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未来(ない)日記

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束の間の幻影

束の間の幻影

・・・何かの影だ。

隣人が騒いでいる。駄目だったのだ。

影は私の前に座り、一言告げて、消えた。

柱時計の長針が、音をたて動く。狭い壁に夕影が、窓辺の人形を映し出す。

私は微動だにせず横たわっている。

そのうち啜り泣きが聞こえてきた。何か犬の遠吠えの様な、恨み言をいう女の様な、様々な音影が漫ろ歩いて鼓膜に触れては去ってゆく。

伝言を伝えに行こうか、行かまいか。

今行くのはまずい。

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刹那的快楽のための断章

刹那的快楽のための断章

人間が本当に知覚できる「死」は自分についてのみだ
なぜなら人間は一度しか死なないのだから。
(1999/9記)

***

必要とされない気軽さについて
誰にもあてにされない自由さ。
誰にも相手にされない自由さ。
(1999/9記)

***

酒に酔って人を殴るのはサイアクだとゆうが
酒に酔わずとも人を殴れる者のほうが恐ろしい
(1999/9記)

***

このアスファルトの下には 無数の草の

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ブルックナーと私

もう肉の塊といった呈の裸の老人が、右横を向いて座っていた。灰色のパンツだけを着した姿で、大きな木椅子に腰掛けている。その姿は滑稽というより、神秘的に映った。私が入ってきても何の反応も示さない。側に立つ弟子が厳しい視線を向けてくる。そちらを見ないようにしながら、声を掛けた。

「んん」

肯きもせず口も動かず、太い首より僅かに張り出した喉仏だけが揺れた。深い瞳は窓外を見詰めている。室内には、爛々と輝

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西王母の桃

西王母の桃

西王母の桃が手に入った。

不老不死の秘薬などと言われているが、本当のところはわからない。正月の餅細工のような色をしていて、指三本の上に乗るくらいだからさほど大きくは無い。みずみずしく高雅な香りが漂い、遠い仙境の風を運んできてくれる。しばらく弄ぶうち、どうしても食べたくなってきてしまった。いけない、何が起こるかわからない、と思っても喉が鳴る。

どうした、何だそれ。

背後の声に飛び上がるほど驚い

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日々のまにまに(日々雑記)

日々のまにまに(日々雑記)

「狐」

私は子供の首を絞めて居る。
理由は知れない。悪さをしたのか。心中か。
妻はぴくりとも動かず台所にへたり、ねめ上げるようにこちらを見ている。
ああ命じられたのだ。
殺さなければ妻は去る。このこは私の連れ子なのだ。殺さないといけない。腕に力が込もる。殺さないといけない。
子供はにこにこ笑っていて、其の首は鋼のように冷たく、固い。汗ばむ手。子の首は冷たい。
妻の心も冷たい。私の心も。
子供は笑

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夢幻の花嫁

夢幻の花嫁

風の雨戸を打つ音に目が覚めて、そのまま障子を見詰めていた。由緒の旅荘でのことだ。うすぼんやりと明るみが差した白紙のうちに灰を撒いた様な霧がぼんやりとひろがって、あれとおもうとモウそれは女の姿をしている。凄みのある蒼白い顔を真っ直ぐこちらへ向けて、結髪と衣装からあきらかにそれは花嫁の姿であった。

片手に杯を持っている。私は丁度寝酒を一杯やっていたからその杯かと思うが頭の上に置いて或る筈だからあれは

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峠の辻

峠の辻

さくさくと音をたてて山道を歩いている。いつになく穏やかな日だ。木漏れ陽が赤茶けた道をまだらに照らして、私の影もまだらに色づいていた。

尾根筋より降りる道を分けるところに立て札が有る。「狐峠」その下に、灰色の塊があった。積もる枯れ葉を退けてみると、可愛らしい石地蔵が顔を出す。固い線で穿たれた顔を覗き込むと、自然に文字が目に入る。死んだ赤子の墓印らしい。何故こんな処に、と思った。

崖というにはゆる

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ヒトイネ

ヒトイネ

こんな夢を見た。

空梅雨に憂いた村人たちが土の割れた田んぼに人柱をたてようということになる。

ひと柱は水神を鎮めるものだのに水が欲しくば他にやりようがあるものだが黙って見守るしかない。

いちばんはじめにむら境の地蔵をこえてはいってきたよそ者を埋めることになる。

はたして一人の娘が母親のほしがる蜜柑を手に入れるためにとなり村より境をこえてはいってくる。

娘はたかく立てた櫓のうえに括りあげら

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「献体」

「献体」

こんな夢を見た。

思春期特有の絶望感に苛まれた青年が、体の全器官を提供し献体死することを希望している。

これは自殺ではないとどこかの大学教授がコメントしている。

アナウンサーが人形のように押し黙っている。

青年は東西南北各国を巡り許可の下りる国を探した。

どこか南のほうで要望が満たされる国が見つかったという。

だが移植用の臓器はどうやって運ぶのかということについて異論がさしはさまれる。

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