった。

そして、悩み話をした3日後にあきらは突然会社を辞めてしまった。なんの相談もなしで辞めやがって。僕たちのあの2年間は一体なんだったんだよ。連絡先を知っているけれど、とても連絡する気にはなれない。この前の居酒屋での話がまさか会社を辞めるに繋がるなんて思ってもみなかった。


あきらが会社を辞めてから、社内で1年がかりのプロジェクトを任された。このプロジェクトを成功させれば、会社に10億の利益が入る。中小企業からすれば、10億の利益はとても大きい。その分プレッシャーはたくさんあるけれど、やりがいはあるってもんだ。

毎晩夜遅くまで会社に残って、同僚や上司とああでもない、こうでもないと打ち合わせをする毎日。そして、いつのまにか厳しい意見を言えるようになっていた。プロジェクトをやり遂げるためには、優しいだけじゃやってられない。いいものを作るためには本気でぶつかる。その結果、「優しいだけの人間」を卒業できた。

プロジェクトも無事成功に終わり、大きな達成感を得たものの、なにかが足りない。このプロジェクトには本当はあきらも携わるはずだった。でも、突然会社を辞めたからあきらはこの大きな達成感を得ることがなかった。社内で大きな評価を得た僕は、2年間で課長に昇進した。

プルル・・・

突然携帯が鳴り響く。あきらからの着信だ。

「おう。たかし、明日の夜空いてるか?」

2年ぶりのあきらの声だ。少し小話をしたけれど、彼はちっとも変わっていない。そして、いつもの居酒屋で仕事終わりにあきらと飲むことになった。

あきらがなぜ会社を辞めたのか。そして、仕事を辞めてからなにをしていたのか。ありとあらゆる質問攻めにあきらはひどく困惑する。

会社を辞め、2ヶ月間のニート生活を経て、広告代理店に就職した。空白の2ヶ月間はじぶんと向き合う時間で、その2ヶ月間で誰かの夢を届ける仕事がしたいと気づいた。そして、転職先で出会った女性と1年後に結婚した。その1年後に子どもが生まれた。

「俺さ、じぶんの人生には何にも夢がないと思ってたんだ。でもそれは違う。夢がないんじゃなくて、夢を見つけられなかっただけだ。今はやりたい仕事をが見つかって。誰かの力になれているその事実がすごく嬉しい」

僕だって今の職場で結果を出せた。でも、それが本当にじぶんのやりたいことなのかはわからない。いまを変えるために、ちゃんと一歩を踏み出すものとただその場に居続けるものの差は見えないけれど、とても大きなものだ。

「いまは生まれた子どもと奥さんを幸せにしてやりたいって夢ができてさ。ありきたりな話なのかもしれないけれど、人は守るものができたときに、いまよりもずっと強くなれるんだぜ。世界を救うヒーローにはなれなかったけれど、子どもにとってのヒーローになりたいって強く思うよ」

生き生きと話す彼の横顔はがとても眩しく見える。それはじぶんの現状に不満があるかだろうか。2年前のどんよりしたあきらはもういない。でも、正論を言うその姿は2年からちっとも変わっていない。

人は生きる意味を見つけたときに、輝きを取り戻すのだろう。そして、守るものができたときに、生きる意味を見つけ出すものだ。わかりきった正論が彼を変えた。

あきらはもうとっくに誰かのヒーローになっていた。夜空の星は燦々と輝いている。無数の星がきっと彼を祝福しているにちがいない。夜風を浴びているうちにすっかり酔いも覚めた。

一粒の星が流れる。

「いつか誰かのヒーローになれますように」

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