悪女の謀略

私には元カレといまの彼氏を比べてしまう悪い癖がある。いまの彼氏は元カレと比べて、最高な面が多い。私はいまの彼氏を一生手放さないと心に決めている。

冬の寒い街に繰り出す私を、「寒いから気をつけて」と送り出すのがいまの彼氏である陽介だとすれば、無言で「いってらっしゃい」の一言も掛けないのが、元カレである大翔だった。

そんな2人の性格は対照的だった。

陽介は大翔よりも優しいし、気性も荒くない。喧嘩したときも、最後は必ず謝ってくれる。でも、じぶんが悪くないときは謝罪なんていらない。陽介の謝罪は、喧嘩を収束させるための謝罪だ。喧嘩を早く終わらせたい気持ちはわかるけど、ぶつかるときは真剣にぶつからなければ、同じ過ちを私はなんども繰り返すことになる。

いまの優しすぎる陽介に比べて、大翔はじぶんに非がないと思ったら絶対に謝らない。そして、すぐに感情的になってしまう。大翔は優しさとは、かけ離れた性質を持っている。でも、その言語化できない彼の魅力に、はまったのがこの私だ。

大翔との喧嘩の終焉は、いつも私の謝罪で終わる。でも、喧嘩が終わったら、なにもなかったかのように接してくる。子どものような衝動性の後の妙に大人びた雰囲気は、私を虜にするのに値した。言語化できない魅力に魅了されて、相手の術中にはまる私は、誰が見ても滑稽そのものだった。

陽介はダメンズと呼ばれる男性かもしれない。そして、そのダメンズを、作り出したのは紛れもなくこの私だ。陽介は私がいなければ、なにをさせても駄目になった。じぶんのことをじぶんで考えず、すべての判断を私に委ねる。

仕事でプロジェクトリーダーを任されたときも、いつも私の助言を当てにしていた。私の言う通りに動き、彼はプロジェクトを成功させた。そこに彼の意思は、一切ない。陽介の周りの大人たちは、私の後ろ盾があっての功績だとは知らない。陽介はじぶんで判断して、じぶんで決断ができない。そう、私の操り人形だ。私なしでは、もう生きられない。

陽介は私に依存しているし、私も陽介に依存している。共依存ってやつだ。共依存はお互いを駄目にする。この関係性が良いものではないことは、無論周知の事実だ。でも、共依存の抜け出し方は、教科書には載っていない。なぜ学校では、正しい恋愛の仕方を教えてくれなかったんだろうか。

学校の勉強は、恋愛にはまったく役が立たない。三角関数なんて社会に出てから1度も使ったことがないし、長年学んだ英語も、実生活ではまったく役に立っていない。集団生活でうまく生き延びる方法も、じぶんで学ぶ必要があるし、お金の話も学校では行われずに、社会へと放出される。

社会の授業は、特に無駄だった。源氏物語の光源氏は、相当な屑だと聞いた覚えがある。そして、屑な男も屑な女もいまだに世の中に蔓延っている。これは恋愛を、学校で教えなかった賜物だ。過去の歴史を、わたしたちはいまだに繰り返し続けている。

そして、これから先も同じことを繰り返し続けるのだろう。人間とは、実に愚かな生き物だ。泣く人がいれば、笑う人もいるという縮図をいまだに、覆せないままでいる。同じ過ちを繰り返し続けるのであれば、大昔の歴史なんて、学ぶ必要がなかったはずだ。

私に依存している陽介と比べ、大翔は私の意見は参考程度にして、じぶんの頭できちんと考え、最終的にじぶんで結論を導き出す男性だった。そんな大翔が私には物足らなかった。男のすべてを牛耳りたい私にとって大翔は、私を満足させるに値しなかった。

だから、私から大翔に別れを告げた。後悔なんて微塵もしていない。大翔と別れたおかげで、私は男のすべてを牛耳りたい女だと自覚することができた。そして、すべてを牛耳れる陽介と出会えたのだ。

ダメンズを作る行為が、相手にとって良い行為ではないことは理解している。そんな周知の事実なんてどうでもいい。世間と私は切り離されているし、大衆に迎合する気など微塵もないのである。私は男のすべてを牛耳る。私と一緒になる男は、私なしでは生きれないようになればいい。その結果、私を手放す選択肢を消してしまいたい。

要は1人になりたくないのだ。1人での生活はつまらない。1人の生活をいくら充実させたとしても、恋人がいる女性の幸福には勝らない。価値観が古いと言われても、私には価値観を変えることができない。

「1人になりたくない」という話を恋人がいない友人にすると、「1人の生活も悪くないよ」と返ってきた。確かに1人の生活は楽しい。でも、寂しい夜をなんども乗り越えるのは私には耐えられない。たまに1人になるぐらいが丁度よいのだ。

とはいえ、いまの彼氏はてんでつまらないのだ。つまらなさすぎて、欠伸が出そうだ。私はいとも簡単に、陽介のすべてを、牛耳ることに成功した。逆に大翔は、彼の一部すらも牛耳らせてくれなかった。陽介の難易度が低だとするならば、大翔の難易度は最高だった。本音を言えば、大翔のような難易度の高い男を攻略したかった。

でも、私にはその力はなかったから、じぶんから大翔を手放し、難易度の低い陽介に乗り換えた。作戦はいとも簡単に成功し、今ではもう陽介は、私なしでは生きられない。

私のような女は、世間では「悪女」と呼ばれるそうだ。相手を牛耳る行為を悪女と名付けるなら、私はまんまと悪女に成り下がる。現代の悪女と呼ばれる女の究極系は、好きな人を殺すことによって、永遠にじぶんのものにするらしい。でも、その考えには私は賛同できない。悪女は目の前の男を牛耳り続けるものだ。男の意思すらコントロールしてしまえるのが、一人前の悪女である。だから、私はこれから先も陽介の意思をコントロールし続ける。けっして殺してはならない。

悪女になると決めたからには、もう2度と普通の道へは戻れない。私という悪女は、陽介を手玉に取り続ける。そして、じぶんなしでは生きられないようにしてしまう。陽介の人生は私がすべてで、陽介は私に縋るしか生きていく方法が残されていない。

私には私の悪女の道がある。私の考えは、誰にも理解されなくていいし、共感されなくていい。今日もまた私は、陽介を牛耳り続ける。そして、共依存がどんどん加速していく。2人が作り出す愛の結晶を、私は永遠に牛耳り続け、最後は一緒の墓場で眠りにつきたい。

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