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子どもたちが叫んだ終戦記念日のできごと

父の実家、新上五島町。サムネイルにした蛤浜の海水浴場が有名だが、小浜地区の夏の海も悪くない。

浜の先には、この国に必要な石油1週間分が海上に備蓄される備蓄基地があるのが小浜。

この石油備蓄基地を見ながら、毎夏、毎日入った海が祖父母の家の目の前にある。今日も、青かった。波はなく、底の石がしっかり見えた。ゴーグルがなくても海を潜って魚を観察できた。この「青」が僕にとって「海」のスタンダード。僕のHome away from home、HafHの原体験がここにある。(大人になって湘南に行き、海が茶色で大きな波が押し寄せてきた時は、恐怖体験でしかなかった思い出)

どっちが先に飛び込めるか。肝試しをし始める2人。一緒に飛ぼうという2人。

あれから30年経った今日も、幼少時代と変わらない風景があった。7歳も、85歳も、同じ海に入って遊んだ。遊んでいるうちに、泳げなかった小学校1年生の子どもが、親の手を離れて泳げるようになった。飛び込めるようになった。この夏、この子が、1歩大人になった瞬間を見た。

8月15日、12時。終戦記念日のサイレンが鳴った。子どもたちに何事かと尋ねられ「戦争で亡くなった人たちに祈りを」と伝えたところ、彼らは遊ぶのをやめて手を合わせ、そして突然「ありがとーーー!」と叫び始めた。

ありがとー!!ってなんでやねん!
とつっこみたくなったけど、よくよく考えると、深い。

撮られてるのを少し意識して、こっち見ないようにしてるのも可愛い

平和の叫びは、怒りではないんだ。悲しみでもないんだ。
今、この瞬間、友達と、家族と、一緒に海で遊べているのは、ご先祖様や戦没者の皆様のおかげなんだ。直感的なのか何なのか、子どもの叫びが突然の大正解だった。ありがとーー!!!!!!!!!

小浜に沈む夕日も綺麗。

長崎県の「墓」の文化は、各地域、各集落、あるいは各世帯によって異なるのだが、特に五島は色々「おかしい」ところがたくさんある。

誰かに授業で教えてもらうわけではないから、祖父母や親戚たちの行為を見よう見まねでやっていくしかない。家族が教えてくれるもんでもなく「こういうもんだから」と言われてしまう。彼らも説明しようがない様子。子どもたちにとってみれば、墓場は花火戦争の場でしかない。自分の好きな花火を友達らにとられずにやれるか。花火の主役が割と強めなので、火花が体に飛び散ったりすることも少なくない。

この墓文化の異様さに僕は上京以来興味津々、自分のじいちゃんの初盆の年なんか、調子に乗ってblogも書いてしまっている。お時間あれば、長崎の変わった初盆の風習のできごと、よかったら覗いてみてください。

各地それぞれのお盆、終戦記念日。
夏は、もう少し続きそうですね。

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