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「好きなことで生きていく」

「好きなことで生きていく」

こんな言葉を、ここ2,3年前からよく耳にするようになった。

ちなみにこの悪魔のような甘い囁きに誘われ、僕自身も好きを追いかけるようになった。

もしも好きなことで生きていけたなら、どれほど幸せなんだろうか。好きを、仕事にして送る生活。妄想を膨らませれば、膨らませるほど、幸せな人生を過ごせると確信している自分がいた。

そんな僕自身が、好きなことを仕事にしてから早3年の月日がたち、気づいたのは、「好きなことで生きていく」は思ったよりも辛かったということ。

自分が好きで始めたことが、ごくたまに好きを嫌いになってしまうときがある。幸せな生活を手に入れたと歓喜していたあの頃の自分が嘘かのように、好きを仕事にしてしまったことを、後悔している自分となんども自分と出会ってきた。

「こんなはずじゃなかった」という生活の連続。書けど書けど進まない原稿。メンタル不調につき、文章が思い付かないバグの発生。思考を巡らせるたびに、脳が考えることを放棄し、時間がだけが刻一刻と過ぎていくだけ。

そんな生活を返し、今週は3回も徹夜をしてしまった。原稿を書き終えた頃には、夜が明け、登り切る前の朝日を目にしてから眠りに就く。

キラキラしていると確信していた世界の現実が、泥臭く仄暗いトンネルを彷徨っている感覚に近いと気づいたのは、実際に好きを仕事にしてからのことだった。

好きと嫌いを、行ったり来たりの繰り返し。文字を見ることすら億劫になって、何もせずに、どこかに隠れてしまいたくなってしまう。

自分の中に、焦りがあるのは確かだ。「好きなことで生きること」は、責任感が好きなことに重くのし掛かるを受け入れることと同義。そして、嫌いになるかもしれないという覚悟をすることも必然的に付いてくる。

「好きなことで生きていく」は思っていたよりも、遥かに過酷で、修羅の道を進んでしまっているなという肌感覚。正直楽しいことよりも、辛いことの方が多い。

自分の決断に後悔しそうになるたびに、好きを仕事にせず、趣味の範疇に押さえておく方が、幸せなんだろうなって思ってしまう。

でも仕事は憂鬱が半数を占めていると思っているから、その憂鬱を乗り越えた喜びを、好きなことで味わえるというメリットもあるのも事実だ。

だからこれからも、好きなことを仕事にしていくし、嫌いになりそうな瞬間を自分や仲間の手を借りて、乗り越えようと思う。



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